序論
パブリックドメインは、権利が無い状態を指す。だから普通は、そこへ作品を置く行為は一回で終わると考えられる——宣言すれば済み、あとは何も残らない、と。
本稿はその想定を、一つのテキストファイルの改訂履歴から検証する。ゲーム作家ジェイソン・ローラーは自作『One Hour One Life』(2018年、PC向け・サーバ運営型のマルチプレイヤーゲーム)を公有に置き、その宣言を GitHub リポジトリの no_copyright.txt という7行のファイルに書いていた。2015年から2019年3月まで、そのファイルはこう書いていた——「好きなようにしてよい。絶対に制限はなく、許可も必要ない」。
2019年3月16日、同じファイルは35行になり、「著作権の問題に関するかぎりは」という限定句と、三つの留保(著作者人格権・パブリシティ権と名誉毀損に対する権利・商標権)を得た。その15日前、ローラーは自作のモバイル移植版をめぐって公開の抗議文を出していた。6日後、移植版は改名した。
つまりこの文書は、放棄の範囲について4年間沈黙し、範囲が争われた直後に範囲を書いた。本稿が扱うのはその順序である。あわせて、同じ「パブリックドメイン」を名乗るもう一つの文書(Creative Commons の CC0)が境界をどこに引いているかを突き合わせ、ローラーが実際に要求したもの——それはクレジットではなかった——が法のどこに着地するかを、米国・スウェーデン・中国・日本の条文と判決文で追う。
先に結論を述べる。彼が放棄したのは作品であり、要求し、部分的に得たのは作品の周縁にある表示——アプリストアの題名、説明文の冒頭2行、起動画面、メニュー画面の書体——だった。ジェラール・ジュネットがパラテクストと呼んだ層である。ただしこの読みには本文中で反例を挙げる。彼の留保の第3項は、パラテクストに留まらずゲーム内部のグラフィクスと音とキャラクターまで商標として主張しており、線はきれいに引けない。
1. 二つの「パブリックドメイン」文書は、境界を違う場所に引いている
まず、比較の相手を確認する。Creative Commons の CC0 1.0 は、放棄文書としては最も広く使われている。その第2条は放棄の強さをこう宣言する。
"To the greatest extent permitted by, but not in contravention of, applicable law, Affirmer hereby overtly, fully, permanently, irrevocably and unconditionally waives, abandons, and surrenders all of Affirmer's Copyright and Related Rights and associated claims and causes of action, whether now known or unknown (including existing as well as future claims and causes of action), in the Work"
(適用法が許す最大限において、かつこれに反しない限りにおいて、宣言者はここに、公然と、完全に、恒久的に、撤回不能かつ無条件に、本作品における自らの著作権および関連する権利のすべて、ならびにそれに付随する請求権および訴訟原因——現在知られているか否かを問わず、既存のものも将来のものも含む——を放棄し、遺棄し、引き渡す。)
同条はさらに、この放棄が「宣言者の相続人および承継人の不利益となるように」なされ、「撤回、解除、取消、終了その他いかなる法的または衡平法上の措置の対象ともならない」ことを意図すると書く。前サイクルの本 Wiki のリサーチは、記譜が沈黙する場所の決定権を「残余的コントロール権」として扱った。CC0 第2条は、その残余を相続人ごと消しにかかる条項である。
では何が残るのか。CC0 は残るものを自分で列挙している。第4条(a)。
"No trademark or patent rights held by Affirmer are waived, abandoned, surrendered, licensed or otherwise affected by this document."
(宣言者が保有する商標権および特許権は、本文書によって放棄・遺棄・引渡し・許諾されず、その他の影響も受けない。)
そして第1条は、放棄の対象に入るものを7項目で数え上げる。そのうち第 ii 項が「原著作者および/または実演家が保有する著作者人格権」、第 iii 項が「作品に描かれた人物の肖像や類似性に関するパブリシティ権およびプライバシー権」、第 iv 項が「作品に関する不正競争からの保護を受ける権利(下記第4条(a)の限定に従う)」である。
ここでローラーの no_copyright.txt 現行版と並べる。
"In areas outside the reach of copyright, I still retain other rights. This should go without saying, because this file is called "no_copyright".
Specifically:
1. I retain my moral rights. ...
2. I retain my publicity rights, and my rights against defamation. ...
3. I retain my trademark rights. The name "One Hour One Life", my logos, banners, trailers, and screen shots, along with the specific graphical, auditory, and character elements in the official game, are my trademarks for the multiplayer online game service that I'm operating."
