1. 序論:文化遺産としてのゲームと芸術的承認をめぐる闘争

21世紀のメディアアートおよびデジタル人文学において、ビデオゲームは単なる大衆娯楽の枠を超え、現代の社会、政治、アイデンティティ、そして技術のあり方を批評・再構築するための最も強力な芸術的メディウムへと変貌を遂げた。コンピュータサイエンス、芸術、人文学、社会科学の収束点に位置するビデオゲームは、きわめて複雑な文化的人工物であり、そのソースコード、ROMカートリッジ、プラットフォームから、開発者の記録やパッケージアートに至るまで、多様な要素が社会経験と大衆文化の歴史に多大な影響を与えている1
しかし、ビデオゲームが芸術としての正当性を獲得する過程は、既存の芸術制度との激しい軋轢の歴史でもあった。その象徴的な出来事が、著名な映画評論家ロジャー・イーバート(Roger Ebert)による「ビデオゲームは決して芸術にはなり得ない(video games can never be art)」という2005年から2010年にかけての主張である2。イーバートは、プラトンの模倣論やアリストテレスの美学を援用しつつ、ゲームには「スコア」「ルール」「目的」「勝敗」が存在し、プレイヤーの主体的なインタラクション(遊び)を要求する点が、芸術家個人の単一のヴィジョンを提示する伝統的な「芸術」とは本質的に異なると論じた3。この論争は、ジャーナリスト、批評家、学界、ゲーム愛好家を巻き込み、新しいメディウムが文化的・美学的な正当性をいかにして確立するかという議論の分水嶺となった5
この制度的な抵抗に対し、学術的なゲーム研究(Game Studies)やニューメディア・アートの領域は、ゲームを「読むべきテクスト」としてではなく「プレイされるべきアルゴリズム的文化」として再定義することで応答した8。この過程で、ゲームテクノロジーの進化と並行して、MoMA(ニューヨーク近代美術館)やスミソニアン・アメリカ美術館(2012年の「The Art of Video Games」展)などの権威ある機関がビデオゲームをコレクションに加え、正当な文化遺産として展示するようになった1。また、クリエイターを単なる開発者ではなく、映画における「作家主義(Auteur theory)」と同様に、美学的価値と表現の限界を拡張する「作家(Auteur)」として評価する動きも定着している10
本報告書は、欧米を中心に発展してきた「ゲームアート(Game Art)」およびゲームを題材とする現代美術の実践を対象とし、その歴史的系譜を追跡する。アヴァンギャルド芸術の遺産から、商業ゲームをハッキングする「モッド(Mod)」カルチャー、さらには独自の生態系を構築する「ワールドビルディング(世界構築)」に至るまでの変遷を包括的に分析し、アーティストがいかにしてゲーム空間を批評的表現の場へと読み替えてきたのかを論じる。

2. 理論的系譜:アヴァンギャルド芸術と「クリティカル・プレイ」

ゲームを題材とするメディアアートの実践は、突如として生まれたものではなく、20世紀初頭から中盤にかけてのダダイズム、シュルレアリスム、そしてフルクサスといったアヴァンギャルド芸術運動の強固な思想的基盤の延長線上に位置づけられる2。これらの運動は、「遊び(プレイ)」やエンターテインメントを、既存の社会構造や芸術の制度的枠組みを転覆するための破壊的かつ創造的な手段として重用していた11
アーティストでありゲーム研究者でもあるメアリー・フラナガン(Mary Flanagan)は、著書『Critical Play: Radical Game Design』(2009年)において、アーティストや活動家によって設計された「オルタナティブ・ゲーム」がいかにしてゲーム産業に埋め込まれた規範的通念に挑戦しているかを理論化している12。フラナガンは、ダダイストによる人形劇やボードゲームから、現代のコンピュータゲーム(例:『The Sims』におけるドメスティックな空間の再編)に至るまでの「破壊的遊戯」の歴史的文脈を網羅し、ゲームを単なる気晴らしではなく、概念的思考の道具や社会変革のツールとして位置づけた12。フラナガンが提唱する「クリティカル・プレイ(批判的遊戯)」というパラダイムは、ジェンダー、植民地主義、世界的な貧困、エイズといった政治的・社会的課題をゲームデザインに組み込み、商業ゲームが持つマッチョイズムや暴力性を内部から批評する実践の理論的支柱となっている12
また、デジタル時代におけるゲームは、単なるインタラクティブなプログラムを超えて、現代の「神話的空間」としても機能している18。ゲーム空間は、異なる文化的伝統からの物語が収集され、再解釈され、遊びを通じてリミックスされる「神話の博物館」として作用している18ビデオゲームにおけるインタラクティビティは、プレイヤーの行動が直接的に意味を生成し、古代の通過儀礼や神話的アーキタイプ(原型)の体験を現代の文脈で再演するプロセス(インタラクティブな神話創生)を提供する18。このような神話的・象徴的な構造の流用は、ゲームアートが人間の根源的な心理的構造をハッキングするための強力な手法となっている。

