序論:二つの制度化が交差する地点
本稿は、デジタル人文学(Digital Humanities)とメディアアート/ゲーム研究の接続点で2025〜2026年に起きた制度的変化を記録するものである。既存リサーチ「メディアアートにおける『ゲーム』の系譜と展開」は、ロジャー・イーバートの「ビデオゲームは芸術になり得ない」論争(2005〜2010)から、MoMAやスミソニアンによるコレクション化に至る「ゲームの芸術的承認」の歴史を跡づけた。本稿はその系譜の最新の到達点として、日本の芸術教育制度における決定的な動きと、デジタル人文学の方法論がアート研究自体を変えつつある状況を報告する。
東京藝術大学「ゲーム・インタラクティブアート専攻」の新設
東京藝術大学は2026年4月、大学院映像研究科に修士課程「ゲーム・インタラクティブアート専攻」(定員20名)を新設した。同大学はゲームを「現代における新しい総合芸術」と明確に位置づけており、2019年からのゲームコースの実績を基盤に、これを独立した専攻へと格上げした形である。
専攻は5つの研究領域——企画・ゲームデザイン、ゲームテクノロジー、映像表現、社会応用、文化・美学——を設定し、専任教員7名にはゲーム業界出身者(ナムコ出身者を含む)からAI研究者、美術系教授までが並ぶ。少人数ゼミ形式の制作指導、定期的な講評会とプレイテスト、年2回の展示公開という運営形態は、美術大学の伝統的なアトリエ教育とゲーム開発のイテレーティブな制作文化を折衷したものと読める。
注目すべきは「文化・美学」が独立した研究領域として立てられている点である。これはゲームを産業技術としてではなく、批評・美学・文化史の対象——すなわち人文学の対象——として扱う制度的宣言であり、イーバート論争が提起した「ゲームは芸術か」という問いに対する、日本の国立芸術大学からの応答と位置づけられる。
デジタル人文学の方法論とデジタルアート史研究
一方、デジタル人文学の側でも、その方法論をデジタルアート自体の歴史研究に適用する動きが確認された。ACM の Conference on Animation and Interactive Art で発表された論文「Shaping the New Era of Digital Art Historical Research with Digital Humanities and AI Art」は、デジタルアート史の遺物や痕跡がデータベース形式で蓄積され続けている現状を踏まえ、distant reading(遠読)、データ可視化、パターン認識といったデジタル人文学の手法によってこれらのアーカイブを組織化・分析する道筋を提示している。同時に、アーカイブやデータベースの地位そのものを主題とする AI アートプロジェクトを、研究の対象ではなく研究の方法として組み込む点に特徴がある。
これは、レフ・マノヴィッチが「データベースはコンピュータ時代の支配的な文化形式である」と論じた地点から一歩進み、データベースを分析対象と表現媒体の両面で扱う二重の実践であり、デジタル人文学とメディアアートの方法論的な合流を示している。
日本国内のデジタル人文学の動向
東京大学では大学院横断型教育プログラム「デジタル・ヒューマニティーズ」が全学対象で運営されており、2026年2月には「AIでつながる資料と知識」をテーマとするワークショップが開催された。文化資源のデジタルアーカイブ構築(大江健三郎文庫の自筆原稿デジタルアーカイブ等)を軸としつつ、AI を資料と知識の接続に用いる方向へと関心が移行している。また国際的には、デジタル人文学最大の国際会議 DH2026 が2026年7月に韓国・大田(Daejeon)で「Engagement」をテーマに開催される。アジア開催は、これまで欧米中心だったデジタル人文学の地理的重心の変化を示す。
考察:NEORTの文脈における意味
これらの動きは、NEORT が扱うネットアート・ジェネラティブアートの領域に二つの含意を持つ。第一に、藝大の専攻新設は、ゲームやインタラクティブアートを扱う制度的な人材育成経路が国内に確立されたことを意味し、今後この経路から登場する作家・研究者が NEORT の活動圏と交差する可能性が高い。第二に、デジタルアート史をデータベースとして扱い、遠読やパターン認識で分析する方法論は、NEORT 自身のアーカイブ(作品・展示・リサーチの蓄積)にも適用可能であり、ギャラリーのアーカイブが研究資源となる回路を示唆している。
参考文献
- 東京藝術大学「大学院映像研究科にゲーム・インタラクティブアート専攻を新設」 https://www.geidai.ac.jp/news/20250707150227.html
- 美術手帖「東京藝術大学はいまなぜ『ゲーム・インタラクティブアート専攻』を新設するのか?」 https://bijutsutecho.com/magazine/news/headline/31105
- Shaping the New Era of Digital Art Historical Research with Digital Humanities and AI Art, Proceedings of the Conference on Animation and Interactive Art (ACM) https://dl.acm.org/doi/10.1145/3749893.3749911
- 東京大学 デジタル人文学 https://dh.l.u-tokyo.ac.jp/
- DH2026: Engagement (Daejeon, 27-31 Jul 2026) https://arthist.net/archive/51246