新造語ではない。デジタル保存の参照モデルである開架情報システム(OAIS)に定義されている既存の術語で、現行版は宇宙データシステム諮問委員会(CCSDS)の CCSDS 650.0-M-3, Magenta Book, December 2024 である(第2版CCSDS 650.0-M-2がISO 14721:2012に対応する)。定義は次のとおり。
Designated Community: An identified group of potential Consumers who should be able to understand a particular set of information in ways exemplified by the Preservation Objectives. The Designated Community may be composed of multiple user communities. A Designated Community is defined by the Archive and this definition may change over time.
すなわち、ある情報を理解できるべき利用者の集団として同定された群であり、その群を定めるのはアーカイブ自身である。定義は時間とともに変わりうる。第3版は「保存目標(Preservation Objectives)に例示される仕方で」という限定を追加している(第2版にはこの句がない)。
この概念が保存の実務に効くのは、二つの規定と組み合わさるからである。一つは、規格が必須の責務として掲げる独立理解可能性——「保存される情報が指定コミュニティーにとって独立に理解可能であることを保証すること。とりわけ指定コミュニティーは、その情報を作った専門家の助力といった特別な資源を必要とせずに、その情報を理解できなければならない」。もう一つは表現情報(Representation Information)の十分性が相対的であるという規定で、規格は、指定コミュニティーの知識基盤(Knowledge Base)が変われば表現情報を増補する必要が生じると書き、ある情報が「少数の専門家にしか理解できず、その人たちがいなくなったときに失われる」場合を明示している。
したがって、「保存のための資料が揃っているか」という問いは、それ自体では答えを持たない。誰が理解できればよいのかを先に決めなければ、十分かどうかを測れない。この概念が名指しているのは資料の量ではなく、十分性の判定を成り立たせる指名の行為であり、その行為を誰が行う資格を持つかという空席である。
一般用法との揺れが一つある。日常語として読むと「指定された共同体」は誰かが外から指名した集団のように響くが、OAISでは指名するのはアーカイブ自身であり、しかも自らの責務の測り方を自分で決める行為にあたる。測る側が測定基準を選ぶ構造であることを、定義から落とさないほうがよい。日本語の定訳は「指定コミュニティー」で、国立国会図書館の担当者による報告(『情報管理』58巻9号、2015年)でこの表記が用いられている。
事例
作者が定めた場合。ジョーダン・メクナーは1989年のApple II版《Prince of Persia》のソースコードを2012年4月17日にGitHubで公開し、同日のREADMEに「ソースコードについて何も説明を求めないでほしい。覚えていないからだ」と書いた。そして技術的・法的な質問の宛先を「the community at large, whose collective knowledge and expertise far exceeds mine(広く共同体。その集合的な知識と技倆は私のものを大きく上回る)」と指定した。アーカイブが存在しない場所で、作者が指定コミュニティーを名指した例である。OAISが禁じている依存——作った専門家の助力——を、作者自身が最初に断っている(リポジトリ)。
知識基盤が個人だった場合。同じREADMEの謝辞は、22年前のフロッピーディスクからソースを取り出した作業について、トニー・ディアスの「技倆、根気、手入れの行き届いたヴィンテージApple機材の収集」に負うと書く。2024年9月27日のコミットで、この名前の前に「the late」が加わった。指定コミュニティーの知識基盤が一人の機材収集だったことと、それが失われたことが、同じ一文に記録されている。ディアスのサイトapple2.orgは2026年9月9日時点でも応答し、権利表示の年は2022年で止まっている(apple2.org、2026年9月9日確認)。
施設で代替した場合。米国著作権局の2024年10月28日の最終規則は、サーバー支援の終わったビデオゲームについて「ゲームへのアクセスを回復する」ための複製と改変を認めるが、その担い手を「適格な図書館・アーカイブ・美術館」と規定し、適格性の5条件のうち人に触れる一つを「訓練を受けた職員または志願者が、通常図書館・アーカイブ・美術館に伴う専門的業務を提供していること」とした。理解できるべき集団ではなく、収蔵する施設が要件になっている。同規則は構内からの持ち出しを禁じたままである(2024年10月28日の最終規則)。
定めないと決めた場合。国立国会図書館の担当者による報告は、OAIS参照モデルの責務のうち指定コミュニティーの確定について、同館のサービス対象が国会議員から海外の利用者まで多岐にわたることを理由に「特定の指定コミュニティーは想定しない」と述べている。規格が要求する指名を、対象の広さを理由に行わない選択である(『情報管理』58巻9号、2015年)。
アーカイブが職として引き受けた場合。Rhizomeのネット・アート選集は、エヴァ・アンド・フランコ・マテスの《Life Sharing》(2000-2003年)の復元について、ソフトウェア・キュレーターのリンジー・モールズが管理し、保存ディレクターのドラガン・エスペンシートの指揮のもと、作家との緊密な協働で行われたと書く。知識基盤を外部の共同体に委ねず、アーカイブ側の常設の職に置いた例である(Net Art AnthologyのLife Sharing)。