序論

地球規模の気候変動(地球温暖化)は人類社会にとって喫緊の課題である。産業革命以降の化石燃料利用により大気中の温室効果ガス(GHG)濃度が増大し、現在までに全球平均気温は約1.1℃上昇している。2010年代の年平均GHG排出量は人類史上最大水準に達し続けており、増加率は鈍化したものの依然として増加傾向にある。このままではパリ協定で目指す気温上昇1.5℃への抑制は極めて困難となると警告されている。一方で、各国の気候行動や技術進歩により、持続可能なエネルギーへの転換の可能性も示されつつある。本稿では「今後40年間で気候変動を科学的に止められるか」という問いを、最新の国際的研究知見に基づき評価する。ここで「止める」とは、今後数十年で温室効果ガス排出を実質ゼロ(ネットゼロ)まで削減し、気温上昇を安定化させ、可能ならばその後大気中CO₂濃度を低減させて気温上昇を逆転させることを意味する。科学的には、気温の上昇を止めるためには全球のCO₂排出量を正味ゼロにまで減らす必要があり、例えば気温上昇を1.5℃程度で安定させるには2050年前後までにCO₂ネットゼロを達成する必要がある(2℃目標でも2070年代前半までに必要)。これは今後40年間の人類社会の大規模な転換にかかっている。以下、主要なアプローチである(1)エネルギー政策、(2)再生可能エネルギー移行、(3)炭素除去技術、(4)国際協調、(5)市民行動の各観点から、技術的可能性と実現性、導入・拡大の課題と限界を分析し、40年以内に気候変動を抑制・逆転させる現実的な道筋を探る。

エネルギー政策による排出削減

気候変動を止める上で、エネルギー政策は最重要の要素である。エネルギー起源のCO₂排出は全GHG排出量の約3/4を占め、化石燃料の使用削減とエネルギー転換なくして気候変動の抑制は不可能である。IPCC第6次評価報告書(AR6)によれば、エネルギー部門の大転換が不可欠であり、化石燃料利用の大幅削減、電化の徹底、エネルギー効率向上、水素など代替燃料の活用が求められる。実際、2010年以降、各国の政策と技術進歩により太陽光・風力発電と蓄電池のコストが85%も低下し、省エネや森林破壊抑制の政策も進み、新興再生エネの導入が加速した。多くの国で気候法や炭素価格導入など政策手段が効果を上げ始めており、「適切な政策・インフラ・技術を整えライフスタイル変革を促すことで2050年までに排出量を40~70%削減できる」とIPCCは指摘している。つまり科学的な知見からは、必要な技術と政策ツールは既に存在するとされる。

しかし現状の政策努力は必要水準に遠く及んでいない。現在、約145か国(中国・米国・EU・インドなど主要排出国を含む)が今世紀半ば頃までのネットゼロ排出目標を掲げ、全球排出量の約90%を網羅している。このように長期目標の合意は前進である一方、2030年までの短期削減目標(NDC)との整合性が欠如しているケースが多い。国連環境計画(UNEP)などの分析によれば、現行の2030年各国誓約が完全履行されたとしても2100年までの温暖化は約2.7℃に達するとされ、パリ協定の「2℃未満、できれば1.5℃」という目標を大幅に上回ってしまう。実際、各国の2030年排出目標を合計すると2010年比でむしろ16%の排出増加となり、必要とされる大幅削減とは逆行している。現在の政策では2030年までの排出ギャップ(必要削減量との差)を2080年代になってようやく埋めるペースであり、このままでは1.5℃どころか2℃目標すら危うい。