(著作権の及ばない領域では、私はなお他の権利を保持する。これは言うまでもないことだ、このファイルは "no_copyright" という名前なのだから。/ 具体的には: 1. 私は著作者人格権を保持する。…… 2. 私はパブリシティ権と、名誉毀損に対する権利を保持する。…… 3. 私は商標権を保持する。「One Hour One Life」という名称、私のロゴ、バナー、トレイラー、スクリーンショット、および公式版ゲームにおける特定のグラフィック要素・音響要素・キャラクター要素は、私が運営するマルチプレイヤーオンラインゲームサービスに関する私の商標である。)
三つの留保は、CC0 の第1条が放棄の対象として数え上げた項目のうち第 ii 項・第 iii 項・第 iv 項に、ほぼ一対一で対応する。同じ「パブリックドメインに置く」という宣言をする二つの文書が、同じ三つの項目について正反対のことを書いている。CC0 はそれらを放棄の内側に置き、ローラーは外側に置く。
一点だけ両者が一致する。商標である。CC0 第4条(a) が唯一名指しで留保するものと、ローラーの第3項が主張するものは同じ種類の権利である。放棄文書が二通あって、境界の引き方が食い違い、唯一の合致点が名前と標章だった。
2. その留保は、いつ書かれたのか
no_copyright.txt の改訂は GitHub 上で4回である(jasonrohrer/OneLife リポジトリ、no_copyright.txt のコミット履歴)。
- 2015年5月28日 "Added missing readme and no-copyright file."
- 2018年3月15日 "Improved wording on no_copyright notice."
- 2019年3月16日 "Clarification to no_copyright file."
- 2019年9月18日 "Fixed typo. Fixes #389"
2015年の初版は3行だった。
"This work is not copyrighted.
Do whatever you want with it, absolutely no restrictions, and no permission necessary."
2018年3月の版で「私はそれをパブリックドメインに置く」の一文が加わる。それ以外は同じである。
"This work is not copyrighted. I place it into the public domain.
Do whatever you want with it, absolutely no restrictions, and no permission necessary."
2019年3月16日の版が、末尾に「著作権の問題に関するかぎりは」を付ける。
"Do whatever you want with it, absolutely no restrictions, and no permission necessary, as far as copyright issues are concerned."
そして前節に引いた三つの留保が、このコミットで初めて現れる。コミットメッセージは "Clarification"(明確化)である。
明確化という語の選択には根拠がある。ファイル名は2015年からずっと no_copyright.txt であって no_rights.txt ではない。彼が「言うまでもないことだ、このファイルは "no_copyright" という名前なのだから」と書くとき、彼は範囲の限定が最初から題名にあったと主張している。題名だけを見れば、その主張は成り立つ。
だが本文は別のことを言っていた。2015年から2019年3月15日までの本文には「絶対に制限はなく」と書かれており、限定句は付いていない。範囲を題名が担い、本文が否定していた4年間があった、と読むほうが正確である。そしてその不一致は、争いが起きるまで問題にならなかった。
CC0 との違いがここで効く。CC0 第2条は自分の撤回不能性を明文で宣言し、第3条は放棄が無効と判断された場合に許諾へ切り替わるフォールバックまで用意している。ローラーの文書にはそのどちらも無い。撤回不能を宣言していない文書は、改訂できる。彼は著作権の放棄そのものを撤回していないが、放棄が及ぶ範囲については、争いのあとで書き足した。
3. 2019年3月に何が起きていたか
2019年3月1日05:48(フォーラムのタイムスタンプ)、ローラーは自身が管理する公開フォーラムに「Open Letter to the Mobile Developers」を投稿した。相手はスウェーデンの Wereviz AB(開発チーム名 Dual Decade)で、彼らは2018年から『One Hour One Life for Mobile』というモバイル移植版を配信していた。
この投稿には、10ヶ月前の自分の電子メールが引用されている。移植側が「One Hour One Life という名前を使ってよいのか、それとも別の名前を選ぶべきか」と尋ねたのに対する返信である。
"Essentially, everything I do, including names, is in the public domain and not copyrighted, trademarked, etc."
(基本的に、私がすることはすべて、名称も含めて、パブリックドメインにあり、著作権も商標も登録されていない。)
2018年5月の時点で、彼は照会してきた当事者に対して、名称は商標ではないと明言している。2019年3月16日の no_copyright.txt は「「One Hour One Life」という名称……は私の商標である」と書く。同じ相手をめぐる同じ論点について、自分の言明が10ヶ月で反転している。
同じメールの続きで、彼は代わりに何を持ち出したかを書いている。
"However, that doesn't give people the right to mislead people. Fraud and copyright are two different issues. ... You don't HAVE to say that it is based on my work, by the way (there is no attribution license in place here), but if you're claiming authorship yourselves, you'd better mention this so as not to commit fraud."
