序論:指示が公開されている芸術で、贋作はどう成立するのか

1967年6月、ソル・ルウィットは『アートフォーラム』誌に「コンセプチュアル・アートに関する段落」を発表し、こう書いた——「コンセプチュアル・アートにおいては、観念あるいは概念が作品の最も重要な側面である。作家が芸術の概念的形式を用いるとき、それはすべての計画と決定が事前になされ、実行は事務的な作業(a perfunctory affair)であることを意味する。観念が芸術をつくる機械になる」。同じ文章の少し先で、彼はこう続けている——「それはたいてい、職人としての作家の技能への依存から自由である」([Paragraphs on Conceptual Art, Artforum, June 1967(教材用の全文転写)](https://www.kim-cohen.com/Assets/CourseAssets/Texts/LeWitt_Paragraphs%20(1967).pdf))。

この宣言には帰結がある。実行が事務的であり、技能への依存から自由であるなら、作品を同定するのは実行された物ではなく、実行を指示する言葉のはずである。楽譜と演奏の関係に似ている。そして楽譜と演奏の関係にある芸術では、原理的に贋作が成立しない——楽譜どおりに演奏されたものは、誰が演奏しようとその作品である。

ところが、ルウィットのウォールドローイングでは贋作が成立する。指示は美術館が公開しており、誰でも読める。幾何学的に完全に定義されていて、解釈の余地は最小限に見える。それでも、その指示どおりに自宅の壁に描いたものはルウィットの作品ではない。何が足りないのか。この記事は、その「足りないもの」を特定する試みである。

結論を先に言えば、足りないのは記譜への準拠ではない。準拠は満たせる。足りないのは、その準拠を作品として数える誰かの公的な行為であり、それは指示のなかには一行も書かれていない。

グッドマンの区分:自筆的な芸術と他筆的な芸術

この問題を扱う道具立ては、ネルソン・グッドマンが『芸術の言語』(1968年、第2版1976年)で用意している。スタンフォード哲学百科事典の「グッドマンの美学」項(2005年初版、2017年8月9日改訂)が引く定義によれば、「芸術作品が自筆的(autographic)であるのは、その作品のオリジナルと贋作の区別が有意味であるとき、かつそのときに限る。よりよく言えば、最も精確な複製ですらそれによって真正なものとして数えられないとき、かつそのときに限る」(Goodman 1976, p.113)。絵画やエッチングがこれにあたる。

対して他筆的(allographic)な芸術——音楽、舞踊、演劇、文学、建築——は、「作品の制作史から独立した作品の実例化を許す」。この区別を支えるのが記譜法の有無である。グッドマンが問うのは、その芸術形式が「ある演奏がその作品に属するために持たねばならない本質的諸特性を指定する」ような「楽譜」を許すかどうかである(1976, p.212)。そして楽譜がある場合、「その楽譜に完全に対応する、すなわち『準拠する(comply with)』演奏のすべてが、かつそれだけが、その作品の演奏として数えられる」。だから彼は、「実際の間違いのない最も惨めな演奏はそれ(作品の真正な実例)として数えられるが、たった一つの音を間違えた最も輝かしい演奏は数えられない」と書く(1976, p.186)。

この区分は美しく、そして機械化に向いている。準拠は照合の問題だからだ。同じ百科事典項目は、しかし、この区分に抵抗しそうな例としてルウィットを名指している——「ソル・ルウィットがその《ウォールドローイング》(それゆえ他の個人たちによって実現された作品)を作るための指示を与えたとき、彼はグッドマンの区別に対する乗り越えがたい挑戦を表すような作品を制作していたのだろうか」(Goodman's Aesthetics | Stanford Encyclopedia of Philosophy)。項目の書き手はいくつかの読み方を示唆して答えを開いたままにする。以下は、その問いを美術史や美学の側からではなく、実際にその作品を設置し保存している人々が残した記録から追った結果である。

指示は本当に完全なのか——《ウォールドローイング #215》の全文

ノースウェスタン大学ブロック美術館は、2026年2月10日の公式ブログで、所蔵する《ウォールドローイング #215》(1973年)の設置記録を公開した。この記事には、作品の指示文が全文掲載されている。

弧と非直線の位置。中心が左辺の中点にあり、半径が、左辺の中点と左下隅のちょうど中間の点と、二本の線が交わるであろう点——第一の線は下辺の中点から右上隅へ、第二の線は壁の中心から右辺の中点と右下隅のちょうど中間の点へ引かれるとして——との間の距離に等しい弧を、左辺の上部から左辺の下部へと引く。非直線は、壁の中心と右上隅のちょうど中間の点から、壁の中心と右下隅のちょうど中間の点へと引く。