排出削減の遅れの主因は、化石燃料利用の継続・拡大である。多くの国で石炭火力や石油・天然ガスの新規開発が依然続いており、主要経済国は2030年時点でパリ協定と整合する量の2倍以上の化石燃料を生産する見通しである。このような政策と目標の不整合を是正するには、エネルギー政策の抜本的強化が求められる。具体的には、石炭火力発電の段階的全廃(先進国で2030年代、世界全体で2040年代までに)、石油・ガス利用の減衰、化石燃料補助金の撤廃、炭素税や排出取引制度の導入などによる価格付け、エネルギー効率規制の強化、ゼロエミッション車(EVや燃料電池車)の普及目標設定などが挙げられる。また技術開発と産業政策によって、鉄鋼やセメント等の重工業プロセスを水素還元や電化、新素材など炭素を出さない新技術へ転換する必要がある。現状、それらはパイロット段階にあるものの、政策支援により2030年代までに商業化を図ることができる。Carbon Capture and Storage(CCS, 二酸化炭素回収・貯留)は化石燃料の延命策として議論されるが、発電分野では再エネ+蓄電のコスト低下により経済性が低く、新規CCS付き火力は限定的と見られる。一方、製鉄など一部の産業ではCCSがどうしても残る排出の回収に必要となる可能性がある。総じて、エネルギー政策の観点では技術的には急減速は可能だが政治的・社会的な実現性が課題である。政府の強い意思決定と利害調整が欠かせず、既得権益との軋轢、市民負担の公平性確保など困難は多い。しかし「今やるか、さもなくば手遅れ」という瀬戸際に立つ以上、大胆な政策転換を各国が競合的かつ協調的に推進する必要がある。

再生可能エネルギーへの大規模移行

エネルギー転換の中心となるのが再生可能エネルギー(再エネ)への移行である。気候変動を抑制するシナリオでは、電力部門を2050年前後までにほぼ完全に脱炭素化(再エネや原子力などで無炭素化)し、最終エネルギー需要に占める電気の割合を高めることが必要とされる。近年、再エネ技術の展開は著しく、特に太陽光発電と風力発電の導入拡大が世界の電力供給構造を変えつつある。国際エネルギー機関(IEA)等によれば、2023年時点で世界の総発電量の30%超が再エネ由来となり過去最高を更新した。この成長は主に太陽光・風力の急速な設備容量増加によるものであり、水力発電を含めた再エネ全体が電力供給の約1/3を担うに至っている。また蓄電池のコスト低下と普及も進み、再エネの不安定な出力を平滑化するための電力貯蔵技術が整いつつある。世界各国・地域で風力・太陽光が電力の過半を占める事例も現れ、再エネ主力電源化への技術的な確証は高まったと言える。

とはいえ、再エネへの全面転換には課題も残る。まず、太陽光や風力は天候や昼夜に左右されるため、大規模導入時には季節変動・日変動に対応する長期大量蓄電や需給調整力の確保が必要である。現在の電池技術では数時間程度の蓄電は可能になりつつあるが、数日~数週間規模のエネルギー貯蔵や需給調整には、水素などパワー・トゥ・ガス技術による長期貯蔵や、地熱・揚水・需要応答など多様な手段を組み合わせる必要がある。また国境を超えた電力グリッド連携により、広域で再エネ過不足を融通することも有望である。次に、航空・海運や製鉄・化学工業など電化が難しい部門への対策として、再エネ由来の水素や合成燃料(e-fuel)への期待が高まっている。水素は再エネ電力を用いた水電解で製造すればGHGフリーとなり、製鉄還元剤や航空燃料などに活用できる。しかし大量生産にはコスト低減とインフラ整備が必要で、グリーン水素の競争力確保にはなお時間を要する見通しである。

加えて、原子力も再エネ移行における選択肢の一つである。原子力発電は運転時にCO₂をほとんど排出せず、安定出力が可能な点で再エネを補完し得る。しかし、安全性への懸念や高コスト、廃棄物問題から増設には社会的ハードルが高い。現在稼働中の原発は老朽化が進み、2050年までに大半が運転終了となる見込みであり、新増設が進まなければ原子力の電源構成比はむしろ低下する可能性もある。そのため原子力に過度に頼らずともエネルギー転換を成し遂げるべく、再エネ+蓄電池+水素などの組合せで100%近い再生可能エネルギー供給を達成するシナリオも研究されている。