(しかしそれは、人を誤認させる権利を与えるものではない。詐欺と著作権は別の問題である。……ちなみに、これが私の作品に基づくと言う義務はない(ここには帰属表示ライセンスが設定されていない)。だが自分たちの著作だと主張するなら、詐欺を犯さないために、この点を述べておいたほうがよい。)
彼は帰属表示を求める根拠を持たないことを認め("there is no attribution license in place here")、詐欺を持ち出している。権利ではなく、公衆の誤認を根拠にした要求である。
抗議文の中盤で、彼は自分が何をしているのか分かっていないと書く。
"And now the question: what rights do I have, as public domain creator, to make demands like this in the first place? Are "copyright" and "plagiarism" and "fraud" and "libel" different issues? ... Is it possible to plagiarize a public domain work? ... So, I'm essentially making this up as I go along."
(そして問題はこうだ。パブリックドメインの制作者として、そもそもこのような要求をする権利が私にあるのか。「著作権」と「盗用」と「詐欺」と「名誉毀損」は別の問題なのか。……パブリックドメインの作品を盗用することは可能なのか。……つまり私は、進みながら基本的にこれを作り上げている。)
同じ投稿で、彼は「いかなる権利も保有しない」という定式の射程を自分で問い直している。
""No Rights Reserved" sounds absolute, but it obviously applies only to areas where copyright normally gives you rights. It doesn't apply to everything. ... There is a "line" somewhere, but where exactly?"
(「いかなる権利も保有しない」は絶対的に聞こえるが、明らかにそれは通常著作権が権利を与える領域にのみ適用される。すべてに適用されるわけではない。……どこかに「線」がある。だが正確にはどこなのか。)
そして、彼が実際に出した要求である。3項目のうち第2項と第3項が、掲示する文言を指定している。
"2. Change the first two lines of Description text in each AppStore to:
Unofficial Adaptation
Not approved by original author Jason Rohrer"
(2. 各アプリストアの説明文の冒頭2行を次のように変更すること: 非公式の翻案 / 原著者ジェイソン・ローラーの承認を受けていない)
第3項は同じ2行をアプリのメニュー画面に常時表示させ、書体まで指定する——「家系図」の見出しと同じ大きさ以上で、インターフェースの他の部分とは別の書体を使い、何か別のことが説明されていると視覚的に分かるようにせよ。
要求されたのはクレジットではない。彼はそれを明示している。2018年10月の要求について彼はこう書いている——"I don't need my name to pop up there."(そこに私の名前が出る必要はない。)さらに CC BY ライセンスを使えばよかったのではという想定質問に、彼はこう答える。
"Well, except that, no, I'm generally not concerned with credit in most cases. ... I'm just concerned with people being misled, or with my legacy as a designer being muddied. And "appropriate credit" might not even be sufficient in the case of the mobile adaptation. What, one line buried in the Credits screen?"
(いや、そうではない。私は大抵の場合クレジットを気にしていない。……私が気にしているのは人が誤認させられること、そして設計者としての自分の来歴が濁ることだけだ。それに「適切なクレジット」では、このモバイル翻案の場合、足りないかもしれない。クレジット画面に埋もれた1行だけで何になる。)
放棄した作家が要求したのは、自分の名前を出すことではなく、自分が承認していないという表示だった。帰属の主張ではなく、承認の否認である。この区別は次節で法に照らすときに決定的になる。
もう一つ、時系列に属する事実を記録する。抗議文の最初の返信(投稿番号2、2019年3月1日06:53、"lionon" というユーザ名)は、こう提案している。
"How about registering a Trade Mark on "One hour one life"... so everyone using it to make a buck still can, but needs to call it something else."
(「One hour one life」を商標登録してはどうか。……それで金を稼ぎたい者は依然そうできるが、別の名前で呼ぶ必要が出る。)
同じ投稿は、欧州の著作権法では著作権の移転が認められないため「パブリックドメイン」という非ライセンスは米国では機能しても欧州では有効でないとも指摘している。この提案の15日後、商標の留保が no_copyright.txt に現れた。ただしローラーがこの投稿を採ったという証拠は無い。日付が近いという事実だけを記す。彼は独立に同じ結論に達したかもしれず、以前から弁護士の助言を得ていたかもしれない。
さらに投稿番号3("ryanb"、同日07:22)が、法律家ならエストッペルと呼ぶであろう反論を素人の言葉で述べている。
"Requiring they add the word "unofficial" to the app name after the fact doesn't feel right to me. These original agreements play a part in how much time to invest in development. If they knew ahead of time about these requirements they may have decided not to invest in making it."
