マシニマとは、ゲームエンジンやリアルタイムの仮想空間を撮影環境として用い、映画的な映像作品を制作する表現形式である。語は machine と cinema の合成に由来する。ゲームは「遊ぶもの」ではなく撮影のための場として扱われ、ゲームエンジンはカメラ、セット、俳優、物理法則をソフトウェア内部に備えた可動式の映画スタジオとして機能する。2000年代後半以降、リアルタイム描画能力の飛躍的な向上によって独立した表現メディアとして確立した。

その技術史は、ユーザーによる機能の「誤用」が公式機能へ制度化される循環として読み解ける。1996年の《Diary of a Camper》は Quake のデモ記録機能——本来はプレイの検証と再生のための機能——を映画制作に転用し、メンバーの一人を「カメラマン」に割り当てる撮影構造を発明した。id Software がデモコードの公開を中止すると制作者はスクリーンキャプチャとノンリニア編集へ移行し、2004年の Garry's Mod は物理エンジンのラグドール挙動を人形劇的な演出手段へと転用した。2012年に Valve が公開した公式映像制作ツール Source Filmmaker は Quake のデモ再生機能の直系の子孫であり、シアターモードやフォトモードといった公式機能として同じ発想が回収されていった。

批評的には、マシニマの系譜はダダやシュルレアリスムに連なる流用の実践とされ、エンターテインメントの極致であるゲームを最も破壊的な芸術形式へ転じる試みと位置づけられる。ジョン・ラフマンの《Kool-Aid Man in Second Life》は仮想世界におけるアバターの存在論とデジタル社会の疎外感をドキュメンタリー的に捉え、ヒト・シュタイエルの《Factory of the Sun》(2015年)は監視資本主義における身体の搾取を告発した。ミラノ・マシニマ・フェスティバルのような専門の場が定着し、森美術館「マシン・ラブ:ビデオゲーム、AIと現代アート」展(2025年)が示すように、実験映像の周縁から主要美術館の主題へと移行している。