総じて、再エネ技術の技術的可能性には楽観的な見方が強まっている。IEAの「2050年ネットゼロシナリオ」では、2050年までに世界の電力の約90%を再エネ(主に太陽光・風力)で供給する道筋が描かれており、これは技術的・経済的に実現可能とされる。むしろボトルネックは政策と投資の不足であり、各国政府が送電網の拡張・デジタル化、蓄電技術の導入支援、人材育成などに十分な投資を行うかにかかっている。経済面では、再エネシフトに伴うコストは決して過大ではなく、気候変動による被害回避や健康改善などの便益を考慮すれば、2050年時点の世界GDPへの影響は数%程度のマイナスに留まるとの分析もある。むしろ再エネ産業の成長による雇用創出効果も期待される。したがって政治的意思さえ伴えば、技術・経済両面で再生可能エネルギーへの大規模転換は十分に実現可能である。

炭素除去技術の可能性と限界

スイスで運用中のDAC(二酸化炭素直接空気回収)試験設備。大気中からCO₂を吸引・分離し地下貯留する技術で、将来的に大規模な負の排出(ネガティブエミッション)源となることが期待されている。

温室効果ガス排出の削減だけでなく、既に大気中に放出されたCO₂を除去する技術(Carbon Dioxide Removal, CDR)も、長期的に気候を安定化させるには重要となる。IPCCや各国アカデミーの研究では、1.5℃目標を達成するには今世紀後半に大規模な負排出が必要となる可能性が高いとされる。多くの1.5℃シナリオでは、本世紀末までに累計100~1000億トン(Gt)のCO₂を除去することが織り込まれている。特に、産業や航空などどうしても排出削減が難しい「残留排出」を相殺するため、CDRが重要な役割を果たす。CDRには自然ベースの手法(森林造成、植林、土壌炭素、海洋肥沃化など)と技術ベースの手法(バイオエネルギーCCSやDACなど)がある。自然ベースの方法は既存技術で比較的安価に実施可能だが、潜在量や恒久性(森林火災等で再放出リスク)の制約がある。一方、技術ベースのDACやBECCSは理論上は大規模かつ恒久的な隔離が可能だが、コストやエネルギー要求量が極めて大きく、今後の技術革新と展開にかかっている。

炭素除去の必要規模については複数の推計がある。米国科学アカデミーは、パリ協定目標の達成には2050年までに毎年10Gt程度、2100年には毎年20GtのCO₂除去が必要との試算を示した。同様にUNEPも2050年までに年8Gt規模への急拡大が必要と報告している。最近の「炭素除去の現状」レポートでは、1.5℃目標のためには2050年までに毎年7~9GtのCO₂除去が必要だが、「この目標は既に達成困難」との見方が示されている。これに対し現在、実際に除去されているCO₂量はごく僅かである。同レポートによれば、人為的な炭素除去(植林など含む)の現状規模は年間約2Gtに過ぎず、その大半は森林・土壌吸収で占められ、先端技術による除去は微々たるものだという。例えばDAC(直接空気回収)は世界で数十基の試験プラントが稼働する段階にすぎず、2023年に除去できたCO₂は全世界で1万トン程度と見積もられている。これは人類の年間排出(400億トン超)の数百万分の1に過ぎず、現状では気候に与える影響は無視できる規模である。

今後、炭素除去技術を飛躍的に拡大するには多くの課題がある。第一にコストである。現在のDACコストは1トン当たり600~1000ドルにも及び、大規模な実施には経済的に無理がある。米国エネルギー省などは今後1~2十年で100ドル/トン以下へのコスト低減を目標に掲げる(Carbon Negative Shot)など、技術革新と大量生産によるコスト逓減を図っている。第二にエネルギー消費である。DACは大気中の薄いCO₂を分離するため、大量の熱や電力を要する。仮に将来DACで年間数十億トンを除去する場合、膨大な再生エネ電力や余剰熱源が必要となり、エネルギーシステム全体への影響も無視できない。第三に貯留先の確保である。回収したCO₂を安全に数百年以上隔離するには、地下の枯渇油田・塩水層などへの圧入が考えられるが、十分な容量があるか、漏洩リスクがないか評価が必要だ。中規模のCCS実証ではこれまで数千万トン規模の地下貯留が行われているものの、毎年数十億トンを世界各地で処分する体制を構築するのは前例がなく社会的受容性の課題もある。