(事後になってアプリ名に「非公式」を加えろと要求するのは、私には正しく思えない。当初の合意は、開発にどれだけ時間を投じるかの判断に関わっている。この要求を事前に知っていたら、彼らは作ることに投資しないと決めていたかもしれない。)
抗議文の末尾で、ローラーは公有を選んだこと自体は後悔していないと書いている——"has this experience made me second-guess the public domain? Do I wish I had retained the copyright to the game? No."
4. 要求は法のどこへ行くのか
ローラーはカリフォルニア州デイヴィス在住である(no_copyright.txt の署名)。米国法では、彼が挙げた三つの留保のうち第1項と第2項が向かう先は、ほぼ塞がっている。
第一に、著作者人格権。米国の著作者人格権規定である視覚芸術家権利法(VARA, 1990)は「視覚芸術著作物」にのみ及び、その定義(17 U.S.C. §101)は除外リストを持つ。
"A work of visual art does not include— (A)(i) any poster, map, globe, chart, technical drawing, diagram, model, applied art, motion picture or other audiovisual work, book, magazine, newspaper, periodical, data base, electronic information service, electronic publication, or similar publication"
(視覚芸術著作物は次のものを含まない——(A)(i) ポスター、地図、地球儀、図表、技術図面、ダイアグラム、模型、応用美術、映画その他の視聴覚著作物、書籍、雑誌、新聞、定期刊行物、データベース、電子情報サービス、電子出版物、またはこれに類する出版物)
ビデオゲームは視聴覚著作物として扱われる。VARA の帰属権は、この作品には及ばない。
第二に、米国がベルヌ条約に加盟した際、連邦議会は条約第6条の2(著作者人格権)の権利を自国法に作らないと明文で決めている。1988年ベルヌ条約実施法第3条(b)。
"(b) Certain Rights Not Affected.—The provisions of the Berne Convention, the adherence of the United States thereto, and satisfaction of United States obligations thereunder, do not expand or reduce any right of an author of a work, whether claimed under Federal, State, or the common law—(1) to claim authorship of the work; or (2) to object to any distortion, mutilation, or other modification of, or other derogatory action in relation to, the work, that would prejudice the author's honor or reputation."
((b) 影響を受けない一定の権利——ベルヌ条約の規定、合衆国の同条約への加盟、および同条約下の合衆国の義務の履行は、連邦法・州法・コモンローのいずれに基づいて主張されるかを問わず、著作者の次の権利を拡張も縮小もしない。(1) 著作物の著作者であることを主張する権利、(2) 著作物の歪曲、切除その他の改変、または著作物に関するその他の侵害行為であって著作者の名誉または声望を害するものに対して異議を申し立てる権利。)
第三に、帰属を商標法で立てる道。連邦最高裁は2003年の Dastar Corp. v. Twentieth Century Fox Film Corp. 事件で、著作権が満了した作品を複製し自社名義で販売した被告に対する、ランハム法第43条(a)の「出所」の虚偽表示を理由とする請求を退けた。事案の構造はローラーの件に近い——著作権が及ばない作品の、無断の商業的翻案が、原作者の関与を示さずに流通した。判決は「出所」の意味をこう限定する。
"the phrase "origin of goods" is in our view incapable of connoting the person or entity that originated the ideas or communications that "goods" embody or contain."
(「商品の出所」という語句は、当裁判所の見るところ、当該「商品」が体現しまたは含む観念や伝達内容を生み出した者を意味しうるものではない。)
そして公有に落ちた作品について、判決は帰属なしの複製を公衆の権利として述べる。
"The right to copy, and to copy without attribution, once a copyright has expired, like "the right to make [an article whose patent has expired]—including the right to make it in precisely the shape it carried when patented—passes to the public.""
