価値の社会的構築とは、作品や物の価値が対象に内在する性質だけで決まるのではなく、社会的な受容、制度、共同体の合意、それを支える言説によって成り立つという考え方である。美術における価値もまた、作家の署名、批評、来歴、画廊やオークションといった制度、そして真作性をめぐる共有された信念の産物であり、絵具や石といった素材そのものに宿るわけではない。

この視点は、価値の担保装置が入れ替わる局面で特に可視化される。ブロックチェーン上の暗号資産トークンは、伝統的な金融機関や中央集権的な美術制度を経由せず、分散的な合意とスマートコントラクトの記録によって所有と価値を成立させる。同じ画像が無数に複製されても、台帳上の一意な記録だけが価値の座になるという事態は、価値が対象の物質性から切り離しうることを示す。

生成技術の普及も同じ問いを突きつける。同一の作品でも「人間が作った」と告げられた場合の評価が、AIが生成したと告げられた場合より高くなる傾向が観察されており、芸術価値が人間の感情や労苦の表出という物語に依然として結びついていることを示す。メタ創造の立場からは、価値は最終的な出力ではなくシステムを構想し創発の場を設けた行為にあると反論され、価値の帰属先そのものが争点となる。コンセプチュアル・アートは1960年代以降、この評価体系を主題化してきた系譜であり、ケヴィン・アボッシュのように肖像写真とブロックチェーン上のトークンを往復する実践は、その現代的な延長にあたる。