序論:欄が無いのなら、誰が決めているのか

作品を将来へ渡すための書式——目録の記録、購入契約書、貸出契約書、保存の質問票——を読み比べていくと、同じ空白に何度も行き当たる。装置をどう交換してよいかは一項目ずつ書かれるのに、その作品が実際に立ち上がったときにどう振る舞うべきかは、どの欄にも入っていない。

では、設置のたびにそれを決めているのは誰なのか。そして、その決定は決めた人の手を離れて残るのか。

この問いに対して、美術の側とは違う答え方をしている分野がある。舞踊である。バレエと現代舞踊の権利者は、作品を貸すときに記録を渡すのではなく、人を派遣する。しかもその人の関与は、許諾の条件として契約に書かれている。以下は、その仕組みを権利者自身が公開している文書から読んだ結果と、同じ位置に美術の側が何を置いているかの比較である。

1. 許諾は作品に与えられ、実行できる人は別に売られている

ジョージ・バランシン信託は、1983年4月30日に没した振付家ジョージ・バランシンの著作権を管理するために1987年に設立された(The Trust, The George Balanchine Trust。没年月日は後述の1986年の連邦控訴審判決による)。同信託が公開している上演許諾の手続きページには、条件がこう書かれている。

許諾されるバレエはすべて、稽古で作品を立て、初日に舞台へ載せるために、信託が承認したレペティトゥールを必要とする。レペティトゥールは信託の許諾とは別に契約される。

Licensing the Ballets, The George Balanchine Trust、2026年9月7日確認。原文は "All licensed ballets require a Balanchine Trust-approved repetiteur to stage the work in rehearsals and get the work on stage for the premiere. Repetiteurs are contracted separately from the Trust's license.")

同じページは、上演日の6か月以上前に申請すること、直近の上演映像を提出すること——「女性のポワント、男性の踊り、パートナリングを含むこと」——を求め、料金は申請団体の規模と予算に応じて決めると書く。そして「現在アクティブなバランシンのバレエはおよそ75作品」だと注記する。バランシン財団はバランシンが生涯に「400点以上」を振り付けたとしている(Home, The George Balanchine Foundation)。

読み落としてはならないのは、二文目である。信託が売るのは権利であり、作品を立てられる人は信託が売っていない。契約は二本に分かれ、片方は著作権者と、もう片方は個人と結ばれる。信託の別ページには「信託はまた、学校や団体でクラスを教えるレペティトゥールの起用を取りまとめる」ともあるので、仲介そのものはしている。それでも、上演を成立させる二つの要素が別々の契約に置かれている事実は変わらない。

そして、その個人が誰なのかは公開されていない。信託のサイトマップが列挙するページは9つで(トップ、信託について、バランシンについて、作品一覧2種、上演許諾、FAQ、連絡先、上演情報)、レペティトゥールの名簿はどこにもない(2026年9月7日確認)。作品の一覧は公開され、実行できる人の一覧は公開されていない。

graph LR
  A["ジョージ・バランシン信託"] -->|"許諾(著作権)"| C["上演する団体"]
  B["信託が承認した[[repetiteur|レペティトゥール]]"] -->|"別契約(稽古と初日)"| C
  A -.->|"起用の取りまとめ"| B

2. 記録の側が、自分は人の代わりではないと書いている

舞踊の記録として現在もっとも網羅的なものは、マース・カニングハムの作品につくられた「ダンスカプセル」である。カニングハム舞踊財団(CDF)は創設者の死を見越して2009年に「レガシープラン」を公表し、カニングハムは同年7月26日に自宅で死去、舞踊団は2011年12月31日の公演をもって解散した。その経緯をCDF自身が書いた事業報告『The Legacy Plan: A Case Study』(全168,962文字)に、カプセルの設計思想が記されている。

ダンスカプセルをつくるにあたっての指針は、経験を積み、技能があり、知識のあるステージャーが踊りを立ち上がらせるために必要な資料をすべて入れることだった。カプセルは踊りの許諾のためだけでなく、学術研究のためにも設計された。カプセルは訓練を受けたステージャーの代わりになることを意図していない。作品の芸術的な統合性を保つ形で、作品を立てる工程を助けるためのものである。

The Legacy Plan: A Case Study, Cunningham Dance Foundation, Inc. 46ページ)

当初の計画は50点だったが、CDFは200点を超えるカニングハム作品のうち86点のカプセルを完成させてマース・カニングハム財団(MCT)に引き渡した。内容は上演映像、カニングハムの覚え書き、録音、照明プロット、装置の画像、衣裳デザイン、稽古と本番の制作記録である。カプセルは「カニングハムの仕事を直接知る個々人によって組み立てられた」とも書かれている。