アプローチ 定義と芸術的特徴 代表的な関心領域
画像生成 ゲームエンジンのレンダリング技術やアセットを利用して、新たな視覚的イメージを生成する手法。 表現の政治学、視覚文化の批評2
ゲームの流用(アプロプリエーション) 既存のゲームシステムや美学を、文脈をずらして別のアートワークに組み込む手法。 アヴァンギャルドの文脈の再演2
ハッキングとモッディング(改変) 商業ゲームのソースコードやファイルを書き換え、本来意図されていない挙動や意味を生み出す手法。 産業的規範の破壊、ジェンダー批評2
ゲーム空間への介入 ネットワークゲームのサーバー等に直接ログインし、パフォーマンスや抗議活動を行う手法。 アクティヴィズム、空間の政治学2

美術史家のジョン・シャープ(John Sharp)は、現代アートとゲームの交差点を上記の表に示される4つのアプローチに分類している2。これらの手法は独立しているわけではなく、多くのアーティストは複数のアプローチを横断しながら、制度化されたアートワールドに対する批評とクリエイティブな表現を両立させている。

3. 第一世代の介入:ルーディック・ミューテーションとカウンターゲーミング

1990年代後半から2000年代にかけて、ゲームアートの主流は、既存の商業ゲームのコードやアセットを直接書き換える「ハッキング」や「モッディング(Modding)」であった。ゲーム産業が提供するツールや空間に寄生し、その内部から意味を改変するこの手法は、デジタルアートにおける特異な系譜を形成した。

3.1. 「Cracking the Maze」とルーディック・ミューテーション

この領域における画期的な出来事が、アーティスト兼研究者のアン=マリー・シュライナー(Anne-Marie Schleiner)が1999年にサンノゼ州立大学の支援を受けてキュレーションしたオンライン展覧会「Cracking the Maze: Game Plug-ins and Patches as Hacker Art」である9。この展覧会は、ゲームのパッチやプラグインを正式に「ハッカー・アート」として認知し、美術機関の枠組みで評価した最初の試みとして歴史的に重要である20
シュライナーは、既存のゲーム環境(キャラクター、サウンド、アーキテクチャ)を書き換える行為を「ルーディック・ミューテーションLudic mutation:遊戯的突然変異)」と呼称した19。商業ゲームの多くは、ジェンダーや人種に関して極めて硬直したコードを持っていたが、パッチ・アーティストたちはこれを逆手に取った。例えば、日本の『Doom』を改変した『Otakon Doom』では主人公がアニメ風の女性ファイターに置き換えられ、『Marathon Infinity』のパッチ『Tina Shapes and Tina Sounds』でも同様のフェミニスト的介入が行われた23。一方で、大ヒットゲーム『Tomb Raider』の主人公ララ・クロフトのポリゴンを裸にする非公式パッチ『Nude Raider』のように、ゲーム会社(Eidos)が自社のPR戦略としてモッド・カルチャーを暗黙に利用(あるいは自作自演)し、アンダーグラウンドな実践が企業に再吸収されるという資本主義的力学の複雑さも浮き彫りになった23
ジェイソン・ハディ(Jason Huddy)によるパッチ『Los Disneys』は、ゲームエンジンのみを利用し、コンテンツを全く新しい個人的なゲームに置き換えるという、ハッカー自身の独創的な空間を構築した事例である19。シュライナー自身の作品『Madame Polly』なども含め、これらの実践は「ゲームをプレイする」ことではなく、「ゲームそのものを遊びの対象とする(play with the game)」というメタ的な遊戯性を提示した9。後年、シュライナーは『Velvet-Strike』(2002年)において、ブロディ・コンドン(Brody Condon)らと共にオンライン・シューティングゲーム内に反戦のグラフィティを描く介入パフォーマンスを行い、デジタルな暴力空間を政治的抗議の場へと変容させるアクティヴィズムを確立している20