(原文および作品データは Behind the Scenes: Installing Sol LeWitt's Wall Drawing #215 at The Block, Block Museum of Art, 2026年2月10日 による。素材は黒クレヨン・黒鉛筆、初回制作は J. Jackson とソル・ルウィット、初回設置は1973年9月、ヒューストンの Cusack Gallery。同館の展示は2026年6月14日まで。)

読めばわかるとおり、これは作図手順である。曖昧なのは「非直線(not straight line)」だけで、あとは定規とコンパスで決まる。同館は「およそ1,350点のウォールドローイング指示」のうちの一つだと記している(後述するイェール大学美術館の保存担当者による報告では「1,300点以上」とされており、数え方によって数字は揺れる)。

つまり記譜は存在し、公開されており、準拠可能である。グッドマンの条件の前半は満たされているように見える。

指示に書かれていないこと

ところが、同じブロック美術館の記録は、設置に何が必要だったかも書いている。「壁がドローイングに要求される基準を満たすことを保証するために数週間の表面準備」が行われ、そのあとで「ルウィットの書かれた指示にもとづく詳細な作図」が始まった。線と弧を確定する前に、テープと黒い糸を使って配置と縮尺を試したという。

数週間の壁の準備は、指示文のどこにも書かれていない。ここから先が本題である。

イェール大学美術館のジョン・ホーガン(1982年からルウィット・スタジオの主任描画者、2007年のルウィットの死後は遺産財団の設置ディレクター)とキャロル・スノウが2015年に米国文化財保存学会(AIC)の査読付き会議録に寄せた報告は、指示の外側にあるものを具体的に列挙している(Sol LeWitt's Wall Drawings: Conservation of an ephemeral art practice, AIC Objects Specialty Group Postprints, Vol. 22, 2015, pp.37-46)。

  • インク作品に使われていた元のインクが製造中止になったため、「設置工程に適合し、当初構想された作品の色と表面の質に一致する新しい配合が開発された」。
  • 色鉛筆作品に使う2mm の色芯が製造中止になったため、現在は「遺産財団のために製造されている」。
  • 「死の前に、ルウィットはウォールドローイングを見直し、どれが訓練された描画者の監督と関与を必要とし、どれが必要としないかを指示した」。
  • アーカイヴの責任には「縮尺があらかじめ構想に含まれていないウォールドローイングについて、縮尺パラメータまたは縮尺入り作業図面を提供すること」が含まれる。

いずれも、記譜には書かれていないが準拠のために不可欠な事項である。とりわけ最後の項目は重大で、指示文が縮尺を決めていない作品が存在することを意味する。壁の大きさが変われば作品の見え方は変わる。その差を埋めるのは指示ではなく、アーカイヴが供給する作業図面である。

ホーガン自身も、指示への準拠が徐々に難しくなったと書いている。初期の作品は「基本的な技能と書かれた指示に従う能力を持つ個人が設置できることが多かった」が、「時が経つにつれて作品の性質は技能面でより要求が厳しくなり、工程の知識が必要になり、設置がルウィットの期待と作品の構想の範囲内に収まるためには、熟練したスタジオの描画者の関与が必要になった」。

1967年のルウィットは「実行は事務的な作業」であり「職人としての作家の技能への依存から自由」だと書いた。2015年のルウィット遺産財団の設置ディレクターは、熟練した描画者なしには作品が構想の範囲に収まらないと書いている。同じ実践についての、書く目的が違う二つの文書である。

記譜の外にある伝承

ブロック美術館の記録には、もう一つ決定的な一文がある。設置を率いた描画者レイシー・フェキシャジは「ルウィットと密接に働いた第一世代のルウィット描画者たちのもとで訓練を受け、これらの作品の統合性を保つ知識の系譜を継承している」。

これは徒弟制である。記譜が自足する芸術に徒弟制は要らない。楽譜が読めれば演奏はできる。ところがウォールドローイングでは、記譜が公開されているにもかかわらず、それを正しく実行できるのは作家と直接つながる訓練の系譜に属する人々である、と美術館自身が書いている。

