2025年3月27日、多摩モノレールの車窓から立川―多摩センター間の風景を高解像度ハイスピードカメラで記録した。本作は、この一つの映像を素材に、デジタル座標変換によって映像内の時間と空間の構造を書き換え、「通過」という時間的・空間的経験そのものを変容させる。

列車の車窓から風景を眺めるとき、私たちは流れる風景から自然に奥行きを知覚する。近くの電柱や建物は速く、遠くの山並みはほとんど動かない。この速度の勾配が、空間の奥行きを知覚させている。しかしこの仕組みは、観察者と対象が同じ三次元空間を共有し、時間が一方向に流れるという前提のもとで成立している。この条件が崩れたとき、観察点と対象の関係、距離、速度、時間の知覚はどこへ流れつくのだろうか。

こうしたイメージ内の空間と時間へのアプローチとして、まず映像を写真の連続体として捉え、各フレームを時間軸に沿って奥行き方向へ積層し、仮想的な三次元立体とする。[下図] 立体として扱うことができれば、元のフレームに依存することなく、様々な角度で切り出し、その断面を観察することができる。さらに、この断面を少しずつ位置や角度を変えながら連続的に取り出すことで、新たな動画像を作り出せる。

本作では、車窓風景の「右から左へ」という流れを保つ、複数の断面軌道(通常の再生に加え、反転+逆再生もこの条件に含まれる。)をシームレスに接続することで、有限の記録映像から終わりのない旅を作り出している※。

記録した動画像には、個別の動きをもつ人や車など無数の動きが潜在する。そして切り取る断面の角度によりイメージに内在する視点のあり方は変容し、それは異なる視覚性を喚起する。こうした可能性を抽出し続けるために、逸脱のタイミングや断面軌道の旋回速度などを変えながら大量の映像を変換出力した。これらの映像群は、鑑賞者が画面を「見る/見ない」という振る舞いに応じて道筋を組み変えながら、再生を持続する。

映像の非線形な再生に対して、音響もAIモデルを通してリアルタイムに生成される。
複数の時間の流れが併存する世界に立つとき、音そのものはいかに聴取されるのだろうか。
聴取は空気の振動を受け取る、本質的に時間的な知覚行為である。ゆえに時間の前提が崩れた世界に響く音を想像するとき、私たちは音そのものの存在や聴取の成り立ちについて立ち返らざるをえない。最初から身体を持たないAIを通してなら、均質な空間、リニアな時間に縛られない世界の観測の仕方に対する手がかりを求めることができるかもしれない。その応答を聞いてみたいと考えたのである。