序論
インタラクティブ・アートの作品は、鑑賞者がいなければ何も起きない。では誰もいないあいだ、装置は何をしているのか。コイン式遊技機の産業はこの状態に名前を与えている。人がいないことを検出して、人を呼ぶ映像と音を出す——アトラクトモードである。美術館が時間ベースのメディア作品を受け入れるときに交わす文書には、この状態を規定する条項がほとんど無い。装置について交換してよい範囲は一項目ずつ書かれるのに、人がいない時間については書かれない。
そこで、この分野が自分の媒体をはじめて定義した文書に戻る。マイロン・クルーガーが1977年6月の全米コンピュータ会議で発表した「Responsive Environments」である。彼はこの論文で、1969年の《GLOWFLOW》から1975年の《VIDEOPLACE》までの自作を並べ、そこから「応答すること自体を素材とする芸術」という主張を立てた。この論文には、鑑賞者が去る瞬間についての一文がある。以後の記録には、その一文の置き場所が無い。
「作品には第二撃能力がある」
論文の後半、「IMPLICATIONS OF THE ART FORM(この芸術形式が含意するもの)」の節で、クルーガーは絵画と自分の媒体を比べる。
In the past, art has often been a one-shot, hit-or-miss proposition. A painting could accept any attention paid it, but could do little to maintain interest once it had started to wane. In an environment the loss of attention can be sensed as a person walks away. The medium can try to regain attention and upon failure, try again. The piece has a second strike capability.
(これまで芸術はしばしば一発勝負であった。絵画は向けられた注意を受け取ることはできるが、その注意が薄れはじめたあとで関心をつなぎとめる手立てをほとんど持たない。環境においては、人が立ち去るという形で注意の喪失を感知できる。この媒体は注意を取り戻そうとすることができ、失敗すれば、もう一度試すことができる。作品には第二撃能力がある。)
第二撃能力(second strike capability)は核抑止の用語である。先制攻撃を受けたあとでも報復できる能力を指す。クルーガーはこれを、立ち去られた作品が次に取る行動の名として使っている。論文の本文でこの語が現れるのはこの一箇所だけで、直後に「実際、作品は自分の性能を改善することを学習できる。その瞬間だけでなく、経験の全履歴に応答して」と続く。
注意すべきなのは、クルーガーが名指しているのが誰もいない部屋ではないことである。論文の本文を単語境界つきで数えると、empty・idle・attract・unoccupied・nobodyはいずれも0回である(no oneは1回だが、迷路を歩く必然性を疑う者がいなかったという別の文脈で使われている)。attentionは4回。彼が書いているのは、いま去りつつある特定の一人であって、部屋の空虚ではない。
その一人を捉えるための材料も、同じ論文に列挙されている。環境が応答しうるものとして挙がるのは、位置、声の大きさや高さ、直前の位置との差、最後の動きからの経過時間、3回に1回の動き、動きの速さ、姿勢、身長、服の色、そしてその人が部屋に入ってからの経過時間である。時間の経過そのものが入力として数えられている。そして同じ節にこう書かれている——「知覚系が意味のあるインタラクションの限界を定める。環境は、知覚できないものには応答できないからである」。
その能力を担っていたのは、1マイル離れた場所にいる人間だった
1977年の論文は、この能力を機械の性質として一般化して書いている。しかし、論文が記述する実装では、それは人がやっていた。
《METAPLAY》は1970年、ウィスコンシン大学メモリアル・ユニオン・ギャラリーで1か月間展示された。ギャラリーには8フィート×10フィートの背面投影スクリーンが置かれ、来場者の生映像に、コンピュータグラフィックスの線画が重ねられた。その線画を描いていたのは、1マイル離れた計算機センターにいる作家である。カメラは2台——1台は計算機センターでAdageグラフィックディスプレイの画面を撮り、もう1台はギャラリーで来場者を撮る。合成された映像はギャラリーに投影され、同時に計算機センターへ送り返されて、描く側のフィードバックになった。
この配置で何が起きたかを、クルーガーはこう書いている。
The artist tried various approaches to involve people in the interaction. Failing to engage one person, he would seek someone more responsive.