以上の課題から、CDRは魔法の解決策ではなく、排出削減の代替にはなり得ない。IPCCも「陸上の吸収源(森林等)は他部門の排出削減遅れを相殺できない」と警告している。つまりまずは化石燃料由来の排出を急減させることが前提であり、その上でどうしても残る排出を打ち消す手段としてCDRを位置付けるべきである。とはいえ、気温上昇を逆転(気温を下げること)させるには、一定期間ネットマイナス排出(大気からの除去量が排出量を上回る状態)を達成し大気中GHG濃度を減少に転じさせる必要がある。そのため長期的にはCDR技術の確立と拡大は不可欠である。現在の科学的知見では、CDRを大規模展開することで今世紀後半に気温を一時的なオーバーシュートから1.5℃程度まで引き戻すことも技術的には可能と示唆されている。各国政府は研究開発投資や実証プロジェクトへの支援を通じ、2030年代以降に実用規模のCDR(例えばDACハブの構築)を実現できるよう準備を進める必要がある。

国際協調の重要性

気候変動は文字通り地球規模の問題であり、国際協調なしに解決策はありえない。一国や一地域が排出を削減しても、他国が削減しなければ地球全体の温暖化は防げない。したがって、全ての国が共通の目標に向かって努力する枠組みが不可欠である。現在その中心となっているのがパリ協定であり、世界ほぼ全ての国が参加し、自主的な排出削減目標(NDC)を提出している。また多くの国が2050年前後のカーボンニュートラル(温室効果ガス実質排出ゼロ)宣言を行い、長期ビジョンを共有しつつある。こうした国際合意は野心的な気候変動緩和目標の達成に向けた重要な推進力であり、実際これらがなければ各国の取り組みは現在よりも遅れていた可能性が高い。

しかし、現状の協調は不十分であり、更なる強化が求められる。パリ協定下の現在のNDC合計では前述のように2.7℃もの温暖化が見込まれ、約束と目標との間に大きなギャップが存在する。このギャップを埋めるには、各国が2030年までの削減目標を一層引き上げること、そしてその履行を確実にすることが必要だ。先進国と途上国の間では、経済力や歴史的排出の差から「公平性(共通だが差異ある責任)」の原則が議論となる。先進国は途上国に対し、低炭素技術への移行を支援する気候資金や技術移転を約束しており、年間1000億ドルの資金支援目標(2020年までに)が掲げられたが、未だ完全には達成されていない。このような支援の履行と拡充は、途上国の協力を得る上で極めて重要である。例えば再生可能エネルギーへの投資や適応策への資金援助は、途上国に持続可能な開発の道筋を提供し、同時に全球の排出削減に貢献するウィンウィン戦略となり得る。

また国際協調には、国家間の政策協調やルール作りも含まれる。例えば国境炭素調整(炭素税の輸入品への適用)などの制度は排出規制の厳しい国と緩い国との「炭素漏れ」を防ぐ手段となるが、各国の合意形成が必要である。さらに技術協力として、電力グリッドを国際連系して再エネ電力を融通しあう枠組み(例:欧州の統合電力網)や、水素・CO₂輸送インフラの国際整備なども協調の一形態である。気候変動はエネルギー・食料・安全保障と絡むため、地政学的な緊張(例:大国間対立や紛争)は協調を阻害する恐れがある。現に、近年の国際情勢(米中対立やウクライナ危機等)はエネルギー市場に影を落とし、一部では石炭回帰やガス開発の動きも見られる。これを乗り越えるには、気候変動対策が各国の共通利益(気候安全保障)であるとの認識を浸透させる必要がある。

IPCC AR6は、「国際協力は野心的な気候緩和目標達成のための不可欠な促進要因である」と強調している。具体的には、パリ協定のさらなる強化(各国目標の引上げ、進捗検証の透明性向上)、途上国支援の拡充、そして気候政策の主流化(他の国際課題との統合的取り組み)が求められる。また、民間セクターや自治体、NGO、市民社会の国際ネットワークも重要である。企業による国際的なイニシアティブ(例:RE100や科学的根拠に基づく目標設定イニシアティブ=SBTi)や、都市間連携(C40など)も国境を越えた気候行動を活性化させている。グローバルな連帯が十分に機能すれば、技術も資金も世界全体では不足していないことが指摘されている。実際、IPCCによれば2030年までに2℃目標達成に必要な投資額は現状の3~6倍と大幅な増加が必要だが、世界全体では資本は潤沢に存在し、政府と国際社会の明確な方向付け次第で投資の転換は可能である。要は、協調してグローバルな資金と知恵を結集できるか否かが今後の40年で気候変動を封じ込められるかの試金石となろう。

