ナムジュン・パイク(1932–2006)は、ソウルに生まれ、日本・ドイツ・アメリカを経て活動した芸術家で、ビデオアートの創始者と目される人物である。東京で音楽学を学んだのち渡欧し、ジョン・ケージとの出会いを機に前衛音楽からパフォーマンスへと展開、1960年代の国際的な芸術運動フルクサスの主要な参加者となった。

1960年代半ばに家庭用の映像機器を作品の素材として使い始め、テレビ受像機そのものを彫刻的なオブジェとして扱った。磁石やコイルで走査線を歪ませて画面を抽象化する作品、仏像に自らの映像を見せる《TV Buddha》、多数のモニターを植物とともに配置する《TV Garden》など、放送メディアの一方向性を反転させる手法を数多く生み出した。技術者との協働によるビデオ・シンセサイザーの開発や、衛星中継を用いた国際的な生放送作品も手がけ、ネットワーク化された通信環境を「エレクトロニック・スーパーハイウェイ」と呼んで早くから予告した。

テレビ、ビデオ、衛星、通信網といった当時の新しい伝達技術を、記録の道具ではなく表現の媒体として扱った点で、パイクの実践は電子芸術やメディアアート、さらにインターネットを舞台とする後続の芸術に至る系譜の出発点に位置づけられている。