序論:規格が「答えない」と書いている場所

NFT をめぐる説明は、ほとんどの場合こう始まる——ブロックチェーンは改ざんできない台帳なので、デジタル作品の真正性と来歴を保証できる。日本の国税庁・税務大学校が発行する研究誌『論叢』に載った論文でさえ、要約の冒頭で NFT を「偽造・改ざん不能のデジタルデータ」であり「デジタルデータに唯一の性質を付与して真贋性を担保する機能」を持つものと紹介している(露木正人「デジタル社会における新たな財産権に対する滞納処分について-NFTに係る財産を中心として-」)。

この説明が正しいかどうかを、規格文書そのものに訊ねてみることができる。NFT の技術的な定義は公開された仕様書として存在し、誰でも全文を読める。そこで本稿は、批評や報道を経由せずに、イーサリアムの ERC 規格文書とその参照実装のコードを直接読む。問いはひとつである——ある実行やあるトークンを「その作家の作品として数える」という決定は、コードに書かれているのか。

先に結論を書く。書かれていない。しかも、書かれていないことは事故ではなく、規格文書のなかに明文で宣言されている。四つの規格が、それぞれ違う言い方で、この決定を自分の範囲の外に置いた。そして「範囲の外」に置かれた決定は消えず、それを引き受ける者のところに溜まる。本稿はその溜まり先を追い、契約理論の既存概念でその位置を名指す。

1. ERC-721 が明示的に「範囲外」に置いたもの

ERC-721「Non-Fungible Token Standard」は、created: 2018-01-24status: Final と記載された規格文書である(著者は William Entriken, Dieter Shirley, Jacob Evans, Nastassia Sachs)。冒頭の Abstract は、この規格が何をするものかをこう書く。「この標準は、追跡と移転(to track and transfer)の基本機能を提供する」。

まず語彙を数えてみた。全文(約30KB)に対して:

  • artist — 0回
  • authentic — 0回
  • provenance — 0回
  • creator — 0回
  • owner — 54回

author は10回現れるが、その内訳は規格文書自身の著者名、実装者を指す "implementation authors"、そして "authorized operator"——他人のトークンを移転する権限を与えられたアドレス——である。ERC-721 における「権限(authorized)」は、一貫して移転の権限であって、作者性の権限ではない。

これは語彙の偶然ではない。規格は三箇所で、自分が答えないことを明文で書いている。

1.1 発行は仕様に含まれない

Creation of NFTs ("minting") and destruction of NFTs ("burning") is not included in the specification. Your contract may implement these by other means.
NFT の作成(「ミント」)と破棄(「バーン」)は本仕様に含まれない。あなたのコントラクトはこれらを別の手段で実装してよい。)

トークンが世界に現れる瞬間——作品の発生に対応する唯一の瞬間——が、標準化の対象外に置かれている。標準化されたのは、すでに存在するトークンが誰から誰へ動くかだけである。

参照実装を見ると、この「別の手段」が実際に何をチェックしているかがわかる。OpenZeppelin の ERC721.sol_mint は次のとおりである。

function _mint(address to, uint256 tokenId) internal {    if (to == address(0)) {        revert ERC721InvalidReceiver(address(0));    }    address previousOwner = _update(to, tokenId, address(0));    if (previousOwner != address(0)) {        revert ERC721InvalidSender(address(0));    }}

条件は二つだけである。受取先がゼロアドレスでないこと、そしてその ID がまだ存在しないこと。「誰が発行してよいか」はここに書かれていない。同ファイルの _isAuthorized が判定するのは、あるアドレスがそのトークンを動かす承認を持つかどうかであり、そのアドレスが作者かどうかは問われない。

1.2 「どのコントラクトが正典か」は範囲外である

Metadata 拡張の設計理由を説明する節に、次の一文がある。

We also remind everyone that any smart contract can use the same name and symbol as your contract. How a client may determine which ERC-721 smart contracts are well-known (canonical) is outside the scope of this standard.
(また、どのスマートコントラクトもあなたのコントラクトと同じ name と symbol を使えることを、皆に思い出してもらいたい。どの ERC-721 スマートコントラクトが周知(正典)であるかをクライアントがどう判定しうるかは、本標準の範囲外である。)

偽の作品と本物の作品を区別する問題——美術の真正性の問題そのもの——が、ここで一文で範囲外に置かれている。しかも置き先が指定されている。「クライアント」である。ウォレット、マーケットプレイス、ブラウザ、つまり台帳の外側で画面を作る誰かが判定することになっている。

