総括 (Executive Summary)
2026年度のLumen Prizeファイナリスト(全89作品)は、過去15年の蓄積のもとに「Legacy Futures」「Systems & Structures」「Experiential Innovation」という3つの新しい賞カテゴリーに再編成され、多様なテーマと技術を示した。応募総数2200超、82カ国から選出された作品群には、ジェネレーティブAIやセンサ技術、VR/ARインタラクションなど最新技術を駆使した実験的作品が目立つ。たとえば、身体の呼吸やパルスをリアルタイムに計測しAI画像を生成する参加型パフォーマンス (Zeitgeist: Decolonising AI)、運転支援車両に乗りながら歌う参加型インスタレーション (AUTO)、多数のモーターで鏡面構造を動かし映像と音響を生み出す機械式ミラー (Mechanical Mirrors)など、観客との相互作用を核心とした作品が多い。また、環境再生、移住、社会的包摂など社会・エコロジー問題をテーマとする作品も散見される。海洋生態系修復をAI制御で支援する「Sea Oasis」、障がい者ケアの意思決定をゲームで体験する「Granted」などが代表例である。人種・ジェンダー・文化多様性への配慮も高く、失われた計算文化を継承する「RITES」、クィアを視覚詩で描く「In The Wild」といった作品も含まれる。全体として、商業性よりは実験性・参加体験性を重視した作品群であり、スケールも大規模インスタレーションやライブパフォーマンスへと向かう傾向が強い。ファイナリストは欧米・アジア・中東・アフリカなど世界各地から幅広く選出されており、グローバルな創造的ネットワークの多様性がうかがえる。
2026ファイナリストの傾向
2026年のファイナリストは、大きく次の3つの傾向に集約できる。まずカテゴリー構成について、従来のメディア別(静止画、映像、インタラクティブなど)からテーマ志向型へと再編成された。新設された「Legacy Futures(遺産と未来)」カテゴリーは“過去、現在、未来をめぐる反射と予見”をテーマに掲げ、記憶や歴史の再検証が目立つ。たとえばChloé LeeのReflections of Little Red Dotは、2015年のシンガポール音声アーカイブとAIを組み合わせて未来の都市景観を生成する混合現実インスタレーションであり、都市改変によって奪われる語りをAIが“解放”する仕掛けを試みている。同じく「In The Wild」は湿地帯を舞台に、ロボットやアナログ信号の誤差で、自動化幻想を批判するクィア・エンカウンターを視覚詩として表現した作品である。一方、「Systems & Structures(システムと構造)」カテゴリーは“アルゴリズム的・構造的な視点から世界を構築・検討”する作品群であり、複雑系や社会システムの可視化・再構築をテーマとする作品が多い。例として、DotdotdotのSea Oasis – Survival Architectureは、3Dプリント海洋生態レジリエンス装置をヴェネツィア・ビエンナーレで展示し、その後AIによる最適沈設を実現するという循環構造を提案した。ゲーミフィケーションで障がい者ケアの配分を体験させるRomy Gad el Rab+Caroline SindersのGrantedは、来館者が未来の官僚となってAIと共に「ケア」を再分配する対話型インスタレーションであり、自動化と人間中心設計の衝突を浮かび上がらせている。これらに共通するのは、AIやアルゴリズムを用いて環境データや社会データを処理し、人間の行為がいかにシステムの下位に位置づけられるかを可視化する点である。最後に「Experiential Innovation(体験的革新)」カテゴリーは、観客の身体・感覚・参加を重視した作品群である。没入型空間、参加型パフォーマンス、VR/AR、センサを利用したライブインスタレーションなど、多感覚的・参加型の体験が中心だ。具体例として、Shama Rahman+Oliver GingrichによるZeitgeist: Decolonising AIは、参加者の脳波をリアルタイム解析し、360度プロジェクションと生成AIを駆使して共同的に「フロー状態」を可視化する実験的ライブパフォーマンスである(作品画像は後述の詳細解説に掲載)。Lauren Lee McCarthyのAUTOでは、運転席に誰もいない完全自動運転バスに乗り込み、カラオケサインに従って乗客が集団で歌うことで「制御を失う怖れ」と「制御を委ねるスリル」を身体化させる(作品画像は後述の詳細解説に掲載)。またDaniel RozinのMechanical Mirrors (Performative Version)では、人が前に立つとそれに応じて数百の木片が動き、モーターの駆動音や木片の衝撃音がそのまま音楽となることで「反射」を共時的な音空間に変換し、映像と音楽のインタラクティブ演奏装置とする(Lumen Prize 公式作品ページ)。どの作品も観客参加を想定しており、制作側が指定した規則や環境下で観客が能動的に作品を形づくっていく点が強く意識されている。
