エグゼクティブサマリー
John Gerrard(ジョン・ジェラード、1974年アイルランド・ティペラリー生)は、ゲームエンジンを「ゲームを作る道具」から切り離し、リアルタイムで作動し続ける彫刻/風景/シミュレーションのメディウムへ転換した作家として位置づけるのが最も適切である。Oxford UniversityのRuskin Schoolで彫刻を学んだ後、School of the Art Institute of ChicagoでMFA、Trinity College DublinでMScを取得し、2000年代初頭のArs Electronica Futurelabでの活動を経て、3Dスキャン、リアルタイム3D、プログラミングを組み合わせる現在の制作方法を形成した。本人の回想では、シカゴ時代にはSoftimageなどの3Dツールを試し、Trinity以後はプログラマーとの共同制作へ移行している。1
その転換を象徴するのが《One Thousand Year Dawn (Marcel)》(2005)である。海辺の若者と太陽を、1000年という実行時間をもつ仮想世界として構築した同作は、後年ジェラード自身が最初の成熟したゲームエンジン作品として振り返る位置にある。以後、Dust Bowl、産業養豚、石油採掘、軍事演習、太陽光発電所、Googleデータセンター、気候変動といった対象を、録画映像ではなく「現在計算されている世界」として制作してきた。2
技術史上の明確な節目は2014年である。《Exercise (Dunhuang)》はジェラード・スタジオが初めてUNIGINEを採用した作品とUNIGINE社が記録しており、A経路探索で39人の工場労働者アバターを移動させる明示的な「elimination game」でもある。その後《Solar Reserve》《Farm》《Western Flag》《X. laevis》《STANDARD》では作品公式クレジットにもUNIGINEが明記される。したがってジェラードとゲームの関係は、ゲームのキャラクターや画面様式を引用すること以上に、pathfinding、NPC、virtual camera、motion capture、particle system、world clock、real-time renderingといったゲームの下部構造を美術へ移植することにある。3
調査上の主要論点
作品研究では10点を重点分析した。《One Thousand Year Dawn》《Dust Storm》《Oil Stick Work》《Exercise (Djibouti)》《Exercise (Dunhuang)》《Solar Reserve》《Farm》《Western Flag》《X. laevis》《Petro National》である。各作品について、媒体、制作工程、ゲームエンジン/ソフトウェア、展示歴、視覚的特徴、ゲームデザインとの接点を比較表と個別分析にまとめている。
なかでも《Exercise (Djibouti)》(2012)は、ジェラードのゲーム文化への具体的な関心を理解する上で重要である。彼自身が制作について語る際、軍事サンドボックス《ARMA》に既存のモーションキャプチャ・シーケンスを持ち込む「ARMA dance」的なmachinimaを参照している。現実のアスリートの身体をスキャン/モーションキャプチャし、仮想ジブチへ再配置する制作工程は、スポーツ、軍事訓練、ゲーム、身体データベースが同じ技術基盤で接続されることを露呈させる。4
《Exercise (Dunhuang)》ではこの問題がゲームルールとして明示される。衛星測量されたゴビ砂漠の道路網を「gameboard」とし、39人の人物がAアルゴリズムで移動する。二者が遭遇すると一方が脱落し、24〜36時間程度で最後の一人が残った後にリセットされる。さらに、人間の目線、低空ドローン、衛星という三種類の仮想カメラが用意され、ゲームにおけるplayer camera/spectator camera/god viewが、現代の軍事的・監視的視線の階層へ変換されている。5
一方、《Solar Reserve》(2014)は、ゲームエンジンをゲームから最も遠い用途へ転用した代表例である。ネバダの太陽熱発電施設と1万枚のヘリオスタットをUNIGINE上に再構成し、太陽、月、星を実在地点の一年間の天体運動に同期させ、鏡も太陽に追従させる。これは「架空世界」よりむしろdigital twinに近いが、仮想カメラが地上から衛星視点まで循環することで、風景画、監視画像、ゲーム世界の視点が融合する。2014年にはLincoln Center/Public Art Fundによって巨大LEDで公開され、後にLACMAのコレクションとなった。6
《Farm (Pryor Creek, Oklahoma)》(2015)では、Googleがデータセンターへの立入りを認めなかったため、ジェラードはヘリコプターから施設を撮影し、UNIGINE上に「simulated twin」を再建した。査読誌 New Media & Society でMél Hoganはこの作品を「critical data center art」の重要例として扱い、非物質的な「クラウド」のイメージを土地、建物、電力、冷却設備、企業所有へと引き戻し、Big Techからユーザーへ向けられてきた監視の視線を反転する仕事として論じている。7
2022年の《Petro National》ではWebGLへ移行し、196の国・地域をガソリンの薄膜として生成する。石油消費量によって膜の厚みと虹色の強さが変化し、それぞれの首都の時間と季節に同期しながら、鑑賞者はドラッグで視点を操作できる。さらに2025年12月21日から2026年12月21日までLACMAオンラインで展開中の《SPIRITS》では、漂着した96個のプラスチック製靴をGaussian splatsへ変換し、WebGLによってモバイルブラウザ上で一年をかけて展開している。これは巨大LED中心だったジェラードのシミュレーションが、携帯端末という日常的インターフェースへ戻ってきた最新段階である。8
批評的位置とゲームアート史上の意義
ジェラードの特徴は、「ゲームアート」をゲームの引用史として捉えるだけでは見落とされる。JODIやCory Arcangelが既存ゲームやROMを改造するのに対し、ジェラードはゲームの図像をほぼ消去しながらゲームエンジンの世界生成機能だけを残す。そのため観客は通常プレイヤーではなく、すでに作動している世界の観測者になる。この構造はAlexander Gallowayのいうoperator actionとmachine actionの区別を援用すると理解しやすく、ジェラードは前者を最小化し、太陽、煙、人物、鏡、カメラといったmachine actionを作品の主役へ移す作家と解釈できる。