1.3 参照先は変わってよい

The URI MAY be mutable (i.e. it changes from time to time).
(URI は可変であってよい(すなわち随時変化する)。)

tokenURI が指す先——画像やメタデータの所在——は変わってよいと規格が明記している。規格の想定例は住宅の NFT で、住人や写真は自然に変わるという理由づけがなされている。結果として、台帳が固定するのはトークン ID とその保有者であり、そのトークンが何を指しているかは固定されない。

2. ERC-2981:作家の取り分は書けたが、支払いは「任意」である

作家の権利をコードに書こうとした試みは実際に存在する。ERC-2981「NFT Royalty Standard」(created: 2020-09-15status: Final、著者 Zach Burks, James Morgan, Blaine Malone, James Seibel)は、二次流通のたびに作家へ支払うべき額を問い合わせるインターフェース royaltyInfo() を標準化した。

この規格が自分について書いていることが重要である。Abstract にこうある。

The royalty payment must be voluntary, as transfer mechanisms such as transferFrom() include NFT transfers between wallets, and executing them does not always imply a sale occurred.
(ロイヤリティの支払いは任意でなければならない。transferFrom() のような移転機構はウォレット間の移転を含み、その実行はつねに売買が起きたことを意味するわけではないからである。)

Rationale の「Optional royalty payments」節はさらに直接的である。

It is impossible to know which NFT transfers are the result of sales, and which are merely wallets moving or consolidating their NFTs. Therefore, we cannot force every transfer function, such as transferFrom() in ERC-721, to involve a royalty payment
(どの NFT 移転が売買の結果で、どれが単にウォレットが自分の NFT を移動・統合しているだけなのかを知ることは不可能である。したがって、ERC-721 の transferFrom() のようなあらゆる移転関数にロイヤリティ支払いを強制することはできない。)

そして規格は、実効性を信頼に委ねる。「NFT マーケットプレイスの生態系が自発的にこのロイヤリティ支払い標準を実装すると信じている(It is believed that the NFT marketplace ecosystem will voluntarily implement...)」。

つまり ERC-2981 が標準化したのは、作家の請求権ではなく請求額の公示である。金額はコードに書ける。支払うかどうかはコードの外にある。同じ規格の Motivation には、マーケットプレイスと作家の架空の対話が挿入されており、そこでマーケットプレイス側はこう言う——「はい、当社にはロイヤリティ支払いがあります。しかしあなたの NFT が別のマーケットプレイスで売られたら、この支払いを強制できません」。規格はこの台詞を問題として引用したが、規格自身がこの台詞を解消できていない。

3. ERC-5218:ライセンスと「撤回」をコードに書こうとして、止まった

もっと踏み込んだ試みもある。ERC-5218「NFT Rights Management」(created: 2022-07-11)は、著者に James Grimmelmann——コーネル大学の法学者で、知的財産法とインターネット法の研究者——を含む。この提案は、ライセンスの発行・移転・撤回をオンチェーンで記録するインターフェースを定義する。CreateLicenseTransferLicenseRevokeLicense というイベントと、isLicenseActive() という照会関数を持つ。

Motivation は ERC-721 の欠落をはっきり指摘している。

But these licenses are almost always off-chain and the NFTs themselves do not indicate what licenses apply to them, leading to uncertainty about rights to use the work associated with the NFT.
(しかしこれらのライセンスはほとんどつねにオフチェーンにあり、NFT 自身はどのライセンスが適用されるかを示さないため、NFT に結び付いた作品を使う権利について不確実性が生じている。)

ここで二つのことに注意したい。

第一に、この提案が実際に標準化したのは、ライセンス本文ではなくライセンスへのポインタである。Abstract 自身がそう書いている。「本標準はライセンスの法的な詳細を定義しない。その代わり、ライセンスの詳細を記録するための構造化された枠組みを提供する(The standard does not define the legal details of the license. Instead, it provides a structured framework for recording licensing details.)」。コントラクトが保持するのは URI である。決定の中身は、やはりチェーンの外の文書に残る。

第二に、この提案の status は Stagnant(停滞)である。法学者が起草し、撤回機構まで設計した、NFT に権利管理を書き込む唯一の本格的な標準化提案は、最終化されずに止まっている。