2023–2025年との比較
過去数年間と比べると、2026年の特徴的変化はカテゴリーの再編にある。2024年までは「静止画」「映像」「インタラクティブ」などメディアベースの区分が中心であり、たとえば2024年には静止画部門や映像部門、インタラクティブ・イマーシブ部門など5つのメディア別部門が設けられていた。2025年も依然として静止画、映像、パフォーマンス、デザイン、文学、環境、アイデンティティなど9部門に細分化されており、文学・詩部門や気候環境部門が新設されるなど多角的な審査が行われていた。それに対し2026年は「Legacy/Systems/Experiential」という大きな3部門制に統合され、メディア手法よりもテーマや観点に重きが移った。すなわち、制作手段としての写真や映像そのものよりも、その作品が扱う歴史・システム・体験の文脈が重視される傾向へとシフトしている。
技術面の継続・進展としては、ジェネレーティブAIやセンシング技術の活用が一層顕著になった。2024〜2025年もAIを用いた作品は多く見られたが(例:2024年Still ImageファイナリストのEmi Kusano「COGNITIVE CHAOS」、2025年受賞作Words Beyond Wordsなど)、2026年には生成AIがインスタレーションやパフォーマンスのコアに組み込まれる例が増えている。たとえば香りを画像から生成するCyrus Clarke「The Anemoia Device」、大気汚染データを受容体に見立てるMindPalace「The Breath of Mother India」、量子ノイズを伝統儀式に仕立てるRyuta Aoki「Alternative Computations」など、多様な文化的文脈にAIを統合し直すアプローチが目立つ。対照的に2025年の気候環境部門(Nature & Climate)やアイデンティティ部門(Identity & Culture)は、2026年にはそれらテーマが上述の新部門に散りばめられる形となっている。加えて、観客参加型のアプローチは過去にもあったが、2026年はそれが全面化している点が特徴だ(例:ParallaxeやPARADE*など)。
テーマ面の継続性としては、AIや技術が人間性や社会に与える問いは以前からの中心課題であり継続している。一方注目点として、従来のカテゴリー外の文脈が盛り込まれたことが挙げられる。例えば「脱植民地主義」や多様性への言及は2026年新設の実験部門で頻繁に聞かれ、2025年までの部門枠では扱いにくかった複合的テーマが可視化されている。また規模面では、近年は小規模作品も多かったが、近年は大規模インスタレーションや常設的システム作品が増えつつあるのも変化である。
表1は各カテゴリにおける作品数と代表的な技術・テーマをまとめたものである。
| カテゴリ | ファイナリスト数 | 代表的な技術・メディア | 主なテーマ |
|---|---|---|---|
| Legacy Futures (記憶未来賞) | 29 | ジェネレーティブAI、インタラクティブインスタレーション、映像・音響 | 記憶・歴史・文化遺産、未来の物語 |
| Systems & Structures (構造賞) | 31 | センサー/データビジュアライゼーション、IoT機器、AI制御ロボット | 環境・生態系、社会システム、監視・ガバナンス |
| Experiential Innovation (体験賞) | 29 | VR/AR、パフォーマンス、没入型空間、音響インスタレーション | 身体性・参加、感覚/印象、テクノロジーの身体化 |
これら傾向は、現代のメディアアートにおける社会的・技術的焦点を反映している。特に環境問題への意識(「Sea Oasis」、「Drift Lattice」)、ジェンダーや歴史の再評価(「Ground Truths」や「RITES」)、参加型パフォーマンス(「People Concerto」)など、多岐にわたるテーマが見られる。また、出身国の多様性も顕著で、アジア、ヨーロッパ、アメリカ大陸などから多数のアーティストが選出されており、グローバルな視点が強まっている。