3.2. アレクサンダー・ギャロウェイの「カウンターゲーミング」理論

こうしたアーティストたちの実践を読み解く上で不可欠なのが、メディア理論家アレクサンダー・ギャロウェイ(Alexander Galloway)が著書『Gaming: Essays on Algorithmic Culture』(2006年)で提唱した「カウンターゲーミング(Counter-gaming)」の概念である8。ギャロウェイは、ゲームをアルゴリズム的な機械として捉え、そのルールやメカニクスを政治的に再構築し、プレイヤーの期待を破壊するアヴァンギャルドな戦略をカウンターゲーミングと定義した27
ギャロウェイの分析によれば、ビデオゲームにはプレイヤーをゲームシステムそのものに従属させる強力な権力が内包されており、プレイヤーは自律していると錯覚しながら、実際にはアルゴリズムの規則に従わされているに過ぎない27。この構造を解体するため、アーティストは「ゲーミック・アクション(Gamic action:ゲーム本来の目的やルールに従う行動)」を無効化し、「ラディカル・アクション(Radical action:システムの機能を根本から転覆させる行動)」を導入する27

カウンターゲーミングの対立軸 説明 芸術的実践の例
透明性 vs 前景化 UIやシステムの不可視性を破壊し、メディアの物質性やコードそのものを視覚的に露出させる。 JODIのグリッチ・アート30
自然物理学 vs 発明された物理学 現実の重力や物理法則を模倣するのではなく、意図的に破綻した、あるいは独自の物理法則を適用する。 意図的なバグ表現や操作困難なアートゲーム30
ゲーミック・アクション vs ラディカル・アクション スコア、勝利条件、競争性といった従来のゲーム詩学を放棄し、遊びの目的を根底から転換する。 Cory Arcangelの非インタラクティブ化27

オランダとベルギーのアーティスト・デュオであるJODIによる『Untitled Game』(1998-2001年)は、FPSゲーム『Quake』を解体した作品である。彼らはグラフィックを白黒の抽象的なストライプに還元し、プレイヤーは視覚情報の代わりにサウンドのみを頼りに空間をナビゲートすることを強いられる32。これは、視覚的完全性とインタラクティビティというゲームの二大要素を破壊する徹底したカウンターゲーミングの実践である。
同様に、コーリー・アーカンジェル(Cory Arcangel)は『Super Mario Clouds』(2002年)において、スーパーマリオブラザーズのROMカートリッジをハッキングし、マリオや障害物などのインタラクティブ要素をすべて消去し、青空と雲だけがスクロールする映像作品を制作した11。また、『I Shot Andy Warhol』(2002年)では『Hogan's Alley』を改造し、標的をアンディ・ウォーホルに置き換えた11。アーカンジェルの作品は、インタラクションを排除することによって、ゲーム空間を「プレイするもの」から「観想するもの」へと変容させている27