この報告書で stager の語が出るのは2回だけで、両方とも上に引いた一段落のなかにある。しかも片方は否定文である。あわせて、この報告書には次の語が一度も出てこない(単語境界つきで計数)——notation 0回、score 0回、Labanotation 0回、transmission 0回、memory 0回。

ここは慎重に読む必要がある。この文書は振付の技術書ではなく、資金調達・組織閉鎖・人員の移行を主題にした事業報告である。記譜法の語が無いことをもって「舞踊に記譜法が無い」とは言えない。言えるのは、保存を扱った節で、保存の担い手として名指されたのが記譜ではなく人だったということである。

同じ報告書は、人を決めずに終わった場合に何が起きるかも書いている。

影響力のある振付家・舞踊家であるレスター・ホートンとエリック・ホーキンスは、それぞれの作品群の将来について明確な計画のないまま死去し、その作品群は今日ほとんど公開の場で見られず、よく理解されてもいない。(中略)これらの作家はいずれも分野に重要な貢献をしたが、その貢献は今日、残片として残っているにすぎない——残っていればの話である。

カニングハム財団の教育向け許諾のページは、いまも同じ構えで書かれている。「完全な作品、作品の抜粋、ミニイベントを、学生の踊り手による上演のために許諾できます。作品は当財団の熟練したステージャーが教えます」(Educational Licensing, Merce Cunningham Trust、2026年9月7日確認)。

3. 記録されているのは作品ではなく、受け渡しの場面である

バランシン財団(信託とは別法人で、許諾ではなく研究と普及を担う)が「財団の中核」と呼ぶのは、上演の映像ではない。コーチングの映像である。

ビデオアーカイヴのコーチングの回は、バランシンと直接働いた踊り手から知識を受け渡す伝統を記録している。創作の現場に居合わせた経験を、今日その役を踊る踊り手と分かち合うなかで、振付の意図と文脈が明らかになる。

Video Archives, The George Balanchine Foundation、2026年9月7日確認。同ページは初演で重要な役をつくった踊り手たちが現役の踊り手を指導する映像を「生きた記録(a living record)」と呼ぶ。)

つまり撮影の単位は上演ではなく、受け渡しが起きている一回の稽古である。記録の対象が作品から人と人のあいだへ移っている。完成した映像はニューヨーク公共図書館舞台芸術部門のジェローム・ロビンス舞踊部門に収蔵されており、これはカニングハムのアーカイヴが1999年に収まったのと同じ部門である。

この事業がどれだけの規模なのかは、同じサイトの中でも数字が揃わない。ビデオアーカイヴのページの本文は「現在までに60回を超える回が録画・編集された」と書き、同じページの数値表示は「録画された回107/参加した踊り手143/指導されたバレエ67/復元された作品16」と出し、トップページは「1995年以来80回を超える回、65作品以上」と書く(いずれも2026年9月7日確認)。録画された回と編集済みの回、あるいは公開済みの回を別に数えていると考えられるが、どれがどれなのかはページに書かれていない。

もう一つ、記譜が向けられている先を見ておく。同財団の資料ページで「記譜された(notated)」と書かれているのは、バレエ作品ではない。クラスである。元ニューヨーク・シティ・バレエ団員のバーバラ・ワルチャクが、アメリカン・バレエ・スクールの教師たち——ドゥブロフスカ、オブーホフ、ヴラディミロフ、スタンリー・ウィリアムズ——のクラスを記譜し、目録にした(Resources, The George Balanchine Foundation)。音楽理論家カラ・ユー・リーマンによる記譜も、作品の再現ではなく音楽と動きの対応を分析するためのものである(Dancing Notes, The George Balanchine Foundation)。

記譜は、作品ではなく踊り手をつくる過程分析に向けられている。作品そのものは人が運ぶ。

4. この対比に収まらないもの

対比を立てたので、収まらない事例を三つ挙げる。

第一に、系譜ではなく記録から権限が来る人がいる。バランシン信託の許諾ページは、アクティブな約75作品に触れたあとでこう続ける——「他の作品は復元されており、復元者の助力を得て上演することができる」。財団の「失われた振付のアーカイヴ」は「もはや上演されず、永久に消えかけている」バランシンの振付を取り戻す事業で、復元された作品は16点と表示されている。ここでは、作品を立てる人は伝承の系譜ではなく、調査と復元の作業から権限を得ている。

第二に、美術の側にも人の派遣を求める条項はある。スミソニアン国立アジア美術館の貸出条件はこう書く——「当館は、所蔵品とともに移動し、借用館での設置を監督するために、当館の職員からクーリエを求めることがある」。費用は借用者持ちで、国際輸送に同行する場合は航空券をビジネスクラス、宿泊は米国内なら東部で1泊、西部で2泊、国際なら最低3泊と、細かく定めてある(Loan Requests, National Museum of Asian Art、2026年9月7日確認)。