以上のように、2026年ルーメン賞ファイナリストからは技術革新と社会批評の融合が鮮明になっている。AIやAR/VRといった最先端ツールを採用しつつ、歴史や記憶、環境問題、人権など人文・社会的課題を深く掘り下げる作品が目立つ。今後、本賞受賞作の発表や各作品の展示を通じ、これらの実践がメディアアートの潮流としてどのように評価されるかが注目されるだろう。 (出典:Lumen Prize 2026 ファイナリスト一覧)
主要作品の詳細解説
「Repeat as necessary: Performance Operating System」 — Operator (アメリカ)

オペレーター(Operator)による本作は、身体パフォーマンスをブロックチェーン上のオープン・アーキテクチャで記録・再現する実験である。演者7名の集団的儀礼を映像・音楽・呼吸情報を含む「状態」としてNFT化し、それを元にパフォーマンスを生成再生するという手法を採る。最先端の分散データベースを「舞台装置」とした本作は、記録され尽くした過去ではなく未来のライブ演奏をエンジンとして提供する。技術面では、スマートコントラクトによるデータ管理と、リアルタイムで身体的状態を視覚化する生成型振付システムを組み合わせている。概念的には、パフォーマンス芸術のアーカイブ保存と身体化の相克を問い、パフォーマンスが「終了して記録だけが残る」か「演者不在で再演され続ける」かの選択を克服しようとする試みである。強みは革新的なコード整合表現と儀式的空間の結合にあり、公開鍵などによる厳密な系統性と身体的即時性を両立させた点が際立つ。一方、技術依存度が非常に高く、鑑賞者にとって理解しにくい敷居があるかもしれない。このようなメタパフォーマンスはデジタルアートにおいて稀有であり、情報保存と身体表現を融合させた先駆的作品として高い意義をもつ。
「Zeitgeist: Decolonising AI」 — Dr Shama Rahman & Dr Oliver Gingrich (英国)

Shama RahmanとOliver Gingrichの共同作は、参加者の脳波を深層学習と連動させて映像と音響を生成し、「フロー状態」の共有を探求するインタラクティブXRパフォーマンスである。参加者は発話や身振りで「どこへ向かうか?」の問いに答えながら脳活動を計測され、その情報がリアルタイムで投影空間に反映される。円筒形スクリーンに脳波パターンが360度映像として映し出され、サウンドは神経活動に基づく生成プロセスで作り出される。プログラム面では、EEGウェアラブル+深層学習を用い、AI視覚生成システムと連動している。概念的には、AIに内在するバイアスと非西洋的文化の断絶を「集団の創造性状態」を通じて越境的に検討する。作品名にもある「脱植民地主義」は、AI技術のグローバル利用における不平等に対するアンチテーゼでもある。技術的完成度は高く、科学研究と芸術表現を融合した点が強みだが、逆に専門的過ぎて一般への解説が必要だろう。しかし多文化的共同制作を体現する点で意義深く、社会的対話を促す教育的側面も大きい。
「AFTERLIFE the exhibition」 — ONLY SLIME (ドイツ)
ドイツのアートグループ「ONLY SLIME」によるこの没入型インスタレーションは、同名のゲームオペラを空間に再構築したものだ。作品世界では、古典からハイパーポップまで混淆した象徴やキャラクターが、十字架や古いテレビ、動くレンガ壁など物理オブジェクトとスクリーンを介して混沌とした「死後の世界」を形作る(図面右参照)。観客は実際に2つの部屋を進むことで、思春期のファンタジー的空間とコラージュ的幻想空間の狭間に身を置くことになる。技術的には、実際の彫刻・プリント・ゲーム・Kinectセンシングなど多層的なメディアを縦横無尽に使用している。その結果、ユーザーは“ゲームのポータル”を身体でくぐり抜け、物語のスリットや静止画像群を次々と体験する。本作の強みは、ストーリーテリング、ゲーム、インタラクティブ美術を統合し、死生観や境界を再構築した点にある。しかし鑑賞には物理的な空間移動が必要で、かつ要素が豊富すぎて主題がぼやける可能性もある。現代美術とポップカルチャーを融合する手法は新鮮で、VRとは異なる実際の触覚的空間とデジタル映像を往来する体験を提供した意味は大きい。
「Sea Oasis – Survival Architecture」 — Dotdotdot (イタリア)