4. 触覚と痛覚の考古学:ハプティック・トポイと身体への介入

ゲームアートは視覚やソフトウェアの解体にとどまらず、プレイヤーの「身体」と「感覚」に対する直接的な介入も行ってきた。ゲーム研究において視覚性やナラティブが強調される一方で、触覚(Tactility)の重要性はしばしば看過されてきたが、メディディア考古学者のエルキ・フータモ(Erkki Huhtamo)の概念を拡張する形で、アーティストたちは「ハプティック・トポイHaptic topoi:触覚的トポス)」を探求している33
この系譜は、18世紀から19世紀にかけてヨーロッパやアメリカで流行した「エレクトリック・キス」や、20世紀初頭のアーケードに置かれた電気ショック機械(『Electricity is Life』など)に遡る33。当時、機械から発せられる電気ショックは、神経疲労を回復させる「治癒的」な力を持つものとして社会的に受容されていた33。しかし、現代のアートゲームである『PainStation』(2001年)や『Tekken Torture』などは、このメカニズムを反転させている。これらの作品は、プレイヤーがゲーム内でミスを犯すと、物理的な痛み(鞭打ちや電気ショック)をプレイヤーの身体に直接与える33
この「痛みのゲーム」は、電気ショックと暴力、拷問、処罰という歴史的に構築された結びつきを露悪的に前景化する33。デジタル空間における失敗が、血肉を持った身体の苦痛へと直接変換されることで、プレイヤーとゲームシステム(機械)との間の非対称的な権力関係が暴き出されるのである。

5. マシニマと空間の政治学:監視、資本、アバター

2000年代後半以降、ゲームエンジンの描画能力が飛躍的に向上したことで、リアルタイムの仮想空間を利用して映画的な映像を制作する「マシニマMachinima)」が、新たな表現メディアとして確立した11。フランスの批評家イザベル・アルヴェール(Isabelle Arvers)が指摘するように、マシニマの系譜はダダやシュルレアリスムに連なるものであり、ゲームというエンターテインメントの極致を最も破壊的な芸術形式として流用する試みである11。ジョン・ラフマン(Jon Rafman)の『Kool-Aid Man in Second Life』などの作品は、仮想世界におけるアバターの存在論や、デジタル社会におけるノスタルジアと疎外感をドキュメンタリーの手法で捉えている34

5.1. ヒト・シュタイエル『Factory of the Sun』の極限的搾取空間

マシニマの手法を駆使し、現代のデジタル資本主義と監視社会の構造を極限まで批評的に描き出した傑作が、ドイツのアーティスト、ヒト・シュタイエル(Hito Steyerl)による没入型ビデオ・インスタレーション『Factory of the Sun』(2015年)である35。ヴェネツィア・ビエンナーレで初公開された本作は、物理的な展示空間と仮想空間の境界を溶解させる特異な鑑賞体験を提供する37
観客は、1982年のSF映画『トロン』を思わせる青いLEDのグリッドに覆われた真っ暗な空間に導かれ、プラスチック製のビーチチェアに座ってスクリーンを見上げる35。映像の中では、YouTubeのダンス動画、ドローンの監視映像、架空のニュース番組、そしてビデオゲームインターフェースが目まぐるしいモンタージュとして交錯する35。物語の中核をなすのは、ドイツ銀行のような巨大資本が運営する「モーションキャプチャーの強制労働所(gulag)」である35。そこでは、黄金のスーツを着た労働者(ダンサー)たちの身体的動きがキャプチャーされ、それが人工的な「太陽光」へと変換され、光の速度を超えた高頻度取引(HFT)のためのエネルギーとして搾取されている35
シュタイエルは、ダナ・ハラウェイ(Donna Haraway)の『サイボーグ宣言(Cyborg Manifesto)』(1985年)における「純粋な太陽光で作られた機械」という概念を引用し、人間の感情、創造性、そして身体の動きそのものがアルゴリズムによって抽出され、資本として消費される「監視資本主義(Surveillance capitalism)」の極致を視覚化している36。映像の途中に挿入される「Bot Manifesto(ボット宣言)」は、光子の平等性を訴え、「Zombie Marxism(ゾンビ・マルクス主義)」や「Zombie Formalism(ゾンビ・フォーマリズム)」を打破し、「Non-playable characters(プレイ不可能なキャラクター)」であることを宣言する35。これは、ゲーム空間という徹底管理された環境下において、プレイヤー(市民)がいかにして抵抗のエージェンシーを獲得し得るかという、デジタル権威主義への痛烈な問いかけとなっている35