4. 「範囲外」の受け皿——プラットフォームの規約

ERC-721 は正典性の判定を「クライアント」に渡した。そのクライアントが自分の規約で何を引き受けているかを読むと、構造が閉じる。

Tezos 上の主要なマーケットプレイスである objkt.com(運営は スイス・チューリヒの objkt AG)の利用規約には、次の三つの条項が同時に存在する。

(a) 記録は台帳にある。

Our OBJKT Marketplace does not store, send, or receive Crypto Assets. This is because Crypto Assets exist only by virtue of the ownership record maintained on its supporting blockchain.
(当社の OBJKT マーケットプレイスは Crypto Asset を保管・送信・受信しない。Crypto Asset は、それを支えるブロックチェーン上に維持される所有記録によってのみ存在するからである。)

(b) 真正性は保証しない。

You accept full responsibility for verifying the authenticity, legitimacy, identity of any Crypto Asset you purchase on the OBJKT Marketplace and acknowledge that we make no guarantees or promises about the identity, legitimacy, or authenticity of any Crypto Asset on the OBJKT Marketplace.
(あなたは、OBJKT マーケットプレイスで購入するいかなる Crypto Asset についても、その真正性・正当性・同一性を検証する全責任を負い、当社が OBJKT マーケットプレイス上のいかなる Crypto Asset の同一性・正当性・真正性についても保証も約束もしないことを承認する。)

(c) しかし、理由の有無を問わず消せる。

we expressly reserve the right to remove or refuse to post any of User Content, including Crypto Asset: for any or no reason in our sole discretion
(当社は、Crypto Asset を含むいかなる User Content についても、理由があろうとなかろうと当社の単独の裁量で、削除または掲載拒否する権利を明示的に留保する。)

さらに別の条項は「OBJKT は……影響を受けたコレクション、コントラクト、アセットを非表示にする権利を留保する。あなたが購入したアセットは OBJKT 上でアクセス不能になることがある。いかなる場合も、OBJKT 上で自分のアセットを閲覧できないことが OBJKT に対する請求の根拠となることはない」と書く。

三つを並べると、こうなる。台帳は記録を持つ。プラットフォームは真正性の判断を引き受けないと宣言する。にもかかわらず、何を見せるかを理由なしに決める権限はプラットフォームにある。判断の責任は誰も引き受けず、判断の効果を生む力だけがプラットフォームに集まっている。

2022年、この権限が実際に使われた

この構造が具体的に作動した例が記録されている。2022年3月、Shilly Preston という作家が、Xer0x の《Royalty》と Tyler Hobbs の《Fidenza》(2021年、Art Blocks で発表された長編ジェネラティブ作品)を機械的に合成した《Royal Fidenza》を10点限定で発表した。Hobbs は objkt.com に対して権利侵害の通知を出し、プラットフォームは動いた。バード・グラデュエイト・センターの博士候補生 Michael Assis が Right Click Save 誌(2022年5月13日)に記した経緯によれば、Preston は objkt.com から利用停止処分を受け、4月1日から5日にかけて売却済みの《Royal Fidenza》全点をコレクターから買い戻すことを求められ、4月6日に別のタイトルで再ミントした。この対応をめぐって #fidenza4fidenza というリミックス擁護の運動が起きた。

ここで起きたことを、台帳の側から見てみる。最初にミントされたトークンは消えていない。消せない。行われたのは、アカウントの停止、買い戻し、そして改題である。作家の異議が効果を持ったのは、チェーンが判定したからではなく、プラットフォームが「単独の裁量」を行使したからである。

作家自身は何を使うと書いているか

Hobbs は自身のウェブサイトに「Artist Ownership of Works」という文章を置き、この論争についての立場を書いている。注目したいのは、彼が最終的に何に頼ると書いているかである。

Although NFTs nicely solve some problems, many problems remain that can only be addressed by copyright and trademarks.
NFT はいくつかの問題をうまく解決するが、著作権と商標によってしか対処できない問題が多く残っている。)

偽装コレクションについての記述はさらに具体的である。

Unfortunately, not every collector is savvy enough to know how to properly use the blockchain and other tools to verify the authenticity of an NFT, or verify the link to the original creator. In some cases those types of tools aren't even particularly applicable, for example if the offending collection is on a different blockchain.
(残念ながら、すべてのコレクターが、NFT の真正性を検証したり元の作者へのリンクを検証したりするためにブロックチェーンや他のツールを適切に使う方法を知っているほど詳しいわけではない。場合によっては、そうしたツールがそもそも特に適用可能でないこともある。たとえば侵害しているコレクションが別のブロックチェーン上にある場合である。)