(著作権が満了すれば、複製する権利、そして帰属表示なしに複製する権利は、「(特許が満了した物品を)製造する権利——特許時と正確に同じ形状で製造する権利を含む——が公衆に移る」のと同様である。)
"allowing a cause of action under §43(a) for that representation would create a species of mutant copyright law that limits the public's "federal right to 'copy and to use,'" expired copyrights"
(その表示について第43条(a)に基づく訴訟原因を認めることは、満了した著作権について公衆が有する「複製し使用する連邦法上の権利」を制限する、突然変異した著作権法の一種を作り出すことになる。)
判決はさらに、VARA が帰属権を「注意深く限定し焦点を絞って」定めていることを挙げ、第43条(a)に非著作権作品の著作者性の虚偽表示に対する訴訟原因を認めればその限定が無意味になると述べる。
ここまでは塞がっている。だが判決は、同じ段落で開いたままの扉を一つ指している。
"If, moreover, the producer of a video that substantially copied the Crusade series were, in advertising or promotion, to give purchasers the impression that the video was quite different from that series, then one or more of the respondents might have a cause of action—not for reverse passing off under the "confusion … as to the origin" provision of §43(a)(1)(A), but for misrepresentation under the "misrepresents the nature, characteristics [or] qualities" provision of §43(a)(1)(B)."
(さらに、Crusade シリーズを実質的に複製したビデオの製作者が、広告または販売促進において、当該ビデオが同シリーズとかなり異なるものだという印象を購入者に与えたとすれば、被上告人の一部または全部に訴訟原因が生じうる。ただしそれは第43条(a)(1)(A)の「出所についての……混同」条項に基づく逆パッシングオフではなく、第43条(a)(1)(B)の「性質、特徴もしくは品質を誤って表示する」条項に基づく虚偽表示である。)
同判決の脚注5は、1988年改正が第43条(a)に「提携、関連もしくは結合」および「後援もしくは承認」についての混同を明示的に禁ずる文言を加えたことにも触れている。
ローラーが要求したのは「原著者ジェイソン・ローラーの承認を受けていない」の表示だった。帰属ではなく承認である。彼が名前の掲出を明示的に不要と述べ、承認の否認を要求したことと、Dastar が出所=著作者性の道を塞ぎつつ「後援もしくは承認」と「性質・特徴・品質の虚偽表示」を残したことは、同じ線を挟んでいる。彼が要求できたのは、判決が閉じなかった側だった。
この一致が推論によるものか偶然かは、本稿では決められない。彼自身は法的助言に言及しておらず、「進みながら作り上げている」と書いている。訴訟も起きていない。判決文と要求書が同じ区別を採っているという事実だけが確認できる。
5. 同じ要求が、別の法域では権利である
彼の第1項——著作者人格権の留保——は、米国では前節のとおりほぼ空振りする。だが対立の当事者は米国にいなかった。
移植版の権利者は Wereviz AB、スウェーデンの株式会社である(App Store の販売者表記、著作権表示は "© 2018-2023 Wereviz AB")。スウェーデン著作権法(1960:729)第3条は、氏名表示について次のように定める。
"Då exemplar av ett verk framställes eller verket göres tillgängligt för allmänheten, skall upphovsmannen angivas i den omfattning och på det sätt god sed kräver."
(著作物の複製物が作成されるとき、または著作物が公衆に利用可能とされるときは、良き慣行が要求する範囲および方法において、著作者が表示されなければならない。)
そして同条第3項が、この権利の放棄可能性を条文で限定している。
"Sin rätt enligt denna paragraf kan upphovsmannen med bindande verkan eftergiva endast såvitt angår en till art och omfattning begränsad användning av verket."
(本条に基づく自らの権利について、著作者が拘束力をもって放棄しうるのは、種類および範囲において限定された著作物の利用に関するかぎりにおいてのみである。)
ローラーの no_copyright.txt は種類も範囲も限定していない。「絶対に制限はなく、許可も必要ない」は、この条文の下では拘束力のある放棄の形をしていない。抗議文への返信で "lionon" が「欧州ではそれは単に有効でない」と書いたのは、この種の規定を指している。
プレイの現場は第三の法域にあった。抗議文が引き金として挙げるのは、移植版が中国の TapTap で無料デモとして公開され、同時接続9000人に達し、その際に非公式である旨の表示が起動画面とストア説明文の両方から欠落していた件である。彼は「5万人か。10万人か」と書く。中華人民共和国著作権法は、署名権(著作者であることを表示する権利)を第10条に列挙し、その保護期間について次のように定める。
「作者的署名权、修改权、保护作品完整权的保护期不受限制。」
(著作者の署名権、修正権、著作物の同一性保持権の保護期間は制限を受けない。)
日本法はもう一段違う位置にいる。著作権法第59条はこう書く。
「著作者人格権は、著作者の一身に専属し、譲渡することができない。」
条文が禁じているのは譲渡である。放棄については何も書いていない。この沈黙のなかで学説が割れており、田中宏「著作者人格権に関する課題と検討——著作者人格権の不行使特約と放棄の問題を参考に」(岡山大学大学院社会文化科学研究科紀要 第29号、2010年)は、著作者人格権の放棄について「学説が大きく分かれるところ」であり不行使特約の問題と併せて検討を要すると述べ、中山信弘の指摘として「人格権の放棄」という用語が人格権の本質にそぐわないため実務では不行使特約や改変の同意といった語が用いられることを引く。
法と経済学には、この種の規定を指す確立した術語がある。ギド・カラブレイジと A・ダグラス・メラメドは1972年の論文で、権原の保護方式を三つに分けた。
"An entitlement is inalienable to the extent that its transfer is not permitted between a willing buyer and a willing seller."