この系譜を制度として支えているのが、マサチューセッツ現代美術館(MASS MoCA)の長期展示である。同館は2008年から、1969年から2007年までの105点のウォールドローイングを、「ルウィット自身の仕様に従って」建てられた三層・約27,000平方フィートの専用の壁面群に設置しつづけている。ルウィットの死の翌年に始まったこの展示は25年間続く予定で、2021年から2022年にかけて全体の修復が行われた(Sol LeWitt: A Wall Drawing Retrospective, MASS MoCA)。作品を見せるための展示であると同時に、どう実行すべきかの参照標本として機能している。

2026年夏のトリニティ・カレッジ(米コネチカット州ハートフォード)の事例は、この構造をさらに鮮明にする。同校コーネリア・センターにある《ウォールドローイング #849:不規則な色の塊、1998年》——内側でおよそ26フィート、外側でおよそ24フィートの二面二層の作品——が、設置から28年を経て全面的に塗り直された。修復を率いたガブリエル・ユリエは、ルウィット遺産財団のために作業したと述べ、その工程をこう説明している——「まず基本的にサンディングして、穴や傷を直し、コーキングをきれいにしました。それから塗り直しと仕上げに取りかかりました」。そして——「光沢の仕上げを正確に決めるのは非常に難しく、ソルは仕上げにうるさい人でした」(‘Not Another One Like This Anywhere:' Trinity's Sol LeWitt Wall Drawing Shines after Restoration, Trinity College, 2026年7月8日)。

ルウィットは2007年に死んでいる。2026年の修復チーム4名(アビー・バグビー、ガブリエル・ユリエ、キャット・マッコーリー、マイケル・ベンジャミン・ヴェダー)は、1998年の設置チーム7名とは一人も重ならない。それでも彼らは、指示文に書かれていない光沢の基準を守ろうとしている。その基準は記譜のなかにはなく、遺産財団の記憶と訓練のなかにある。

ユリエはこうも言っている——「これはきわめて特異なドローイングです。ほかにこれと同じものはどこにもありません」。他筆的な芸術についての発言としては奇妙である。特異性は自筆的な芸術の属性のはずだからだ。

なお同記事は、この作品が「技術的には作家の遺産財団からの無期限貸与」であり、トリニティ・カレッジ美術コレクションの一部として扱われていると明記している。壁は大学のものだが、作品は大学のものではない。

証明書——他筆的な芸術に埋め込まれた自筆的な物体

では作品はどこにあるのか。ホーガンとスノウの報告が答えている。

ルウィットは1969年、《ウォールドローイング #3》を境に自分では描かないことに決めた。「作家の手が本質的で貴重な、時のなかの一瞬であるという規範を排除する」ためである。そして——ここが要点だが——彼は「各ウォールドローイングについての証明書の導入によってこの方針をさらに支えた。各作品には図が添えられて制作された」。報告はこう続ける。

証明書と図は各ウォールドローイングの経済的媒体であり記録となり、その作品を最初に実行した個々の描画者たちを列挙している。

さらに:

証明書と図は作品の「物体」的側面であり、実際に伝統的な紙の保存修復を必要とすることがある。これらの文書は代替不可能である。失われたり破壊されたりすれば、作品は失われる。これらの文書は、適正な作者性/所有権という構造を追加し、任意の作品の指示へのアクセスにもとづく無断複製という問題への解決であった。

この二段落は、グッドマンの図式に対する反例として読める。

第一に、代替不可能な唯一の物体が作品の存続条件になっている。楽譜は焼けても交響曲は残る。ウォールドローイングの証明書は焼ければ作品が失われる。記譜が自筆的な物体として運用されている。

第二に、そして決定的に、証明書が導入された理由が「指示へのアクセスにもとづく無断複製」への対策だと明言されている。つまりルウィットの体制は、記譜への準拠だけでは作品にならないように意図的に設計された。準拠可能な記譜を公開したうえで、準拠とは別の層に真正性の判定を置いたのである。

グッドマンの他筆的芸術では贋作が成立しない。ルウィットの体制では、記譜に完全に準拠した実行が贋作になりうる。準拠と真正性が分離している。

裁可の撤回——ノーランド事件

分離を反対側から照らす事例がある。作家が、物体を変えずに、それが自分の作品であることを取り消した場合である。

2013年6月27日、ニューヨーク州最高裁判所上訴部第一部は Marc Jancou Fine Art Ltd. v. Sotheby's, Inc.(107 A.D.3d 637, 967 N.Y.S.2d 649)で、サザビーズ勝訴の略式判決を全員一致で維持した。判決文はこう記す——委託契約は、サザビーズが「その単独の判断において」作品の「帰属(attribution)」——1990年連邦視覚芸術家権利法(VARA, 17 USC § 106A)が定義する意味での——に疑いを持つ場合、出品を取り下げることを許していた。オークション予定が組まれたあと、「作品の作者である被告ノーランドは、サザビーズに対して作品を競売から取り下げるよう要求し、制作以後に生じた作品への実質的かつ有害な変更に照らして、自分の名前を結びつけたまま販売に供されるなら自身の名誉と評判が損なわれると主張した」。裁判所は、この主張と損傷・修復を示す報告書に照らして、サザビーズが契約にも受託者義務にも違反していないと判断した(Marc Jancou Fine Art Ltd. v. Sotheby's, Inc. — CourtListener)。