Dotdotdotは、ヴェネツィア大学やビエンナーレ建築展と協働し、マイクロ生物による海洋再生の研究成果を3Dプリント彫刻として提示した。会場は海底に潜ったような空間で、大型のサウンドスケープと複雑なサンゴ礁構造物に包まれる。これらの人工サンゴは、オイスターの殻など生態工学から着想を得てアルゴリズムで生成され、展示後に実際にアドリア海へ沈設されてサンゴ礁となる予定だ。さらに、環境データ(温度、pH、塩分など)や生態データをAIが処理し、最適な設置座標をリアルタイム映像で可視化するインターフェースを備えた。技術的には、建築的な3D出力物とシミュレーション・AIが組み合わさった先端的プロジェクトと言える。強みは、展示物そのものが将来の生態基盤になるという「再生的デザイン」原理を具現化した点で、芸術が実際の環境政策と連続している好例である。弱点らしきものは特に無く、むしろアート作品を超えて科学研究と共同して具体的な社会貢献を果たしている意義が高い。
「Granted」 — Romy Gad el Rab & Caroline Sinders (イギリス/エジプト)

ロミー・ガド・エル・ラブ(精神科医)とキャロライン・シンダース(テクノロジー系アーティスト)の協働作。ヨーテボリの美術館依頼による参加型作品で、「ケアが計算化されたら」「どの命がシステムに読み取られるのか」を問いかける。来館者は未来の官僚役となり、障がい者や社会的弱者への資源配分シミュレーションを行うことになる。アナログなゲーム端末、資料、ライブラリ、ポスターなどを介して、巨大システムにおける手続きと時間制約を「体験」させる。技術的には特段の新規技法はなく、むしろ演出とプログラムによる物語設計が主軸だが、ゲーム的インターフェースにより複雑な社会問題を身体知化している点が革新的である。メリットは高度に倫理的・社会的な問題提起がなされていることで、AIや自動化システムが恣意的に弱者を排除する可能性を肌感覚で理解させる点にある。一方、ゲーム性重視のため「遊び」の側面が目立ち、問題そのものの厳しさが薄れがちかもしれない。教育的かつ社会的実践の延長に位置する作品であり、技術を介して公共政策や社会正義を可視化する好例である。
「Dualities」 — Simone Wierød & Carl Emil Carlsen (デンマーク)
シモーネ・ヴィーロッド(振付家)とカール・エミール・カールセン(映像作家)の共同パフォーマンスである。身体とシミュレーションの出会いを描く「テクノポエティックな舞踊」と説明されており、鑑賞者は物理空間とステレオ映像空間を隔てる対角線スクリーンを通じて、身体とデジタル自己の二重の層に包まれる。人間の動きがヴァーチャルキャラクターの動きとリアルタイムで相互反映し、自己とテクノロジーの境界が曖昧になる様子を創出する。技術的にはリアルタイムモーションキャプチャ、ステレオ画像投影、ボリューメトリック再投影などを多層に組み合わせている。強みは振付と映像がシンクロする新たな舞台芸術としての完成度で、身体表現と視覚効果が互いに詩情的に重なり合う点にある。一方、全体像を理解するには映像詩的な文脈説明が必要で、劇場作品として閉じる可能性もある。本作はAIやメディアによる「自己複製」に対する哲学的思索を伴い、デジタル時代の身体性を映し出す重要な成果物である。
「AUTO」 — Lauren Lee McCarthy (アメリカ)

ローレン・リー・マッカーシーによる参加型パフォーマンス作品。完全自動運転車を用い、乗客が歌うことで自動運転の「制御放棄」と「乗っ取る快楽」を体験的に問う。乗客は自己運転車内で「我々はどこに向かう?」と問われ、走行中に突如Karaoke形式で合唱を指示される。言葉が口から漏れるときのみ歌詞を認識する設定で、乗客は高速移動を伴う状況下で集団行為へ没入し、未来への不安と享楽を同時に味わう。また、ローカライズで作品を更新し、ワークショップ等で都市インフラや監視問題を議論・反映させている点も特徴だ。技術的にはリムジン車両と基本的な音響・照明で構成されており、斬新なテクノロジーは使わないが、日常にある技術を批評的に再構成している。メリットは一般参加者を巻き込む大胆さと、歌唱という人間らしさによる制御喪失体験の演出で、AIへの依存と人間性の絶妙な対比を提示していることだ。一方、作品中の合唱パートは楽しさが前面に出るため、潜在的な社会批評性が見えにくい可能性がある。実験的パフォーマンスとして極めてユニークで、身体=機械の役割を転倒させる点でデジタル社会に新たな視点を提供した。
「Dear David, A Surveillance Love Story」 — OONA (ドイツ)