(作家はさまざまなやり方で人々をインタラクションに引き入れようとした。ある一人を引き入れそこねると、彼はもっと応じてくれそうな誰かを探した。)
これが、1977年の論文が「第二撃能力」と呼んだものの実体である。失敗を検出し、方針を変え、もう一度試す。それを毎回判断していたのは、会場にいない人間だった。来場者は自分の手の像を追いかける線を見て、指で画面に描けることに気づく。その線を動かしていたのは、1マイル先の机の上のデータタブレットである。参加者に描かせるために用意された電子ワンドは信頼性が低くて動かず、代わりに定着したのは偶然の産物だった——学生の手に落書きしようとしたら手を動かされ、消してやり直したらまた動かされ、それが遊びになった、とクルーガーは書いている。
同じ論文に、正反対の設計判断も書かれている
第二撃能力は、応答する機械が自然に持つ性質ではない。同じ論文の冒頭で、クルーガーは自分が関わった最初の環境について、逆の判断を記録している。
《GLOWFLOW》(1969年、ダン・サンディン、ジェリー・アードマン、リチャード・ヴェネズキーの構想)は、暗い部屋の壁に張られた透明な管に燐光粒子を送り、柱に隠した光源で励起させる装置だった。6本の柱の前にはそれぞれ感圧マットが敷かれ、足音に応じて管の点灯やムーグ・シンセサイザーの音が変わる。ところが、とクルーガーは書く——作家たちは応答する能力について両義的な態度をとっていた。環境が応答することは重要だが、観客がそれに気づくことは重要ではない、と彼らは考えていた。だから参加者の検出とコンピュータの応答のあいだにわざと遅延が入れられた。応答をもっと引き出そうとする慌ただしい振る舞いによって、環境の瞑想的な雰囲気が壊れないようにするためである。
引き入れようとする設計と、気づかせまいとする設計。どちらも同じ論文に、同じ資格で書かれている。第二撃能力は技術の帰結ではなく、作る側が選ぶ方針である。だから、誰かが選んだことを書き残さないかぎり、どこにも残らない。
《VIDEOPLACE》は単一の作品として構想されていない
1977年の時点で、クルーガーは《VIDEOPLACE》を「まだ開発途上で、潜在能力が実現されるまでにあと数年かかる」と書いている。予備版がミルウォーキー・アート・センターで6週間展示されたのは1975年10月からで、資金は全米芸術基金とウィスコンシン芸術評議会から出ていた。そして本人の定義がこうである。
In fact the hardware/software system underlying VIDEOPLACE is not conceived as a single work but as a general facility for exploring all the possibilities of the medium.
(実際、《VIDEOPLACE》の基礎にあるハードウェアとソフトウェアの体系は、単一の作品としてではなく、この媒体のあらゆる可能性を探索するための汎用の設備として構想されている。)
作品ではなく設備である、と作家自身が書いている。この一文は、あとで見る「常設展示されている」という記述と正面から食い違う。設備は展示できない。展示できるのは、そのとき設備の上で走っていた何かである。
記録に残ったのは装置と、未来形の予告だった
ACM SIGGRAPHは自分の歴史アーカイブを公開しており、アートショーに出品された作品ごとに1件の記録がある。《VIDEOPLACE》の記録(SIGGRAPH 1985 Art Show)が持つ欄は、作家、共同制作者、タイトル、展示、制作年、媒体、カテゴリー、技術情報の8つである。媒体は「Interactive computer environment」、技術情報は「Hardware: National 16000 controlling six microcoded processors/Software: Custom "C," LISP」。《Videoplace '88》の記録(SIGGRAPH 1988 Art Show)は同じ欄の構成で、媒体は「Interactive Installation」、技術情報は「Nat'l 32016 in control of 8 microcoded specialized vision & graphics processors」となる。同じアーカイブが、同じ作家の同じ系列の作品に、3年違いで別の媒体名を与えている。どちらの欄にも、来場者がいないときの挙動を書く場所はない。
同じアーカイブにある《Small Planet》の記録(SIGGRAPH 1993: Machine Culture)は、欄の構成そのものが違う。制作年も媒体も技術情報も無く、代わりに「Artist Statement」の欄にクルーガー自身の文章が533語入っている。その文章の時制を数えると、willが12回、mightが3回である。
Participants will be able to move through that terrain by pretending to fly exactly as a child would.