市民行動と社会の変革

気候変動対策は政府や企業の政策・技術だけでなく、市民一人ひとりの行動と社会意識の変革も欠かせない。IPCC AR6では、需要側(社会の消費行動)の変容がもたらす排出削減ポテンシャルに初めて一章が割かれた。そこでは、生活様式や行動の変化(例えば省エネな暮らし、公共交通や自転車の利用、食生活の見直し等)により、2050年までに40~70%ものGHG排出削減が可能であると分析されている。この数字は極めて大きく、技術オプションと並んで需要側対策がいかに重要かを示している。実際、家庭部門の省エネや車の使い方、食肉消費の削減(畜産由来のメタン排出削減)など、市民の選択次第で削減できる排出は決して小さくない。また都市の設計や働き方の改革によって、人々のエネルギー需要そのものを減らす「サービスへのアクセスを維持しつつ需要を削減する」方策(サフィシエンシー政策)の重要性も提唱されている。

さらに、市民の役割は政治的な圧力と社会意識の醸成という面でも大きい。近年、世界各地で若者を中心に気候マーチやストライキ(Fridays for Futureなど)が行われ、政治指導者により強い行動を求める声が高まった。こうしたグラスルーツの運動は世論を喚起し、各国政府が気候非常事態を宣言したり、野心的な目標を掲げる一助となっている。また司法の場でも、市民やNGOが政府の気候対策不十分さを訴える訴訟(例:オランダのユルヘンダ訴訟やドイツの気候訴訟)で勝訴し、政府に政策強化を促す例も出てきた。これらは市民社会が気候政策の透明性と責任を求める民主的プロセスとして重要である。

しかし、市民に行動変容を促すには構造的な支援が必要だ。例えば低炭素の選択肢が高価であったり利用しづらい環境では、個人に節約や我慢ばかりを強いても長続きしない。そこで前述のとおり政府の政策(インフラ整備や経済的インセンティブ)がカギとなる。公共交通を充実させ車に依存しない街づくりを進める、再生可能エネルギー電力を安価に供給する、エコ製品の普及を補助する、といった環境を整えることで、市民は無理なく持続可能なライフスタイルを選択できるようになる。また教育やメディアによる啓発も、気候変動の科学と対策を正しく理解し行動につなげる上で重要である。特に誤情報への対処や科学リテラシー向上は、社会全体の気候対応力を高めるだろう。

総じて、市民行動は「木を見て森も見る」両面から重要である。すなわち、日常の小さな取り組み(木)を積み重ねることと、政治・社会の大きな枠組み(森)を変えるために声を上げることの両方だ。個人の力は限られるが、集合的な行動が広がれば社会の価値観を転換し、市場の需要構造を変え、ひいては政策を動かす原動力となる。気候危機に立ち向かうには政府・企業・市民それぞれの役割があり、中でも市民は消費者であり有権者でありコミュニティの一員として、多方面で変化を起こす潜在力を持つ。その力を今後40年で最大限に引き出すことが、気候変動を止める現実的な道筋の重要な一要素である。

今後40年間の現実的な道筋と結論

以上の分析から、今後40年(約~2065年頃)で地球規模の気候変動を抑制・逆転させることは、科学的には可能だが非常に困難な挑戦であると言える。IPCCシナリオでは、温暖化を1.5℃程度に限定するには2025年までに全球排出がピークアウトし、2030年までに約43%削減、2050年前後にCO₂ネットゼロ達成という急速な道筋が示されている。この道筋を現実のものとするには、前節までに述べた全方位の対策を同時並行で断行する必要がある。特に今後10年(2020年代)がおそらく「最後のチャンス」であり、排出曲線を減少軌道に乗せられるかどうかで残り30年のシナリオが大きく変わる。仮に2030年までに十分な削減が実現しなければ、1.5℃目標は事実上失われ、2℃目標も危うくなる可能性が高い。逆に言えば、今から約10年の迅速な行動が40年後の地球の姿を決定づけるといっても過言ではない。