6. 新たな現実の創造:「ワールドビルディング(Worldbuilding)」の展開

現在、メディアアートにおけるゲーム領域は、既存の商業ゲームに対する「寄生」や「批評的解体」のフェーズを脱し、UnityやUnreal Engineといった強力なゲームエンジンを直接のメディウムとして用い、ゼロから哲学、社会システム、生態系を構築する「ワールドビルディング(世界構築)」の段階へと突入している32
ハンス・ウルリッヒ・オブリスト(Hans Ulrich Obrist)がキュレーションを務めた展覧会「Worldbuilding: Gaming and Art in the Digital Age」(2022-2024年、ユリア・ストシェク・コレクション等)は、このパラダイムシフトを包括的に提示した初の試みである32。オブリストは、ワールドビルディングを「既存の世界を受け継ぐだけでなく、新たな世界を創造するエージェンシー(主体性)」と定義し、ルール、ダイナミクス、環境を自ら設定することで、現実とは異なるオルタナティブな可能性を探求する実践として位置づけている43

6.1. 自律する世界:ライブ・シミュレーション

アメリカのイアン・チェン(Ian Cheng)は、自らの作品を「自ら学習し、自らプレイし続ける愚かなビデオゲーム」すなわち「ライブ・シミュレーション(Live simulations)」と呼称している45。認知科学の背景を持つチェンは、プロシージャル(手続き型)生成技術を用いて、人間が一切介入しない状態で無限に変化し続ける3Dの生態系を構築した45。奇妙なキャラクターたちが独自のアルゴリズムに従って予測不可能な相互作用を繰り広げるこの世界は、ゲームにおける「プレイヤーの主体性」という概念を完全に消去し、コンピュータ・プログラム自体が持つ「創発的(emergent)な生のプロセス」を美術館という空間で鑑賞させる試みである45

6.2. 主要なワールドビルディング・アーティストとそのアプローチ

アーティスト 作品・世界観の特徴 理論的・テーマ的焦点
ローレンス・レック (Lawrence Lek) 崩壊しつつあるスマートシティを舞台にした「シノフューチャリズム(Sinofuturism)」。AIや自動運転車がポスト・ヒューマンの状況で自己意識を模索する44 監視社会、非人間的知性、人工知能の労働と存在論44
テオ・トリアンタフィリディス (Theo Triantafyllidis) 『Pastoral』において、ビキニを着た巨大なハイブリッド・ジェンダーのオーク(Orc)が、敵の存在しない牧歌的な平原を彷徨う43 ゲーム特有の「超競争的」なパラダイムの無効化と、ハイパー身体性の不条理43
ジョン・ジェラード (John Gerrard) ゲームエンジンの「速度」を意図的に遅延させ、石油やプラスチックに依存する現代の生態系をリアルタイム・レンダリングで描写する47 デジタルの遅さ(slowness)、テクノロジーと生態学的危機の関係性47
ジャコルビー・サッターホワイト (Jacolby Satterwhite) 『バイオハザード5』のアセットを流用し、アフロフューチャリズムとクィア理論を融合させ、黒人女性型アンドロイドが踊る解放的な空間を構築32 抑圧された身体の解放、クィアな仮想ユートピアの現出32

その他にも、ベン・ヴィッカーズ(Ben Vickers)によるカスパー・ダーヴィト・フリードリヒのロマン主義絵画をオープン・ゲームエンジンで再現したシミュレーションや、ニール・ブルーファ(Neil Beloufa)のパンデミック下におけるオンラインコミュニケーションを風刺した『Screen-Talk』、メリエム・ベナニ(Meriem Bennani)による移民問題と素粒子物理学を交差させた作品など、ワールドビルディングの手法は、現代社会のあらゆる政治的・社会的イシューを仮想空間内に再構築する極めて多角的なプラットフォームとして機能している32