物体は変わっていない。変わったのは作家の公的な発言だけである。それだけで作品は市場から消えた。ここでも、物と作品は別のものとして扱われている。

(注:判決文はこの作品の題名を記していない。報道はケイディ・ノーランドの《Cowboys Milking》(1990年)だとしているが、本記事は判決文で確認できる範囲にとどめる。同じ作家が別の作品《Log Cabin》をめぐって起こした VARA 訴訟は、2020年に別の理由——修復が米国外で行われたこと、作品が VARA 制定前の制作であることなど——で退けられており、こちらは記事の主張には用いない。)

記譜ではなく裁可

ここまでの観察をまとめると、こうなる。

ルウィットのウォールドローイングは、記譜の面では他筆的である。指示は言語で書かれ、公開され、準拠可能で、実行者は誰でもよい。ところが真正性の面では自筆的である。代替不可能な証明書があり、実行できる人間の系譜があり、記譜に書かれていない基準(壁の準備、インクの配合、縮尺、光沢)を供給し続ける制度がある。

この二重性を「記譜の不完全さ」として説明することはできない。指示をどれだけ詳細に書いても——縮尺も、インクの配合も、光沢の度合いも書き込んだとしても——証明書の機能は残る。証明書が答えているのは「どう描くか」ではなく「この実行を作品として数えるか」だからである。前者は記譜の問題であり、後者は記譜の問題ではない。

この後者を名指す語は、実は既にある。シェリー・アーヴィンが2005年に『美学・美術批評誌』に発表した「現代美術における作家の裁可」の術語である。彼女自身の要旨によれば——

私は、現代の作家たちが自作の諸特性を、物体を制作し提示する行為によってだけでなく、学芸員や機関と文通するといった補助的な活動によっても確定していると論じる。私はそうした特性の確定を作家の裁可the artist's sanctionと呼ぶ。作家は、特定の特性を持つ物体を制作すること、学芸員と文通すること、作家ステートメントを制作することといった、公的にアクセス可能な行為とコミュニケーションを通じて、自作の特性を裁可する。

そして彼女は、裁可が意図と同じではないことを強調する——「意図と関係はあるが、裁可は意図と同一ではない。実際、作家が裁可した特性は、場合によっては彼女が意図した特性と対立しうる」([Sherri Irvin, "The Artist's Sanction in Contemporary Art", Journal of Aesthetics and Art Criticism 63(4): 315-326, 2005](https://philarchive.org/rec/IRVTAS))。

証明書は裁可の物質的な形式である。ルウィットが死ぬ前に「どの作品が訓練された描画者を必要とするか」を指示して回ったのは、裁可の範囲を将来に向けて確定する作業だった。ノーランドがサザビーズに宛てた要求は、裁可の撤回だった。

残る問い

アーヴィンの定式には、ルウィットの事例が押し広げる箇所がある。裁可は「作家の」ものだと定義されているが、トリニティ・カレッジの壁を2026年に塗り直したのは、ルウィットに会ったこともない4人である。彼らが守った光沢の基準は、作家の公的な行為として記録されたものではなく、遺産財団が保持する実務知である。裁可は作家の死後も更新されつづけており、更新しているのは作家ではない。

ここから先は本記事の観察を超える推論だが、書きとめておく価値はあると考える。記譜への準拠を機械的に検証できる芸術——たとえば、スクリプトと出力の対応が公開台帳の上で誰にでも照合できる作品——では、グッドマンの意味での準拠の問題はほぼ完全に解決される。だが証明書が答えていた問いのほうは、照合では解けない。「この実行を作品として数えるか」は、記譜の外にある公的な行為だからである。検証を機械化したとき、機械が答えられない問いは消えるのではなく、記譜の外側に残る。ルウィットの体制は、その外側を証明書という一枚の紙として可視化していた、と読むこともできるだろう。

参考文献