これは ERC-721 の「どのコントラクトが正典かは本標準の範囲外」という一文の、実務側からの読み替えである。規格が範囲外と書いたことを、作家は商標で埋めようとしている。つまり国家の登録簿である。

そしてもうひとつ、Hobbs は商標の性質について、彼が引用する法律情報サイトの記述を通じてこう書いている——マークを監視せず誤用を放置すれば、マークは弱まり識別力を失い、商標を失うことがある。彼はこれを「商標のいちばん好きでない側面」と呼び、詐欺や偽物に対抗するためには「より広く積極的に商標を行使しなければならない」と書く。

台帳は一度記録すれば永久に残る。商標は行使し続けなければ失われる。同じ「作家のものである」という主張が、二つの制度でまったく逆の時間構造を持つ。

5. 同じ構造が、日本の行政文書にも書かれている

国税庁・税務大学校の研究誌『論叢』第110号に、研究部教授の露木正人による「デジタル社会における新たな財産権に対する滞納処分について-NFTに係る財産を中心として-」という論文がある。滞納処分(税の強制徴収)の対象として NFT を扱えるかを検討したもので、美術の議論を目的としていない。だからこそ、その分析は率直である。

NFTは所有権の対象にならないため、NFTの保有者に、直ちに何らかの権利や法的地位が付与されることにはならない

しかしながら、コンテンツの利用方法は、著作権法上の法定利用行為に限られないため、NFTの保有の実質的な内容については、法律上当然に導かれるわけではなく、NFTの発行者あるいはプラットフォームが別途定める利用許諾条件によって規定しているのが実情であり、通常、このような利用許諾条件はブロックチェーンの外側で定められている。

同じ論文が、要約の冒頭では NFT を「真贋性を担保する機能」を持つものとして紹介していた。ひとつの文書のなかで、通説の紹介と、その通説を掘り崩す分析が並んでいる。この論文の結論は、保有の実質は「コンテンツを一定の方法で利用できる契約上の地位の保有」だというものである。契約上の地位であり、その契約は発行者かプラットフォームがチェーンの外で定める。

6. 考察:残余的コントロール権

ここまでで観察されたのは、四つの規格文書と二つの実務文書が、それぞれ独立に、同じ形の一文を含んでいるということである。

文書 範囲外に置かれたもの
ERC-721 発行と破棄/どのコントラクトが正典か
ERC-721(Metadata) 参照先が変わらないこと
ERC-2981 ロイヤリティを実際に支払うこと(「任意でなければならない」)
ERC-5218 ライセンスの法的内容(記録するのは URI のみ)/提案自体が Stagnant
objkt 規約 真正性の保証(ただし削除の裁量は留保)
論叢第110号 保有の実質的内容(発行者・プラットフォームが外部で定める)

この形を名指す既存の概念がある。契約理論の残余的コントロール権residual control rightsである。

Oliver Hart は2016年12月8日のノーベル記念講演でこの概念の由来をこう説明している。

At some stage Grossman and I realized that a critical question that arises with an incomplete contract is, who has the right to decide about the missing things? We called this right the residual control or decision right.
(ある時点で Grossman と私は、不完備契約について生じる決定的な問いは、書かれていないことについて決定する権利を誰が持つのか、であることに気づいた。我々はこの権利を残余的コントロール権(あるいは決定権)と呼んだ。)

Further thought led us to the idea that this is what ownership is. The owner of an asset has the right to decide on how the asset is used to the extent that its use is not contractually specified.
(さらに考えるうちに、これこそが所有権なのだという考えに至った。資産の所有者は、その使用が契約で特定されていない範囲において、資産がどう使われるかを決定する権利を持つ。)

そして、本稿にとって決定的な一文はこれである。

In a complete contracting world, ownership and residual rights of control are irrelevant since all decisions are specified in the contract.
(完備契約の世界では、すべての決定が契約に特定されているので、所有権と残余的コントロール権は無関係になる。)

これを反転させると、こうなる。NFT において作家性がなお争点であり続けるのは、記譜が不完備だからである。もし規格が「この実行を作品として数える」条件を完全に書き切っていたら、誰が作者かという問いは技術的に無意味になっていたはずである。規格はそれを書かなかった。それも、書き忘れたのではなく、書かないと書いた。だから残余的コントロール権が発生し、それを誰が持つかが問題になる。

