レペティトゥールとは、上演や設置の許諾において、記録とは別立てで、権利者が承認した個人が現地で作業することを条件として課す仕組み、およびその個人を指す語である。本項の造語ではない。バレエの実務で使われている職名で、ジョージ・バランシン信託は許諾の条件として「信託が承認したレペティトゥール」の関与を明文で求めている——「許諾されるバレエはすべて、稽古で作品を立て、初日に舞台へ載せるために、信託が承認したレペティトゥールを必要とする。レペティトゥールは信託の許諾とは別に契約される」(Licensing the Ballets, The George Balanchine Trust)。
なお、オペラやバレエの現場では、同じ語が稽古の伴奏者や稽古付けの助手を指すことがある。ここで扱うのは、権利者が承認し、許諾のたびに派遣され、作品を立てる権限を担う個人という用法である。
この仕組みには三つの特徴がある。
第一に、記録と別立てである。記録があってもレペティトゥールは省かれない。マース・カニングハムの作品を86点ぶん記録した「ダンスカプセル」について、事業主体は「カプセルは訓練を受けたステージャーの代わりになることを意図していない」と自ら書いている。
第二に、権利と別に契約される。著作権を持つ主体が売るのは許諾であり、作品を立てられる知識はその主体が売っていない。上演を成立させる二つの要素が、二本の契約に分かれている。
第三に、有限である。人が尽きれば作品も尽きる。日本の文化財保護法第72条第4項は「保持者のすべてが死亡したとき(中略)重要無形文化財の指定は解除されたものとする」と書く。記録が残っていても、人がいなくなれば指定は消える。
作家の裁可との関係を押さえておくと使いやすい。裁可は、作家が公的な行為によって「この実行を作品として数えるか」を確定する働きである。レペティトゥールは、その確定を作家が行えなくなったあとに、誰の身体が現場でそれを供給するかを指す。裁可が問うのは権威の所在であり、レペティトゥールが問うのは権威の運搬手段である。
事例
ジョージ・バランシン信託(1987年設立)。許諾されるすべてのバレエに、信託が承認したレペティトゥールの関与を条件として課す。信託は現在アクティブなバランシン作品を「およそ75」とし、バランシン財団は生涯の作品数を「400点以上」とする。信託が公開しているサイトのページはサイトマップ上で9つあるが、レペティトゥールの名簿は含まれない(2026年9月7日確認)。作品の一覧は公開され、実行できる人の一覧は公開されていない(The George Balanchine Trust)。
マース・カニングハム財団のステージャー。カニングハム舞踊財団は創設者の死(2009年7月26日)に備えたレガシープランのもとで、200点を超える作品のうち86点について、上演映像・覚え書き・録音・照明プロット・装置画像・衣裳デザイン・制作記録を収めたダンスカプセルをつくった。その事業報告は、カプセルの指針を「経験を積み、技能があり、知識のあるステージャーが踊りを立ち上がらせるために必要な資料をすべて入れること」と述べ、続けて「訓練を受けたステージャーの代わりになることを意図していない」と書く(The Legacy Plan: A Case Study 46ページ)。同財団の教育向け許諾は現在も「作品は当財団の熟練したステージャーが教えます」と書いている。
ソル・ルウィット遺産財団の描画者。ルウィットは死の前にウォールドローイングを一点ずつ見直し、「どれが訓練された描画者の監督と関与を必要とし、どれが必要としないかを指示した」。遺産財団のアーカイヴの責務には「作品の実行にかかわるすべての手技の、アナログおよびデジタルの記録の作成」が含まれ、作品の証明書は「最初に実行した個々の描画者を列挙している」(AIC Objects Specialty Group Postprints, Vol. 22, 2015)。バランシン信託が一律に課すのに対し、ルウィットは作品ごとに要否を決めた。
重要無形文化財の保持者(日本)。文化財保護法第71条第2項は、重要無形文化財を指定するにあたって保持者または保持団体を「認定しなければならない」と定める。第72条第2項は心身の故障による認定解除を、第4項は保持者全員の死亡による指定の解除を定める(e-Gov法令検索)。
この位置に人を置いていない書式。アメリカ博物館同盟が公開する貸出様式(全4,394文字)には、courier install installation technician artist person のいずれも1回も現れない(単語境界つきで計数)。スミソニアン国立アジア美術館は「所蔵品とともに移動し、借用館での設置を監督する」クーリエを求めることがあるが、同じページはその人が守る条件として温度と湿度を挙げ、また「バーチャル・クーリエ」の承認もありうると書く(Loan Requests, National Museum of Asian Art)。守られているのは状態と輸送であって、作品の振る舞いではない。
この概念から立つ問い
- ソフトウェアを含む作品のレペティトゥールは誰か。誰が承認し、誰と契約するのか。移行を実際に行った技術者は、次の移行に呼ばれる立場にあるのか。
- 承認する主体が消えたあと、承認は誰が出すのか。遺産財団も信託も無い作家の作品では、この地位は空席のままなのか。
- 記録を厚くすることは、この個人の必要を減らすのか、増やすのか。カプセルの設計者は「代わりにはならない」と書いたが、厚い記録が逆に、それを読める人を要求している可能性がある。
- 権利の許諾と実行者の契約が別々であることは、どちらかが欠けた状態を生む。権利はあるが実行できる人がいない作品と、実行できる人はいるが権利が取れない作品は、それぞれどこにあるのか。