(参加者はその地形の中を、子どもがそうするのとまったく同じやり方で、飛ぶふりをして移動できるようになる。)
これは展示の前に書かれた予告である。アーカイブが保存しているのは、作家がこれから起こすつもりだったことであって、実際に起きたことではない。今回読んだ3件の記録のうち、2件は装置の型番を持ち、1件は未来形の意図を持ち、どれも現在の状態を書く欄を持たない。
同じ組織が物理的な収集も行っている。ACM SIGGRAPHは「SIGGRAPH Master Collection of physical artifacts」を集めており、その目録の絞り込み項目は品目の種類ごとに細かく分かれている。鞄は6種(バックパック、カードポーチ、コンピュータバッグ、ファニーパック、ビニール袋、トートバッグ)、帽子は4種(ベースボールキャップ、ビーニー、バケットハット、バイザー)に分類される。この分類表に、展示された作品そのものを受け入れる項目は無い。物理的に収集されているのは会議の記念品と刊行物であって、作品ではない。
一度だけ、切り替えの規則が書かれている
例外がひとつある。ZKMとゲーテ・インスティトゥートが2004年から公開している事典的な資料集Media Art Netの《Videoplace》の項は、動作の規則をはっきり書いている。
When «Videoplace» is shown today, visitors can interact with 25 different programs or interaction patterns. A switch from one program to another usually takes place when a new person steps in front of the camera.
(《VIDEOPLACE》が今日展示されるとき、来場者は25の異なるプログラムないしインタラクションのパターンと関わることができる。あるプログラムから別のプログラムへの切り替えは、通常、新しい人がカメラの前に立ったときに起きる。)
これは、この分野の記録の中でおそらくもっとも具体的な運転仕様である。プログラムの本数が書かれ、切り替えの引き金が書かれている。ただし引き金は到着である。誰かがカメラの前に立った瞬間に何が起きるかは書かれていて、誰も立っていないあいだに何が起きているかは書かれていない。第二撃能力が対象にしていた瞬間——去っていく人——も書かれていない。
この段落はもう一つのことを記録している。同じ項の最後は「しかし《VIDEOPLACE》のチームは、自律的に学習できるプログラムを開発するという最終目標には到達しなかった」で終わる。1977年の論文が第二撃能力の直後に書いた「経験の全履歴に応答して学習できる」は、実装されなかったと、この事典は書いている。
そして「今日」がいつなのかは書かれていない。Media Art Netはルドルフ・フリーリンクとディーター・ダニエルスの編集で2004年から公開されており、項目に日付は付いていない。この「today」は22年前の今日かもしれない。
現在地の記述は1994年で止まっている
英語版ウィキペディアの「Videoplace」の項は、2026年5月26日の版でこう書いている。
The Videoplace is now on permanent display at the State Museum of Natural History located at the University of Connecticut. (Sturman and Zeltzer 1994).
