インタラクティブな作品が、自分に向けられていた注意が離れたことを感知し、それを取り戻そうと働きかけ、失敗したらもう一度試す能力を指す。マイロン・クルーガーが1977年の論文「Responsive Environments」で、応答する環境という媒体を絵画から区別するために使った語である。核抑止の用語(先制攻撃を受けたあとも報復できる能力)からの借用で、クルーガーはこれを、立ち去られた作品が次に取る行動の名として使っている。
この語の指す状態は、アトラクトモードの指す状態と重ならない。アトラクトモードは誰もいないことによって定義される状態であり、その規定は部屋を単位にする。第二撃能力は特定の一人が去りつつあることに対して行使される能力であり、その規定はその人の履歴を単位にする。クルーガーの論文は、環境が応答しうる材料として「最後の動きからの経過時間」と「その人が部屋に入ってからの経過時間」を挙げており、時間の経過そのものを入力に数えている。同じ論文の本文で、empty・idle・attract・unoccupied・nobodyはいずれも0回である(単語境界つきの計数)。彼は空虚を名指していない。去っていく人を名指している。
第二撃能力は装置の性質ではなく、作る側が選ぶ方針である。だから、選んだことが書き残されなければどこにも残らない。この語が生成する問いはそこにある——収蔵されたインタラクティブ作品のうち、この能力を持つものはどれか。その挙動はどの文書のどの欄に書かれているか。書かれていないなら、毎回の設営で誰が決めているのか。
事例
- クルーガーの定式(1977年)。「これまで芸術はしばしば一発勝負であった。絵画は向けられた注意を受け取ることはできるが、その注意が薄れはじめたあとで関心をつなぎとめる手立てをほとんど持たない。環境においては、人が立ち去るという形で注意の喪失を感知できる。この媒体は注意を取り戻そうとすることができ、失敗すれば、もう一度試すことができる。作品には第二撃能力がある」。論文本文でこの語が現れるのはこの一箇所だけである。原論文のスキャンはカリフォルニア大学サンタバーバラ校の授業サイトにあり、書誌はACM Digital Libraryにある。
- 《METAPLAY》(1970年、ウィスコンシン大学メモリアル・ユニオン・ギャラリー、1か月)。この能力を実際に行使していたのは、1マイル離れた計算機センターでデータタブレットを持っていた作家である。クルーガーは同じ論文にこう書いている——「作家はさまざまなやり方で人々をインタラクションに引き入れようとした。ある一人を引き入れそこねると、彼はもっと応じてくれそうな誰かを探した」。
- 《GLOWFLOW》(1969年、ダン・サンディンらの構想)は逆の方針をとった。環境が応答することは重要だが観客がそれに気づくことは重要ではない、という判断から、参加者の検出と応答のあいだにわざと遅延が入れられた。同じ論文が、引き入れる設計と気づかせない設計を同じ資格で記録している。
- 書かれた運転仕様は到着の側だけである。ZKMとゲーテ・インスティトゥートによるMedia Art Netの《Videoplace》の項は「あるプログラムから別のプログラムへの切り替えは、通常、新しい人がカメラの前に立ったときに起きる」と書く。25本のプログラムと切り替えの引き金が特定されているが、引き金は到着であって離脱ではない。同じ項は、自律的に学習するプログラムという目標が到達されなかったことも記録している——1977年の論文が第二撃能力の直後に書いた「経験の全履歴に応答して学習できる」の部分である。
- 記録の欄には入っていない。ACM SIGGRAPH History Archivesの《Videoplace》の記録が持つ欄は、作家・共同制作者・タイトル・展示・制作年・媒体・カテゴリー・技術情報の8つで、技術情報にはプロセッサの型番と言語名が入る。挙動を書く欄は無い。