序論:撮影機能を持たないゲームでカメラを発明する

本稿は、マシニマMachinima)の現在地を2025〜2026年の動向から確認し、その技術史に埋め込まれた一つの構造——ユーザーの「誤用」が公式機能として制度化される循環——を取り出す試みである。既存リサーチ「メディアアートにおける『ゲーム』の系譜と展開」はマシニマを監視・資本・アバターの政治学の文脈で扱ったが、本稿はその技術的基層と制度化の力学に焦点を当てる。

美術館への進入:森美術館「マシン・ラブ」

森美術館「マシン・ラブ:ビデオゲーム、AIと現代アート」展(2025年2月13日〜6月8日)は、キム・アヨン、ルー・ヤン、佐藤瞭太郎ら12組が参加し、ゲームエンジンを用いた映像実践を日本の主流美術館の中心に据えた。佐藤瞭太郎は新作映像《アウトレット》(2025)でゲームアセットのキャラクターが均質化された都市郊外に放たれる光景を描き、キム・アヨンの《デリバリー・ダンサーズ・スフィア》はゲーム版がインタラクティブ作品として展示された。ゲームエンジンによる映像制作=広義のマシニマが、実験映像の周縁からアジアの主要美術館の主題へと移行したことを示す事例である。

フェスティバルの定着:ミラノ・マシニマ・フェスティバル

Milan Machinima Festival(MMF)は2025年3月に第8回(テーマ REBOOT/RESTART/RESET、18カ国35作家による31作品)を開催し、2026年3月16〜20日には第9回を予定している。セクションには Game Engine Cinema や Grand Theft Cinema が並び、政治・エコロジー・労働・戦争・記憶・監視・AI といった主題をゲームのグラフィック構造の内側から扱う作品を公募している。マシニマ専門のフェスティバルが9年継続していること自体が、この形式の制度的定着の指標である。

「記録」のメカニクス史:誤用から公式機能へ

マシニマの技術史を「カメラの発明」として読み直す近年の批評は、重要な構造を明らかにしている。1996年の《Diary of a Camper》は Quake のデモ記録機能——本来プレイの検証・再生のための機能——を映画制作に転用し、メンバーの一人を「カメラマン」として役割分担する撮影構造を発明した。2000年前後に id Software がデモコードの公開を中止すると、制作者たちはスクリーンキャプチャとノンリニア編集へ移行し、2004年の Garry's Mod は物理エンジンのラグドール挙動を人形劇的な演出手段へ転用した。

決定的なのは、Valve が2012年に公開した公式映像制作ツール Source Filmmaker が、Quake のデモ再生機能の直系の子孫だという点である。ファンによる「誤用」が16年後に企業の公式ツールとして再演され、Halo 3 のシアターモードや The Last of Us のフォトモードといった公式機能として制度化された。ゲームエンジンの基層に最初から内在していた撮影スタジオとしての可能性が、逸脱的実践を通じて段階的に「発見」され、制度側に回収されていく——この循環は、マシニマに限らずデジタル表現全般の生成メカニズムを示唆している。

考察:Any% の文化とNEORTの文脈

この「誤用の制度化」の構造は、NEORT で開催中の展示「Any% Multideveloper — Reality in Polyphony」と直接響き合う。タイトルの Any% はスピードランの用語であり、バグやグリッチの利用という「壊れたプレイ」が公認の競技カテゴリへと正典化された文化の参照である。マシニマ、スピードラン、そしてジェネラティブアートやネットアートにおけるプラットフォームの創造的誤用——これらを貫く構造を、本稿は「誤用の正典化Canonization of Misuse)」として概念化し、新語として提出する。いま行われている逸脱的実践のうち、何が次の正典になるのか。この問いは、ギャラリーが現在進行形の実践を扱う際の批評的な視座を与える。

参考文献