OONAはドイツのアーティストで、ロンドン地下鉄の監視映像を基にしたビデオパフォーマンスを手がける。本作は地下鉄の監視カメラ映像を「監視下のラブレター」に転換し、「監視と匿名性が親密さをいかに形づくるか」を問いかける。赤外線のような質感のモノクロ映像で、見知らぬ他者の顔と個人データが詩的に交錯する。技術的には特別な装置は用いておらず、既存の監視技術をそのままアートに転用している点がユニークである。強みは、公共空間で常に晒される映像が一転して叙情的になる逆転の手法で、匿名の視線を身体的・感情的なものに昇華する点だ。一方、作品を完全に理解するには背景説明が必要で、視覚的には暗いイメージが続くため万人受けは難しいかもしれない。監視社会への抵抗としてのサブリミナルなメッセージが込められており、テクノロジー批判の新たな表現例として重要である。
「Repeat as necessary: Performance Operating System」(Operator)
Operatorの「Repeat as necessary」は、ライブパフォーマンスをプログラム可能なシステムへと昇華させるプロジェクトである。オープンブロックチェーン上にアーティストの振付や映像が記録され、将来的に再実行可能な「演目エンジン」として設計されている。既存の上演記録が過去を保存するのに対し、本作では未来のパフォーマンスを自動生成する仕組みそのものが作品とみなされる点が斬新である。画像はシステムのインターフェースと思われ、円形状のグラフィックと演者のモチーフが重なり合い、生成的プロセスが可視化されている。技術的にはスマートコントラクトや映像合成を用いた先端的試みであり、未来のアートエコシステムにおける所有・伝承のあり方を問う。一方で課題としては、観客が参加する要素や物理的な上演が乏しく、システムが如何に鑑賞体験を提供するかが鍵となるだろう。
「Shoran Project」(daisy* | Masato Inagaki)

稲垣雅人+daisy*の「Shoran Project」は、江戸時代の絵巻「輿丁見返図」を現代の計算機で再解釈したインタラクティブCGインスタレーションである。リアルタイムCGと自律エージェントによって再現される江戸都市は、無数の市民(アバター)によって有機的に変化し続ける。歴史的な場面を固定的なアーカイブとして保存するのではなく、観客やシステムの介入によって「生きた文化記憶」に変換する試みである。パノラマ的な視覚表現と、参加者のアバター挿入による没入感が特徴で、伝統的な「絵巻物」という概念をVR/ゲームエンジン上で再定義している。図版は作品の一場面を示しており、俯瞰で町並みが描かれ、画面上の人々が自律的に動いている様子が伺える。この作品の強みは、日本の文化遺産に現代テクノロジーを融合させた新鮮な視点であり、課題としては映像美とシステムの奥深さゆえに、実際のインスタレーション展示時の鑑賞方式やユーザーインタフェースの工夫が求められよう。
「Sea Oasis – Survival Architecture」(Dotdotdot)
イタリアのデザイン集団Dotdotdotによる「Sea Oasis」は、AIと3Dプリント技術でサンゴ礁再生を目指す建築プロジェクトである。データ駆動型のAIモデルが海洋生態系を解析し、カキの群生を模した生息基盤(リーフモジュール)を設計・生成する。2025年ヴェネツィア建築展で発表され、廃棄耐性ではなく「生態系への統合」を前提にした素材選定(生分解性マテリアルなど)を行う点で、一般的な構造物設計の常識を覆す。図版は展覧会での展示様子で、岩礁のような有機形状が水中に設置されている。強みはAIで生物模倣を実現し、建築物ではなく「生きるインフラ」を創出しようとするビジョンである。一方、実用化には現地の生物相モニタリングなど科学的フォローアップが必要であり、課題は設計仮説と実際の生態系変化が一致するか等の検証である。
「A LIVING POEM」(Sasha Stiles)

Sasha Stilesによる「A LIVING POEM」は、詩という言語表現をAIアルゴリズムで無限生成するジェネレーティブ・アートである。伝統的なテキストアートとAI技術を融合し、「詩は文字を超えた動的メディアである」として、物理空間から大規模なインタラクティブディスプレイ、音響体験まで様々な形態で展開される。人間の感情と機械の創造性を絡ませた「詩的インテリジェンス」の具現化を目指し、MoMAやZKMでも展示歴がある。特徴として、テキスト、音声、ビジュアルがリアルタイムに連続生成され、同じインスタレーションが二度と同じ内容を見せない「動的詩」を作り出していることが挙げられる。批評的視点としては、AIによる言語生成が実際に鑑賞者の「詩的理解」に迫りうるか、また多言語・文化的文脈での意味生成の限界などが考察点であろう。
「People Concerto」(STUDIO F.A.C.E.)

