Post-AI(ポストAI)は、生成モデルの利用が特別な出来事ではなくなった段階の芸術や文化を指すために、2020年代の批評やメディアで使われるようになった言い方である。機械が生成したという事実そのものを見せる作品に対して、AIを前提として織り込んだうえで別の主題を扱う実践を区別する意図で用いられる。一方で「AI以後」という時代区分を含意するため、その妥当性をめぐっては論争がある。

この枠組みへの代表的な反論は、AIが通過して去っていく一過性の時代ではなく、電気や言語のように社会全体を規定する構造的条件であるという指摘である。構造的条件であるならば、それを「以後」として括ることはできず、むしろ現在進行形で人間の認識や価値の体系を編成し続ける基盤として扱うべきことになる。ケヴィン・アボッシュはこの立場から、「AIアーティスト」「暗号アーティスト」といった技術名を冠したラベル付けも、作品の概念的な核を平板化するものとして退け、自らを一貫してコンセプチュアル・アーティストと位置づけている。

したがってPost-AIという語は、時代の到達点を示す名称としてよりも、新しい技術を時代のラベルとして消費し、作品を技術の実演に還元してしまう批評の習慣そのものを問う論点として参照されることが多い。