では、その「迅速な行動」とは具体的に何か。国際的な科学知見に基づけば、以下のような包括的戦略と行動が求められる。

• 化石燃料からの脱却加速: 直ちに石炭火力発電所の新設停止と段階的廃止計画を実行し、石油・天然ガスも新規開発を抑制する。特に先進国は2030年までに石炭利用をほぼゼロ、2050年までに石油・ガスからカーボンフリーなエネルギーへの転換を完了させる。また化石燃料への補助金を撤廃し、炭素価格の導入等で市場原理を転換する。これにより2020年代に排出の増加を食い止め、2030年までに世界排出量を半減させる。
• 再生可能エネルギーの大規模導入: 各国で太陽光・風力を中心に再エネ発電設備を飛躍的に拡大する。送電網強化や蓄電池・水素インフラ整備への投資を増やし、再エネの変動性を克服する。電力以外の熱需要や輸送も可能な限り電化し、2050年頃までに電力部門CO₂排出ゼロを実現する。原子力や地熱等も安全性を確認しつつ最大限活用し、エネルギー供給の脱炭素化を達成する。
• 省エネと需要側改革: 建物の断熱改修や高効率設備への転換、産業プロセスの効率化や循環経済の推進により、エネルギー需要そのものを削減する。都市計画の見直し(コンパクトシティ化や公共交通充実)やデジタル技術の活用により無駄な移動やエネルギー浪費を減らす。生活様式の転換(低炭素な移動手段・食生活・消費行動)を社会的に支援し、2050年までに需要側から大幅な排出削減を引き出す。
• 炭素除去技術への投資と活用: 森林減少を止め大規模な植林・自然再生活動を行うとともに、2030年代以降を見据えてDACやBECCSの大型実証プロジェクトを展開する。2030年までにこれら技術のコスト低減とエネルギー効率向上を図り、2040年代には年間数十億トン規模のCO₂除去を達成できる体制を整える。ただし炭素除去は排出削減を置き換えるものではなく、あくまで残留排出の相殺と温度引き下げの手段として位置づけ、優先順位を誤らないようにする。
• 国際協調と公正な移行: パリ協定の下で各国が2030年目標を一段と強化し、5年ごとのグローバルストックテイクで進捗を厳格に検証する。先進国は途上国への気候資金拠出を公約以上に拡大し、技術移転・能力構築を支援する。排出削減による経済的負担が弱者に偏らないよう、公正な移行(Just Transition)の観点で雇用対策や補償を講じる。国際社会全体で「持続可能な発展と気候対策の両立」を掲げ、地球規模で協力してGHG削減と適応策を推進する。
• 市民・企業の主体的取り組み: 市民は気候フレンドリーな商品やサービスを選び、企業はサプライチェーン全体で排出削減を進める。ESG投資などを通じて民間資本も脱炭素に流れるよう誘導する。教育や広報で気候変動への理解を深め、社会全体でカーボンニュートラル社会へのビジョンを共有する。世論の支持の下で、政治的にも長期的な気候政策が実行されやすい環境を作る。

以上のような行動をタイムリーかつ総合的に実施できれば、40年後の気候は追加の温暖化を効果的に止め、ゆるやかに安定化し始めている可能性がある。最も野心的なケースでは、今世紀半ばに1.5~1.6℃程度で気温上昇を止め、その後CO₂濃度の低減により2100年までに1.5℃未満へと戻すシナリオも描ける。しかし仮に対策が遅れ2℃を超えるような事態になれば、氷床融解や生態系破壊など不可逆的影響で「止めたくても止められない」暴走のリスクすらある。ゆえに残された時間は極めて僅かであり、科学が提示する残りカーボンバジェットも1.5℃の場合わずか数年~数十年分に過ぎない。今我々は気候の将来を決する分岐点に立っている。「今やらねば、永遠に機会を失う」との警鐘を胸に、科学に裏打ちされたロードマップに沿って世界が結束し迅速に行動できるか否かに、人類の未来がかかっている。科学的には気候変動を止める道は狭くとも確かに存在する。あとはそれを現実のものとする政治的・社会的意思と継続的行動が求められている。