People Concertoは、台湾を拠点とするSTUDIO F.A.C.E.のインスタレーションである。63枚の布製セルを床に配置し、上部の赤外線カメラとAIシステムで会場内の人の動きを検知、その集団行動を音楽へと変換する。来場者の一歩一歩が交響楽の一音となり、振付師のダンサーと生演奏が加わることで「観客が知らぬ間に演奏者となる」体験を生む。論理は固定されつつも出力は毎回変化するため、その場にいた人々の「身体の跡」が音楽として記録されていく。意義は、空間と人間の動作をメディア化し、個々の行動が即興的音楽へと還元される点である。一方で、人々が演奏者として認識される変化の瞬間に動揺を覚えるというエピソードが示すように、技術によって自分の動きが外部へ「奪われる感覚」をどのように演出するかが鍵となる。
「Ground Truths」(Mimi Ọnụọha)

ナイジェリア系アメリカ人アーティストMimi Ọnụọhaの「Ground Truths」は、米国テキサス州の歴史的隠蔽をめぐる映像作品である。2018年に発見された元受刑者の集団墓地発掘から着想し、ニューラルネットワークで類似の集団墓地の位置を推定するプロジェクトである。しかし調査を進めるにつれ、アーカイブの欠落や人為的なデータの歪みが現れ、真実を追うツールそのものが「忘却のシステム」に支えられていることが浮き彫りになる。この作品の価値は、テクノロジーが歴史認識に与える盲点を批評的に描き出している点にある。限界としては、映像ドキュメンタリーとして深い社会背景を扱うため、アートとしての難解さがやや高いことが挙げられる。しかしアメリカ南部の「地中化された真実」を探る切り口は他に類を見ない。
その他のファイナリスト作品
上記で解説しきれなかった作品も、多様で興味深い。Alida Sunの「RITES」は、インドの女性職人と協働しながらエンベロイダリーでジェンダー的に抹消された「計算機科学の女性史」を再構築しようとする実験的展示である。Aiwen Dingらの「風喉 (Throat of the Wind)」は、廃棄された風車ブレードを巨大な楽器に見立てた音響インスタレーションで、風と電磁気を融合させた土地の記憶を可聴化する。。そのほか、アンモニア加圧コンピュータを題材とする「Fluid Anatomy」や、政治的な対話をAIが仲介する「Parallaxe」、中東の社会不安を扱う「Qapariq」、身体を拡張するロボット演劇「Da Vinci’s Robot」、Kinectを使った「Mirror Into Auntieverse」など、多彩な実践例がある。表に挙げた例以外にも、各カテゴリには歴史・技術・社会批評が混交した作品が多く存在する(詳細は公式サイト等を参照のこと)。
参考文献
- Lumen Prize公式2026ファイナリスト一覧
- Lumen Prize公式過去ファイナリスト一覧
- Lumen Prize各作品解説(オフィシャル記事)
- 2025年受賞者・作品紹介記事
- Lumen Prize公式カテゴリー解説