7. 日本におけるゲームアートの受容と展開:インターフェースの解体

欧米のゲームアートが、社会構造の批評や仮想生態系の構築(ワールドビルディング)に大きな比重を置いてきたのに対し、日本のメディアアートにおけるゲームの受容は、ハードウェアの物理性や商用インターフェースの境界を解体・転用する方向で特異な系譜を形成してきた。明治期以降の西洋美術の模倣(Orientalism/Occidentalism)の複雑な歴史を背景に持ちながらも、日本のゲーム産業の特異な発達は、メディアアーティストに独特の表現基盤を与えた49
その筆頭として挙げられるのが、岩井俊雄の実践である。岩井は初期の『オトッキー』(1987年)から一貫して、インタラクションと音楽生成を融合させてきた50。特に2005年に任天堂からリリースされたニンテンドーDS用ソフト『エレクトロプランクトン(ELECTROPLANKTON)』は、商用ゲーム機をプラットフォームとしながらも、クリア条件、スコア、時間制限といった伝統的な「ゲームのルール(ゲーミック・アクション)」を完全に排除したメディアアート作品である52。プレイヤーが音声やタッチスクリーンを通じて10種類の「電子プランクトン」に干渉し、自発的に音と光を生成するこの作品は、ゲーム機を「目標達成のための装置」から「純粋な表現のための楽器・キャンバス」へと転用した歴史的な事例である50
また、アートユニット「エキソニモ(exonemo)」は、インターネット黎明期からハードウェアとソフトウェアの境界を侵犯するアプローチで国際的な評価を確立している54。2006年のアルスエレクトロニカ大賞を受賞した彼らの作品『Object B』は、物理的な電動工具などのオブジェとネットワーク上のFPSゲームを強引に接続した作品である54。仮想世界における銃撃などのアクションが、現実空間におけるドリルの作動など破壊的挙動を引き起こすという構造を持ち、デジタルとフィジカルの非対称性を暴力的に接続した54。さらに『UN-DEAD-LINK』(2020年)等の展覧会では、デジタル世界における生と死の概念を、展示室に張り巡らされた物理的なケーブルのネットワークとして空間化しており、日本のメディアアート特有の「物質的ハッキング」の系譜を色濃く反映している55

8. 結論:メディウムとしてのゲームの成熟と未来像

本報告書で追跡したように、メディアアートにおける「ゲーム」の系譜は、娯楽産業への単純な反発から始まり、現在では世界の複雑性をシミュレートし批評するための最も精緻なインフラストラクチャへと成長を遂げている。
初期のアヴァンギャルドによる「遊び」の転覆的価値の再発見は、フラナガンらの「クリティカル・プレイ」として理論化された。そして1990年代後半から2000年代にかけて、シュライナーの「ルーディック・ミューテーション」や、ギャロウェイの「カウンターゲーミング」理論に裏打ちされたJODIやアーカンジェルらのモッディング実践により、ゲームは「プレイするもの」から「アルゴリズムの暴走を観想するもの」へと解体された。
その後、シュタイエルの『Factory of the Sun』が監視資本主義における人間の身体の搾取をマシニマを通じて告発したように、ゲームアートは現実の政治的・経済的構造と深く結びついていった。そして現在、チェン、レック、トリアンタフィリディスらが実践する「ワールドビルディング」は、商業ゲームの破壊から一歩進み、ゲームエンジン自体を新たな現実、新たなイデオロギー、そして人間中心主義を脱却したポスト・ヒューマンの生態系を構築するための創造的メディウムとして駆使している。
かつてロジャー・イーバートが投げかけた「ゲームにはルールと勝敗があるため芸術になり得ない」という批判は、逆説的にアーティストたちに「ゲームからルールと勝敗を剥ぎ取り、その深層にある計算機的・資本主義的構造を露わにする」あるいは「全く新しいルールに基づく別の世界を構築する」という強烈な芸術的動機を与えたと言える。今日において、ビデオゲームおよびその基盤技術であるゲームエンジンは、単なるデジタルエンターテインメントの枠をはるかに越え、21世紀における私たちの存在論的状況を映し出す、最も強力で包括的な芸術メディアとして成熟したと結論づけられる。

引用文献

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