(ある権原は、進んで買う者と進んで売る者のあいだでの移転が許されない限りにおいて、譲渡不能である。)
彼らはさらに、譲渡不能ルールの位置をこう述べる。
"rules of inalienability not only "protect" the entitlement; they may also be viewed as limiting or regulating the grant of the entitlement itself."
(譲渡不能ルールは権原を「保護する」だけではない。権原の付与そのものを限定または規制するものとしても見ることができる。)
スウェーデン第3条第3項、中国の無期限の署名権、日本第59条、そして CC0 第2条冒頭の「適用法が許す最大限において」は、いずれもこの類型に属する。作家が渡せる範囲は、作家が決めているのではなく、その作家に何がどう与えられたかが決めている。
ただし、この節で並べた条文はこの事件では一つも援用されなかった。訴訟も、行政手続も、プラットフォームへの申立ての結果も記録に無い(ローラーは App Store・Google Play・TapTap に対して停止要請を出したと移植側が2019年3月に公表しているが、その要請の法的根拠と処理結果を本稿は一次資料で確認できていない。後述)。決着を作ったのは公開フォーラムの抗議文と、その後の当事者間の交渉である。譲渡不能ルールはこの件で何も決めていない。それが働くはずの場面で働かなかったことを、本稿は結論の一部として扱う。
6. 実際に動いたのは何か
現在の App Store の記載を確認する。当該アプリ(Apple のアプリ ID 1386813914)は「You are Hope」という題名で、販売者は Wereviz AB、著作権表示は "© 2018-2023 Wereviz AB"。説明文には次の一文がある。
""You are Hope" is based on an earlier version of a PC game called "ONE HOUR ONE LIFE", made by Jason Rohrer. It's not the same game though."
(「You are Hope」は、ジェイソン・ローラーが制作した「ONE HOUR ONE LIFE」という PC ゲームの旧バージョンに基づいている。ただし同じゲームではない。)
ローラーが要求した文言そのものではない。「非公式の翻案」も「原著者ジェイソン・ローラーの承認を受けていない」も入っていない。入っているのは、由来の申告と、同一でないという断り書きである。
そして、変わらなかったものがある。このアプリの App Store 上の URL は、現在も apps.apple.com/…/app/one-hour-one-life-for-mobile/id1386813914 である。表示される題名は変わり、識別子と URL の経路名は残った。ローラーが留保したのは名称であり、交渉が動かしたのは名称の表示であって、名称から作られた識別子ではない。
前サイクルの本 Wiki のリサーチは、NFT マーケットプレイス objkt.com が2022年に規約上の裁量を行使した際、台帳上のトークンは消えず掲載と題名が動いたことを記録している。層が同じである。ただし主体が違う。あちらでは規約が留保した裁量をプラットフォームが行使した。ここでは私人が私人に公開の場で要求し、プラットフォームは要求の宛先の一つでしかなかった。同じ層で起きたことを、同じ機構の反復と読むには根拠が足りない。
7. 考察:パラテクスト
ローラーが要求した4つの掲示先を並べる。アプリストアの題名、ストア説明文の冒頭2行、起動画面、アプリのメニュー画面(書体はインターフェースの他の部分と別のものにせよ)。彼が問題として挙げたものも並べる。ストアの説明文、起動画面、TapTap の「開発者に会う」形式の紹介動画、そしてゲームレビューサイトの記事(彼のトレイラーが彼の声のまま埋め込まれていた)。
いずれもゲームの内部ではない。ジェラール・ジュネットが『パラテクスト』(原著 Seuils, 1987/英訳 Paratexts: Thresholds of Interpretation, 1997)で扱った層である。ジュネットのパラテクストは、テクストを取り巻き、テクストを社会的・歴史的な現実へ接地させる「敷居」であり、作品に物理的に隣接するペリテクスト(表題、序文、装丁)と、離れたエピテクスト(インタビュー、書評、広告)に分けられる。ゲーム研究はこの語を早くから取り入れており、ヤン・シュヴェルフ「Paratextuality in Game Studies」(Game Studies 第20巻2号、2020年)は、アーセス1997年以降の受容とコンサルヴォ2007年による拡張を整理している。コンサルヴォの定義では、パラテクストは「中心となるテクストを取り囲み、そのテクストに意味を与え、我々の理解を枠づけ形づくるテクストまたは人工物」である。