ただし、同じページの次の二点が対比を保たせる。ひとつは「一部の貸出については、設置または撤収に際してバーチャル・クーリエの利用を承認する場合がある」——人の同行が遠隔の立ち会いに置き換わりうる。もうひとつは、その直後の「設置」の節に書かれているのが、レイアウト図の事前提出と、温度21℃±約3℃・湿度50%±5%という環境条件だけだということである。人が守るのは状態と輸送であり、作品の振る舞いではない。

第三に、標準様式には人が一人も出てこない。アメリカ博物館同盟(AAM)が公開している貸出様式(全4,394文字)を単語境界つきで数えると、courier 0回、install 0回、installation 0回、technician 0回、artist 0回、person 0回である。条件の節は「貸出品は保護され、常に適切に世話される」と書き、修復・洗浄・害虫処理には事前の書面許可を求め、記録票やラベルの変更を禁じる——すべて受動態で、担い手が入らない(Outgoing Loan Form, American Alliance of Museums)。ただしこれはAAM自身が文中の注記で「館の承認済み条件を入れるか、この一般的な文言をもとに自館のものをつくれ」と書く雛形である。実務に人がいないのではなく、雛形に人の欄が無いということである。

5. 美術の側で、人を要求すると決めた作家

美術の側にも、記録と人を明示的に組み合わせた例がある。ソル・ルウィットのウォールドローイングである。イェール大学美術館のジョン・ホーガン(1982年からルウィット・スタジオの主任描画者、2007年のルウィットの死後は遺産財団の設置ディレクター)とキャロル・スノウが2015年に米国文化財保存学会の査読付き会議録に寄せた報告に、遺産財団のアーカイヴが負う責務が箇条書きで並ぶ。そのうち二つが直接ここに関わる。

  • 「作品の実行にかかわるすべての手技(hand skills)の、アナログおよびデジタルの記録の作成」
  • 「実行の工程と基準について訓練を受けた描画者の監督を要する設置への、実務支援の提供。死の前に、ルウィットはウォールドローイングを見直し、どれが訓練された描画者の監督と関与を必要とし、どれが必要としないかを指示した

Sol LeWitt's Wall Drawings: Conservation of an ephemeral art practice, AIC Objects Specialty Group Postprints, Vol. 22, 2015 42-43ページ)

同じ報告は、証明書についてこう書く——証明書と図は「作品を最初に実行した個々の描画者を列挙している」。作品の同一性を担保する文書が、人の名前を載せている

バランシン信託とルウィットの違いは、粒度である。信託は許諾されるすべてのバレエに一律で人を要求する。ルウィットは1,300点余りの作品を一点ずつ見直して、要る作品と要らない作品に分けた。人が要るかどうかは、作品ごとに違いうるというのがルウィットの判断で、この判断そのものは彼が死ぬ前にしか下せなかった。

6. 記録から作品を復元できるかは、法廷の判断基準ではなかった

ここで、法がこの問いをどう扱ったかを見ておく。バランシンの遺産管理人バーバラ・ホーガンは、ニューヨーク・シティ・バレエ団の《くるみ割り人形》を60枚のカラー写真と文章で紹介した児童書の出版差止を求めた。1985年、連邦地裁のリチャード・オーウェン判事は差止を認めなかった。理由はこうである。

振付とは、バレエにおける諸ステップの流れに関わるものである。『くるみ割り人形』の本にある静止写真は、数が多いとはいえ、特定の瞬間のさまざまな姿勢にある踊り手を捉えているのであって、根底にある振付を取り出しても用いてもいないし、そうする意図もない。上演をそこから再現することはできないだろう。

判事は脚注で「ベートーヴェンの交響曲を、25和音ごとに一つだけ記した文書から再現できないのと同じである」と補った。

1986年、第2巡回区連邦控訴裁判所はこの基準を誤りとして破棄した——「著作権侵害の判定基準は、侵害を主張された複製から原作品を再現できるかどうかではなく、後者が前者と『実質的に類似』しているかどうかである」。裁判所はさらに「侵害を主張された素材が別の媒体にある場合、そこから原作品を再現することは、不可能でないにせよ考えにくいが、それは侵害に対する抗弁にならない」と述べた(Horgan v. Macmillan, Inc., 789 F.2d 157 (2d Cir. 1986))。

つまり、「この記録から作品を立て直せるか」という問いを、著作権法は自分の判断基準から外した。法が扱うのは類似であって、再現可能性ではない。だから、その問いは法の外——信託の許諾条件と、現場の実務のなかに残された。