この点で後続・並行する重要作家がIan Chengである。Chengの《Emissaries》はゲームエンジンを使い、プレイヤーなしでエージェントが相互作用し続ける「live simulation」を形成する。ただしChengが予測不能性、emergence、非反復性へ向かうのに対し、ジェラードは写真測量的な精密さ、地理的位置、実時間、天文学的周期、規律化されたカメラを重視する。両者はゲームエンジンを非ゲーム的映像へ転換する二つの方向を示している。9
Harun Farockiも重要な比較対象である。《Parallel I–IV》(2012–14)が30年間のゲームグラフィックスを比較し、《Serious Games》が軍事とゲーム・シミュレーションの接続を扱ったのに対し、ジェラードはその同じ技術環境を批評対象として眺めるだけでなく、自らの制作装置として内部から使用する。10 日本では谷口暁彦《何も起きない》(2017)が最も近い。ゲームエンジンで構築された架空都市が、ゲーム用AIと天候シミュレータによって「何も起きない日常」を生成し続ける作品であり、プレイヤーの入力を世界成立の条件から外す点でジェラードと強い形式的平行関係を持つ。11
批評的受容は一枚岩ではない。Blake Gopnikは2009年のヴェネツィア評で、ジェラードが新技術を技術デモに終わらせず、石油や産業農業をめぐる環境的物語を伝える媒体として機能させている点を高く評価した。12 一方で同年のHirshhorn評では、精密で滑らかなCGそのものが強すぎるため、環境破壊や工業的畜産の不快さを美的に中和してしまう危険を指摘した。13 Paul O’Kaneによる《Oil Stick Work》論も、30年にわたるアルゴリズム的労働をコンセプチュアル・アートと21世紀的計算環境の接点として評価しながら、その像に機械的・非人間的な計算の感触が残ることを問題化している。14
Laura McLean-Ferrisによる《X. laevis》評はさらに重要である。生命、コード、電気、宇宙実験をめぐる問題設定と視覚的完成度を認めながら、《Western Flag》などと比較すると時間変化や偶発性が乏しく、「リアルタイム・シミュレーション」であることのlivenessが十分に活用されていないと論じた。15 これはジェラードを無条件に「ゲームエンジン美術の革新者」と賞賛することへの有効な留保である。リアルタイム性は、それだけでは美的価値ではない。
思想・展覧会・系譜
思想面では、Jean Baudrillardのsimulation論とJames Der Derianのmilitary-industrial-media-entertainment networkが「Exercise」群を読む直接的な参照軸となる。《Exercise (Djibouti)》をめぐって2012年に開催されたUrbanomicのラウンドテーブルはBaudrillardの「operational」なsimulationを明示的な出発点とし、後にRobin Mackay編 Simulation, Exercise, Operations として刊行された。焦点は「虚像が現実を代替する」ことよりも、軍事、ゲーム、訓練、メディアが同じシミュレーション技術によって現実の身体と暴力を運用することへ移っている。16
メディアアート史としては、Sol LeWittやJack Burnhamに代表されるプロセス/systems aesthetics、Myron KruegerやJeffrey Shawによるリアルタイム環境、ランド・アートと環境芸術、写真・ドキュメンタリー、ゲームエンジン/軍事シミュレーションがジェラードの地点で交差する、と整理できる。その後方にはFarocki、同時代/後続にはPierre Huyghe、Ian Cheng、Lawrence Lek、Jakob Kudsk Steensen、Trevor Paglen、そして日本の谷口暁彦らを配置できる。ただし、これらの多くは直接的な影響関係ではなく、本調査で設定した技術的・形式的な系譜である。
制度面では2009年ヴェネツィア・ビエンナーレのコラテラル・イベント《Animated Scene》が決定的な転機だった。《Dust Storm》《Grow Finish Unit》《Oil Stick Work》を巨大投影し、ゲームエンジン作品をnew media専門領域から、風景、石油、農業、グローバル資本を扱う現代美術の中心的問題へ接続した。17 その後、Witte de Withの《Art in the Age of…Planetary Computation》、UCCA《Power.Play》、LACMA、Tate Britain、Okayama Art Summit、COP26、Hayward Galleryなどへ展開した。UCCAでは《Farm》《Exercise (Dunhuang)》《Solar Reserve》が一緒に提示され、サーバー、工場労働、エネルギーが「planetary computation/power」の一続きの問題として読める構成になった。18
批評的結論
ジェラードの最大の意義は、ゲームを「遊びの形式」として美術へ導入したことではなく、ゲームエンジンが世界を常時生成し続ける能力そのものを、独立した彫刻的メディウムにしたことにある。彼の作品では、一枚の画像は完成品ではない。それは現在の時刻、太陽位置、アルゴリズム、キャラクター状態、仮想カメラ、物理演算から、その瞬間にだけ導出された「simulation state」の表面である。《One Thousand Year Dawn》から《Western Flag》《SPIRITS》まで、この考え方は驚くほど一貫している。19
同時に、ジェラードの環境政治を無批判に称賛すべきではない。巨大LED、GPU、リアルタイム3D、衛星データ、国際的な展示物流というインフラを用いて、石油、データセンター、過剰消費、気候危機を批判することには避けられない自己矛盾がある。ただし、今回確認した公開資料には作品単位の監査済みライフサイクル排出量がなく、環境負荷を定量的に断定することはできない。むしろ重要なのは、彼の作品が批判する「計算とエネルギーのシステム」の外部に作品自身も立てないことである。《Farm》を環境メディアとして読むHoganの議論が示すように、その内在的矛盾自体がジェラードの作品を21世紀のメディア環境について考える格好のケーススタディにしている。20
注・参考文献