そしてジュネットは、何がパラテクストであるかの条件を一つ置いている。シュヴェルフが引く形で——
"something is not a paratext unless the author or one of his associates accepts responsibility for it" (Genette, 1997b, p. 9)
(著作者またはその関係者の一人がそれについて責任を引き受けるのでなければ、それはパラテクストではない。)
この条件が、対立の軸をそのまま言い当てている。ローラーの苦情は、他人が作ったパラテクストが公衆によって彼のものとして読まれていたことである——彼の声が入ったトレイラーがレビュー記事に埋め込まれ、レビュアー自身が非公式版だと気づいていなかった、と彼は書く。そして彼の要求は、そのパラテクストの中に、自分は責任を引き受けていないという一文を入れさせることだった。ジュネットの条件が肯定形で述べる帰属を、彼は否定形で要求している。
だからこう書きたくなる——著作権の放棄は作品に及び、統制はパラテクストに残った、と。この読みは彼自身の文書によって壊れる。no_copyright.txt 第3項が商標として挙げるものを、もう一度読む。「「One Hour One Life」という名称、私のロゴ、バナー、トレイラー、スクリーンショット、および公式版ゲームにおける特定のグラフィック要素・音響要素・キャラクター要素」。名称・ロゴ・バナー・トレイラー・スクリーンショットまではパラテクストである。だが「公式版ゲームにおける特定のグラフィック要素・音響要素・キャラクター要素」は作品の内部である。彼はゲームのグラフィクスと音とキャラクターを、著作権では放棄しながら商標として留保している。留保はパラテクストに留まっていない。
米国の商標法はこの種の主張に対して制限を積んできた。Dastar 判決自身が、商標および関連保護を「伝統的に特許法または著作権法が占めてきた領域へ」拡張することへの警戒を、TrafFix 判決を引いて述べている。製品デザインのトレードドレスについては Wal-Mart Stores v. Samara Brothers(2000年)が二次的意味の立証を要求している。ローラーの第3項が実際にどこまで通るかは、争われていないので分からない。分かるのは、彼の留保がパラテクストと作品の線を越えて書かれているという事実である。
だから本稿の観察はこうなる。放棄の残余が置かれた層と、残余が実際に効いた層は、一致していない。彼が書いた留保は作品の内部まで伸びており、彼が要求として出したものはパラテクストに限られており、実際に相手が変えたものは表示される題名と説明文だった。三つがずれている。この事件でパラテクストが特権的な層だったのは、権利の配置がそうさせたからではなく、そこが交渉の対象になりうる唯一の場所だったからである——彼は相手のコードを変えさせる立場になく、公衆が見る面については要求できた。
そしてこの層は、彼のものでも相手のものでもない。題名の長さはアプリストアが決める(彼は「実機上のアプリ名には収まらないだろうが、それは構わない」と自分で書いている)。説明文が何時間で反映されるかも、Google Play では題名が即時変更できて App Store では更新の配信が必要だという差も、彼が要求の期限を組み立てるときの前提になっている。パラテクストが統制の場になるとき、その場の規則を書いているのは第三者である。
次に問えることは、そこから出る。作品を公有に置く宣言が届かない層の規則を、誰が書いているのか。前サイクルは規格文書が「本標準の範囲外」と書いた宛先が何十ものクライアント実装だと確認した。本稿の事件では、その宛先はアプリストアの入力欄の文字数だった。
検証できなかったこと・確信度の低い箇所(レビュー用)
- 改名の日付。移植版が2019年3月22日に「You Are Hope」へ改名されたという記述は、ファンウィキ(Fandom)と二次記事にあるが、一次資料で確認できていない。本稿は現在の App Store の状態(題名「You are Hope」、販売者 Wereviz AB)だけを事実として使い、日付は本文に書かなかった。
- 停止要請の存在と内容。移植側の公式アカウントが2019年3月、ローラーが App Store・Google Play・TapTap に停止要請を送ったと述べたとする記録があるが、その投稿は x.com にあり本稿は到達できなかった。要請の法的根拠、各ストアの処理結果は未確認である。第5節でこの点は「未確認」と明記した。
- 商標登録の有無。
no_copyright.txt第3項は商標を「主張」しているが登録には言及していない。USPTO の TSDR API は 401 を返し、Justia のトレードマーク検索はヒットを返さなかった。「One Hour One Life」が登録商標かどうかを確認できていない。文書の書き方からは未登録のコモンロー上の商標を主張していると読めるが、これは本文の読みであって登録簿の確認ではない。 - "lionon" の投稿と商標留保の因果。フォーラム提案(2019年3月1日)と
