アメリカの詩人ダン・ウェイバーは「Regular Expressions as a System of Poetic Notation」(2008)で、「言葉は失敗する(Words fail.)」と宣言した。コミュニケーションの失敗ではなく、存在論的な失敗である。経験や感覚は、多次元的で、同時的で、曖昧さや矛盾を含んでいる。言葉は一語ずつ、一文ずつ、逐次的に記号を並べる。言葉は、豊かな経験を逐次的な文字列に還元する。この言語の失敗が、詩を生み出す原動力になった。語を洗練し、並び替え、作り出すだけでなく、文字を図形化し、言葉を空間化し、さらに言語を並列、分散化しながら、詩は拡張されてきた。<br />
<br />
文字列のパターンをメタ文字を使って表現し、文字の検索・置換・抽出を行うための正規表現は、一つの記号列の中に複数の可能性を同時に書き込むことができる。list と lift を同時に検索できる li[sf]t という正規表現は、list と lift を重ね合わせる。正規表現は、一度に一つのことしか言えない言語の制約を、部分的に緩和する。<br />
<br />
正規表現のメタ文字は、詩的技法に対応している。選言「|」はヤーコブソンの範列を連辞に変換する。量化子「? * +」は反復とリフレイン、後方参照「\1」は行頭反復と押韻に対応する。条件を指定する「^ $」や「(?!…)」は、実行を方向づける。正規表現は、検索条件の指定から、詩の記譜法となる。<br />
<br />
測定型量子計算のプロセスに沿った詩作を行う。量子クラスターに相当する計算資源は、青空文庫のパブリックドメイン作品である。そこから無作為に選ばれた作品に対して、正規表現で記述された詩を測定基底として検索し、得られたテキストの断片を表示し、電子音で読み上げる。捕えられた語を次の基底に代入し、何を測定するかを変える。測定型量子計算にとって、測定そのものが計算であるように、読むことが、そのまま書くことになる。<br />
<br />
5篇の正規表現詩を用意した。展示期間中これらの詩を曵網として、青空文庫の海を休みなく曵き続ける。<br />
明滅譜(meimetsu.regex)――宮沢賢治<br />
非戦譜(hisen.regex)――与謝野晶子<br />
無政府の事実(museifu.regex)――伊藤野枝<br />
粘菌譜(nenkin.regex)――南方熊楠<br />
科学と芸術譜(kagakugeijutsu.regex)――寺田寅彦・中谷宇吉郎<br />
<br />
グスタフ・メッツガーの自己破壊芸術は、作品の内部に自らの破壊を導く因子を持ち、有限時間で崩壊し、崩壊が完了した作品は現場から撤去される。この詩も作品から断片を剥ぎ取るたびに、酸が一滴落ちて腐蝕される。詩と一致した作品は、焼失台帳に記帳され、その後は二度と資源として使われなくなる。全資源が尽きると、消失台帳と腐蝕状態を初期化して、次の世が開かれる。<br />
<br />
<br />
作品例:<br />
<br />
波江翁の女が沼津在<br />
模様であるので<br />
<br />
芸術の上の良心なんて<br />
芸術家のところへお嫁に<br />
<br />
ここを通る汽車は<br />
<br />
雪に埋めらる<br />
結晶作用<br />
<br />
美しい日を誰が返し<br />
先生は先刻からお待兼ね<br />
<br />
<br />
光を受けた感じで<br />
模様だった<br />
<br />
科学の本を読んだので<br />
科学的態度で物を見る<br />
<br />
かかり<br />
<br />
雪やみぞれをまじ<br />
結晶のように柱列<br />
<br />
美しい<br />
先生だけだ<br />
<br />
<br />
波形の比例はセミの<br />
模様や<br />
<br />
科学的文化的水準の<br />
科学万能論と共に<br />
<br />
ドドに蛋白を<br />
<br />
雪がやって参りま<br />
結晶に関する論文<br />
<br />
美しさも滅法です<br />
先生達が