- John Gerrard, “Artist / Bio,” official website; Pace Gallery, “john gerrard”; LACMA, John Gerrard: Neural Exchange. https://www.johngerrard.net/bio/ / https://www.pacegallery.com/artists/john-gerrard/ / https://www.lacma.org/sites/default/files/techlab/2018-11/171018_NeuralExchange_Publication.pdf ↩
- John Gerrard, “One Thousand Year Dawn (Marcel) 2005,” official website; LACMA, John Gerrard: Neural Exchange. https://www.johngerrard.net/one-thousand-year-dawn.html / https://www.lacma.org/sites/default/files/techlab/2018-11/171018_NeuralExchange_Publication.pdf ↩
- UNIGINE, “Algorithmic Wanderers: John Gerrard Studio Presents a New Real-Time Art Installation Utilizing UNIGINE Engine,” 2014; John Gerrard, “Western Flag (Spindletop, Texas) 2017,” “Farm (Pryor Creek, Oklahoma) 2015,” and “STANDARD,” official website; Wellcome Collection, X. laevis (Spacelab) 2017 production credits. https://unigine.com/news/2014/algorithmic-wanderers-john-gerrard-studio-presents-a-new-real-time-art-installation-utilizing-unigine-engine / https://www.johngerrard.net/western-flag-spindletop-texas-2017.html / https://www.johngerrard.net/farm-pryor-creek-oklahoma-2015.html?subnav=1 / https://www.johngerrard.net/standard.html ↩
- Urbanomic, “Gesture as Playlist” (John Gerrard / Robin Mackay), especially Gerrard’s discussion of “ARMA dance,” machinima, 3D scanning, and motion capture in relation to Exercise (Djibouti); Exercise (Djibouti) 2012 catalogue, Screen Space. https://www.urbanomic.com/document/gesture-as-playlist/ / https://www.screenspace.com/John-Gerrard-2014-Catalogue-WEB.pdf ↩
- UNIGINE, “Algorithmic Wanderers,” 2014; John Gerrard, “Exercise (Dunhuang) 2014,” official website. https://unigine.com/news/2014/algorithmic-wanderers-john-gerrard-studio-presents-a-new-real-time-art-installation-utilizing-unigine-engine / https://www.johngerrard.net/exercise-dunhuang-2014.html ↩
- Los Angeles County Museum of Art, “John Gerrard: Solar Reserve,” exhibition advisory, 2018. https://www.lacma.org/sites/default/files/Solar%20Reserve%20-%20press%20release%20FINAL%206.29.18_0.pdf ↩
- John Gerrard, “Farm (Pryor Creek, Oklahoma) 2015,” official website; Mél Hogan, “‘Environmental media’ in the cloud: The making of critical data center art,” New Media & Society 25, no. 2 (2023): 384–404. https://www.johngerrard.net/farm-pryor-creek-oklahoma-2015.html?subnav=1 / https://journals.sagepub.com/doi/full/10.1177/14614448221149942 ↩
- John Gerrard, “Petro National,” official website; LACMA, “john gerrard: SPIRITS” and Joel Ferree, “john gerrard’s SPIRITS,” Unframed. https://www.johngerrard.net/petronational.html / https://www.lacma.org/art/exhibition/john-gerrard-spirits / https://unframed.lacma.org/2025/12/11/john-gerrard-spirits ↩
- Museum of Modern Art, “Ian Cheng’s Emissaries,” 2019; MoMA PS1, “Ian Cheng: Emissaries,” 2017. https://www.moma.org/magazine/articles/40 / https://www.moma.org/calendar/exhibitions/3656 ↩
