現象学とは、意識に現れてくる経験そのものを出発点として、事物や世界の意味がどのように成り立つかを記述する哲学の方法である。20世紀初頭にエトムント・フッサールが確立し、自然科学的な説明や既成の理論をいったん括弧に入れて、経験がそこに現れるあり方(現象)へ立ち返ることを求めた。その後、マルティン・ハイデガー、ジャン=ポール・サルトル、モーリス・メルロ=ポンティらによって展開され、存在論・身体論・他者論へと領域を広げた。
とくにメルロ=ポンティは知覚と身体を中心に据え、身体を世界を受け取る装置ではなく、関係のなかで意味を生成する「生きられた身体」として捉えた。この立場では、見ることは対象を外から客観的に把握する行為ではなく、身体の運動や周囲との関わりのなかで成立する出来事である。
メディアアートの領域では、この枠組みが映像やディスプレイの経験を論じる際に参照される。鑑賞者が視線を動かし、焦点を合わせ、装置の周囲を移動しながら関与する状況では、映像は完成した像ではなく身体と世界のあいだに生じる関係として立ち現れる。現象学は、こうした視覚経験を身体性・運動・関係性から捉え直すための理論的な足場となっている。