7. 人が尽きたら指定も消える、と書いてある法律

その問いを制度の中心に据えている法律がある。日本の文化財保護法である。同法第2条第1項第2号は「演劇、音楽、工芸技術その他の無形の文化的所産で我が国にとつて歴史上又は芸術上価値の高いもの」を無形文化財と定義する。そして第71条第2項——

文部科学大臣は、前項の規定による指定をするに当たつては、当該重要無形文化財の保持者又は保持団体(無形文化財を保持する者が主たる構成員となつている団体で代表者の定めのあるものをいう。以下同じ。)を認定しなければならない。

指定と同時に、人を認定しなければならない。「することができる」ではなく「しなければならない」である。さらに第72条第2項は「保持者が心身の故障のため保持者として適当でなくなつたと認められる場合」に認定を解除できるとし、第4項はこう書く。

保持者が死亡したとき、又は保持団体が解散したときは、当該保持者又は保持団体の認定は解除されたものとし、保持者のすべてが死亡したとき、又は保持団体のすべてが解散したときは、重要無形文化財の指定は解除されたものとする。

文化財保護法(昭和二十五年法律第二百十四号)、e-Gov法令検索。条文はe-Gov法令API v2から2026年9月7日に取得した令和7年6月1日施行版による。)

記録がどれだけ残っていても、人が全員いなくなれば指定は消える。国は無形文化財の所在を、資料の側ではなく人の側に置いている。そしてその帰結——人の死とともに対象が指定から外れること——を、条文が正面から書いている。

8. 考察:レペティトゥール

ここまでに読んだ文書は、書き手も目的も法域も違うのに、同じ場所に同じものを置いていた。

  • 上演の許諾は、信託が承認した個人が現地で作業することを条件にしている(バランシン信託)。
  • 分野で最も網羅的な記録は、訓練された人の代わりになる意図はないと自分で書いている(カニングハム財団の事業報告)。
  • 作品の同一性を担保する証明書が、最初に実行した個人の名前を載せている(ルウィット遺産財団)。
  • 国の指定は、保持者が全員死んだ日に解除される(文化財保護法第72条第4項)。

この位置に置かれるものを名指す語は、すでにバレエの実務にある。レペティトゥールである。バランシン信託の用法では、これは稽古の伴奏者や助手ではなく、権利者が承認し、許諾のたびに派遣され、記録が書ききれない部分の判断を現場で供給する個人を指す。

美術と、とりわけソフトウェアを含む作品の側には、この役がない。装置の交換可能範囲を書いた設営説明書はある。移行する権利を美術館に与える購入契約書もある。保存措置を「意図するが義務は負わない」と書く受入契約書もある。だがそのどれも、誰が来るのかを書いていない。ルウィットの遺産財団は例外だが、それは作家が死ぬ前に一点ずつ指定したから成り立っている。

だから次に問えるのは、この一つである——あるソフトウェア作品のレペティトゥールは誰で、誰が承認し、誰と契約するのか。

検証できなかったこと・確信度の低い箇所(レビュー用)

  • stager の計数について。『The Legacy Plan』の本文は二段組で、pdftotext-layoutなしで流し直したうえで単語境界つきで数えた。notation score Labanotation transmission memory がいずれも0回であることは確かめたが、これは事業報告という文書の性格に大きく依存する。「舞踊の分野が記譜を使っていない」という主張は本文でも避けた。
  • バランシン財団の数字の食い違い。107/60超/80超という三つの数え方の差が何を意味するかは、サイトに説明がない。推測を書かず、三つとも並べて確認日を付けた。
  • レペティトゥールの語義。オペラ・バレエの現場では稽古ピアニストや稽古付けの助手を指すことがある。本稿はバランシン信託の用法に限って使っており、他の団体が同じ語を同じ意味で使っているかは確認していない。
  • バランシン信託のレペティトゥール名簿。サイトマップが列挙する9ページを確認した範囲では存在しない。信託が別経路(申請者への個別連絡)で提示している可能性は否定できない。
  • 米国内務省国立公園局の博物館ハンドブック第2部第5章(貸出)を一次で当たったが、courier の語は0回だった。クーリエの規定は別の章にあると思われる。追えていない。
  • ラファエル・ロサノ=ヘメルの設営説明書を再取得して、設営を担う人が指定されているかを確かめようとしたが、以前使えたPDFのURLが404を返した。別経路は探していない。
  • カニングハム財団のプロ向け許諾ページには、教育向けと違ってステージャーへの言及がない(連絡先のみ)。プロの許諾でステージャーが必須かどうかは、公開文書からは確認できなかった。

参考文献