パノラマ的知覚とは、高速で移動する乗り物の車窓から風景を眺めるときに生じる、風景を連続的な表面として捉える知覚のあり方を指す。ドイツの文化史家ヴォルフガング・シヴェルブシュが『鉄道の旅』(1977)で提示した概念で、19世紀の鉄道開通が人間の知覚にもたらした変容を説明するために用いられた。

馬車の旅では、旅人は道の起伏や沿道の細部と身体的に接触しながら空間を進んだ。これに対し鉄道では、速度によって近景の細部が視覚から失われ、車窓の枠に切り取られた遠景だけが流れていく。風景は歩行や労働を通じて関わる場所ではなく、身体から切り離されて眺められる絵画的な表面へと扁平化する。同時に、移動に伴う速度の勾配から奥行きを読み取る運動視差が、近景と遠景の階層を強調する。鉄道はさらに、各地の地方時を統一する標準時をもたらし、空間の隔たりを縮減した。パノラマ的知覚は、こうした身体の受動化と時間の標準化を含む複合的な知覚変容として論じられる。

映画のトラッキングショットや現在のストリートビュー、車載映像に至るまで、移動する視点から風景を面として提示する視覚メディアの系譜は、この知覚の延長として捉えられる。古澤龍の《Passing》のように、映像データの時間軸そのものを操作してパノラマ化された視覚を再編する試みも、同じ問題圏に属する。