no_copyright.txtの商標留保(同3月16日)は15日差だが、因果関係の証拠は無い。本文では日付の近さのみを記した。 - Dastar と要求書の対応。ローラーの要求(承認の否認)が Dastar の残した第43条(a)(1)(B)・「後援もしくは承認」の側に落ちるという指摘は、判決文と要求書の文面の対応であって、彼がそう考えて設計したという証拠ではない。本文にその旨を書いた。
- 田中2010の引用。この PDF は
pdftotextの出力が著しく劣化しており(文字化けと行の分断)、本稿が引いたのは判読できた範囲——「学説が大きく分かれる」旨と中山信弘への言及——に限る。論文の主張全体を確認したとは言えない。 - 中国著作権法の条番号。引用した「作者的署名权、修改权、保护作品完整权的保护期不受限制」の条文本体は確認したが、2020年改正版での条番号(第22条とする資料と第23条とする資料がある)を本稿は確定できず、本文では条番号を書かなかった。
- CC0 とローラー文書の対比の性質。この二つは同じ種類の文書ではない。CC0 は弁護士が起草した多法域向けの汎用文書、
no_copyright.txtは作家個人が書いたテキストファイルである。境界の引き方が食い違うという観察は成り立つが、それを「二つの流派の対立」として読むのは行き過ぎである。 - ゲームが視聴覚著作物として VARA の定義から外れるという点は §101 の除外リストの文面に基づく整理であり、ビデオゲームを視聴覚著作物とした個別の判決を本稿は引いていない。
参考文献
- CC0 1.0 Universal 法文(Creative Commons) — creativecommons.org ↗ /プレーンテキスト版 creativecommons.org ↗
- Jason Rohrer,
no_copyright.txt(現行版、jasonrohrer/OneLife) — github.com ↗ - 同ファイルのコミット履歴 — github.com ↗
- 2019年3月改訂の直前版(親コミット
ed6bd5d) — github.com ↗ - 2015年初版(コミット
40e47ae) — github.com ↗ - Jason Rohrer,「Open Letter to the Mobile Developers」One Hour One Life Forums, 2019年3月1日(返信投稿を含む) — onehouronelife.com ↗
- Jason Rohrer,「Help with wordsmithing」同フォーラム, 2019年2月27日 — onehouronelife.com ↗
- Dastar Corp. v. Twentieth Century Fox Film Corp., 539 U.S. 23 (2003) 多数意見 — law.cornell.edu ↗
- 17 U.S.C. §101「work of visual art」の定義 — law.cornell.edu ↗
- Berne Convention Implementation Act of 1988, §3(b)(米国著作権局) — copyright.gov ↗
- Lag (1960:729) om upphovsrätt till litterära och konstnärliga verk, 3 §(スウェーデン議会) — riksdagen.se ↗
- 中華人民共和国著作権法(2020年改正、WIPO Lex) — wipo.int ↗
- 著作権法(昭和45年法律第48号)第59条(e-Gov 法令検索) — laws.e-gov.go.jp ↗
- 田中宏「著作者人格権に関する課題と検討——著作者人格権の不行使特約と放棄の問題を参考に」岡山大学大学院社会文化科学研究科紀要 第29号(2010年) — ousar.lib.okayama-u.ac.jp ↗
- Guido Calabresi & A. Douglas Melamed, "Property Rules, Liability Rules, and Inalienability: One View of the Cathedral," 85 Harvard Law Review 1089 (1972) — amherst.edu ↗
- Jan Švelch, "Paratextuality in Game Studies: A Theoretical Review and Citation Analysis," Game Studies 20(2), 2020 — gamestudies.org ↗
- App Store: 「You are Hope」(Wereviz AB, アプリ ID 1386813914) — apps.apple.com ↗
- TapTap 上の配信ページ(抗議文が参照) — taptap.com ↗