- NTT InterCommunication Center [ICC], “Parallel I–IV,” Harun Farocki; Museum of Modern Art, “Harun Farocki: Serious Games I–IV.” https://www.ntticc.or.jp/en/archive/works/parallel-i-iv/ / https://www.moma.org/collection/works/143767 ↩
- NTT InterCommunication Center [ICC], 谷口暁彦《何も起きない》, 2017. https://www.ntticc.or.jp/ja/archive/works/nothing-happens/ ↩
- Blake Gopnik, “A Most ‘Animated’ Eco-Critique,” The Washington Post, June 8, 2009. https://www.washingtonpost.com/archive/style/2009/06/09/a-most-animated-ecocritique/c139907d-6a03-4003-bdb1-10daefdf993a/ ↩
- Blake Gopnik, “Avoiding mechanical overload,” The Washington Post, November 4, 2009. https://www.washingtonpost.com/archive/style/2009/11/05/avoiding-mechanical-overload/20e2f9bd-230e-446b-9ddd-d596b6475c33/ ↩
- Paul O’Kane, “John Gerrard, Oil Stick Work: Art on the Underground,” Third Text 25, no. 2 (2011): 237–241. https://www.tandfonline.com/doi/full/10.1080/09528822.2011.560641 ↩
- Laura McLean-Ferris, “John Gerrard’s ‘X. laevis (Spacelab)’,” e-flux Criticism, June 21, 2017. https://www.e-flux.com/criticism/240339/john-gerrard-s-x-laevis-spacelab ↩
- Urbanomic, “Gesture as Playlist”; Robin Mackay, ed., Simulation, Exercise, Operations (Urbanomic, 2015). https://www.urbanomic.com/document/gesture-as-playlist/ / https://www.urbanomic.com/book/simulation-exercise-operations/ ↩
- Blake Gopnik, “A Most ‘Animated’ Eco-Critique,” The Washington Post, June 8, 2009; John Gerrard, official works archive. https://www.washingtonpost.com/archive/style/2009/06/09/a-most-animated-ecocritique/c139907d-6a03-4003-bdb1-10daefdf993a/ / https://www.johngerrard.net/works/ ↩
- UCCA, John Gerrard: Power.Play exhibition catalogue; John Gerrard, “Exercise (Dunhuang) 2014,” official website. https://ucca.org.cn/en/download/2/9/5/903f5c-44dcd7-ed0f1c/%E6%9D%83%E5%8A%9B%E6%BC%94%E7%BB%8E.pdf / https://www.johngerrard.net/exercise-dunhuang-2014.html ↩
- John Gerrard, “One Thousand Year Dawn (Marcel) 2005” and “Western Flag (Spindletop, Texas) 2017,” official website; LACMA, “john gerrard: SPIRITS.” https://www.johngerrard.net/one-thousand-year-dawn.html / https://www.johngerrard.net/western-flag-spindletop-texas-2017.html / https://www.lacma.org/art/exhibition/john-gerrard-spirits ↩
- Mél Hogan, “‘Environmental media’ in the cloud: The making of critical data center art,” New Media & Society 25, no. 2 (2023): 384–404. https://journals.sagepub.com/doi/full/10.1177/14614448221149942 ↩
- UNIGINE, “Algorithmic Wanderers,” 2014; John Gerrard, official pages for Solar Reserve, Farm, Western Flag, X. laevis, and STANDARD. See also LACMA, Neural Exchange. https://unigine.com/news/2014/algorithmic-wanderers-john-gerrard-studio-presents-a-new-real-time-art-installation-utilizing-unigine-engine / https://www.johngerrard.net/works/ / https://www.lacma.org/sites/default/files/techlab/2018-11/171018_NeuralExchange_Publication.pdf ↩
- 前回調査「メディアアート領域における『ゲームを題材・媒体とする芸術』の系譜」(ChatGPT Deep Research, 2026)を比較の背景資料として参照。 ↩