「現在、コネチカット大学の州立自然史博物館に常設展示されている」。典拠として挙げられているのは、デイヴィッド・スターマンとデイヴィッド・ゼルツァーが1994年に『IEEE Computer Graphics and Applications』14巻1号に発表したグローブ型入力装置の調査論文である。この論文本体はIEEEの購読の内側にあり、今回は開けなかった。したがって、その論文が実際にこの一文を書いているかどうかは確認していない。確認できるのは、ウィキペディアが1994年の文献を典拠として「現在」と書いていること、そしてその一文が英語圏の解説記事に繰り返し引き写されていることである。
一方、名指されている館の側の記述は違う。コネチカット州立自然史博物館の「Current Exhibits」のページは、2026年9月5日の時点で次の一文から始まる——「CSMNHは現在、中心となる展示スペースを持っていませんが、UConnのキャンパス内外で公開される巡回展示と常設展示の開発を続けています」。同じページに並ぶ現行の展示は、鳥類標本、軍隊アリ、蘚苔類、キノコの図版で、過去の展示の一覧にも《VIDEOPLACE》は無い。UConn Todayが2025年9月15日に出した記事も、この博物館の活動を、キャンパス各所のポップアップ展示とイベントとして描いている。館の本体がハイランド・ロードの建物から退いたのは2016年である。
つまり、作品の現在地についての記述は32年前の現在形のまま置かれ、館の現在地についての記述は館自身が更新している。二つは同じ場所を指していない。《VIDEOPLACE》の機材が今どこにあるのかは、今回の調査では確認できなかった。ウィキペディアの「Myron W. Krueger」の項(最終編集2020年12月13日)は「クルーガーはのちに《Videoplace》のハードウェアを別の作品《Small Planet》に使った」と書いているが、この一文には典拠が付いていない。作家本人は2025年4月に公開されたインタビュー動画に登場している。
結び
この分野が自分の媒体を定義した最初の文書は、鑑賞者が去る瞬間を仕様として書いていた。作品は注意の喪失を感知でき、取り戻そうとし、失敗すればもう一度試す。クルーガーはそれを核抑止の語を借りて「第二撃能力」と呼び、絵画にできないこととして、この媒体の定義的な特徴の位置に置いた。
その能力を実際に行使していたのは、1マイル離れた部屋にいる一人の人間だった。人が判断していたことは、その人がいなくなれば消える。そして消えたことを書き留める欄が、以後の記録のどれにも無い。SIGGRAPHの記録には装置の型番があり、作家ステートメントには未来形の予告があり、事典には日付のない現在形があり、百科事典には1994年の現在形がある。作品がいま何をしているかを書く欄だけが無い。
誰もいない部屋の挙動が誰にも書き残されないのは、書く意思が無いからではなく、書く欄が無いからである。欄が無い項目は、更新されないのではなく、そもそも古くならない。「現在、常設展示されている」という一文が32年間そのまま置かれていられたのは、それを反証する現在形の記録が、どこにも作られなかったからである。
参考文献
- Myron W. Krueger, "Responsive environments", Proceedings of the June 13-16, 1977, National Computer Conference (AFIPS '77), pp. 423-433. 書誌はACM Digital Libraryの記録。本文はカリフォルニア大学サンタバーバラ校の授業サイトに置かれた原論文のスキャンから読んだ(2026年9月5日取得)
- [ACM SIGGRAPH History Archives《Videoplace》(SIGGRAPH 1985 Art Show)の記録](videoplace/)" target="_blank" rel="noopener noreferrer" class="md-url" title="https://history.siggraph.org/artwork/myron-w-krueger-videoplace/)">history.siggraph.org ↗
- [ACM SIGGRAPH History Archives《Videoplace '88》(SIGGRAPH 1988 Art Show)の記録](videoplace-88/)" target="_blank" rel="noopener noreferrer" class="md-url" title="https://history.siggraph.org/artwork/myron-w-krueger-videoplace-88/)">history.siggraph.org ↗
- ACM SIGGRAPH History Archives《Small Planet》(SIGGRAPH 1993: Machine Culture)の記録
- ACM SIGGRAPH History Archives「Missing or Needed Items」(物理コレクションの品目分類)
- ACM SIGGRAPH History Archives「Physical Location」
- [Media Art Net「Krueger, Myron: Videoplace」](videoplace/)(" target="_blank" rel="noopener noreferrer" class="md-url" title="http://www.medienkunstnetz.de/works/videoplace/)(">medienkunstnetz.de ↗videoplace/" target="_blank" rel="noopener noreferrer">ドイツ語版)
- [英語版ウィキペディア「Videoplace」](Videoplace)(2026年5月26日の版)" target="_blank" rel="noopener noreferrer" class="md-url" title="https://en.wikipedia.org/wiki/Videoplace)(2026年5月26日の版)">en.wikipedia.org ↗
- 英語版ウィキペディア「Myron W. Krueger」(2020年12月13日の版)
- コネチカット州立自然史博物館「Current Exhibits」(2026年9月5日取得)
- UConn Today「Connecticut State Museum of Natural History Rejoins UConn CLAS」(2025年9月15日)
- [Ars Electronica Blog「Throwback: Videoplace」(2022年1月13日)](videoplace/)" target="_blank" rel="noopener noreferrer" class="md-url" title="https://ars.electronica.art/aeblog/en/2022/01/13/throwback-videoplace/)">ars.electronica.art ↗