カウンターゲーミングとは、メディア理論家アレクサンダー・ギャロウェイが『Gaming: Essays on Algorithmic Culture』(2006年)で提唱した概念で、ゲームをアルゴリズム的な機械として捉え、そのルールやメカニクスを政治的に組み替えてプレイヤーの期待を破壊するアヴァンギャルドな戦略を指す。ギャロウェイによれば、ビデオゲームはプレイヤーを自律した主体に見せかけながら、実際にはアルゴリズムの規則へ従属させる権力を内包している。カウンターゲーミングは、ゲーム本来の目的やルールに沿った「ゲーミック・アクション」を無効化し、システムの機能そのものを転覆させる「ラディカル・アクション」を導入することで、この構造を露わにする。

具体的な戦略は、ゲームの透明性を破壊してインターフェースやコードを前景化すること、現実の物理法則を模倣せず独自の物理を導入すること、勝敗や進行という枠組みを機能させなくすることに向かう。JODI の《Untitled Game》(1998–2001年)は FPS『Quake』を解体し、グラフィックを白黒の抽象的な縞へ還元して、プレイヤーに視覚情報ではなく音だけを頼りに空間を辿らせた。視覚的完全性とインタラクティビティというゲームの二本の柱を同時に壊す実践である。破壊よりも用途変更に重心を置き、既存の機能を設計意図とは別のしかたで作動させる counter-use の発想も同じ地平にある。こうした介入を通じて、ゲームは「プレイするもの」から「アルゴリズムの暴走を観想するもの」へと読み替えられた。