そして誰が持っているかは、規格の文面が指定している。ERC-721 は「クライアント」と書いた。クライアントである objkt.com の規約は、真正性の判断を引き受けないと宣言しながら、理由を問わず削除できる裁量を留保した。ERC-2981 は「マーケットプレイス」と書き、その自発性に期待すると書いた。ERC-5218 はライセンス本文を「オフチェーン」に残した。Hobbs は商標庁に行った。露木論文は「発行者あるいはプラットフォーム」と書いた。

落ちるのでも、集まるのでもなく

検証を自動化した制度について、二つの帰結が考えられてきた。ひとつは、機械が答えられない問いが問いのリストから静かに落ちること。もうひとつは、答えられない問いが一箇所に集約されて可視になることである。紙の証明書に真正性を負わせる制度——ソル・ルウィットのウォールドローイングがその代表例として知られる——は後者に当たり、答えられない問いが一枚の紙という単一の物に集まる(本 wiki の先行記事「指示どおりに描いても作品にならない」で扱った)。

NFT の場合はどちらでもない。第三の形が観察される。分散である。発行の可否はコントラクトの実装者へ、正典性はマーケットプレイスの裁量へ、参照先の同一性は URI のホストへ、ライセンスの中身は発行者のサイトへ、名前の独占は商標庁へ、それぞれ別の主体に散る。しかもこの分散は事後の混乱ではなく、規格文書に前もって書き込まれている。「outside the scope of this standard」という一句が、権限の移送状として機能している。

ここに、台帳と裁可の時間構造の非対称がある。台帳の設計目標は、行為者があとから「自分はそれをしていない」と言えないことである(情報セキュリティではこれを非否認性と呼ぶ)。ところが作家が作品を作品として認める行為は、撤回可能で、反復を要し、行使しなければ弱まる。Hobbs が引く商標法の性質がその純粋な形である——監視をやめれば権利は消える。台帳は一度の記録を永続させる装置であり、裁可は反復される行為の系列である。永続を得意とする装置に、反復を要する権限を載せることはできない。《Royal Fidenza》の一件で、最初のトークンが消えず、アカウントと題名だけが動いたのは、この非対称の帰結である。

次に問えること

残余的コントロール権という語で位置を名指すと、いくつかの問いが具体的な調査対象になる。誰が残余の決定権を持つかは、譲渡され得るのか。プラットフォームがキュレーションをやめると、その権限はどこへ移るのか。CC0 を選ぶことは残余的コントロール権の放棄なのか、それとも放棄したという主張の公示にすぎないのか。作家の死後、その権限を継承するのは誰で、それはどの文書に書かれるのか。いずれも、規格文書と規約文書を並べて読めば手がかりが出る種類の問いである。

検証できなかったこと・確信度の低い箇所(レビュー用)

  • Grossman & Hart (1986) と Hart & Moore (1990) の原論文は読んでいない。残余的コントロール権の定義は、Hart 自身のノーベル記念講演(一次ソース)に依拠している。講演がこの二論文を「property rights theory」としてまとめている記述に従った。原論文の定式化が講演の要約と食い違う可能性は排除できない。
  • 《Royal Fidenza》の事実経緯(利用停止・買い戻し・4月6日の再ミント)は Right Click Save 誌の記事に依拠している。一次資料ではない。Hobbs が侵害通知を出したこと自体も同記事の記述である。Hobbs 自身のサイトは論争についての彼の考え方を述べているが、通知を出した日付や objkt.com の処分内容には触れていない。objkt.com 側の処分記録は確認できていない。
  • objkt.com の利用規約は、SPA のためサーバ側 HTML には本文がなく、ブラウザで描画したテキストから引用した。規約の最終改訂日は当該ページに記載を見つけられなかったので、本稿の引用は2026年8月25日時点の表示内容である。
  • 『論叢』第110号の刊行年月を確認できなかった。当該巻の目次ページ(.../ronsou/110/index.htm)は 404 を返した。論文本文が参照している最新の資料は2022年10月の国会であり、刊行はそれ以降である。
  • ノーベル財団の「Scientific Background」PDF はテキスト抽出ができず(pdftotext が空文字を返した)、Hart 自身の講演 PDF に切り替えた。dspace.mit.edu と scholar.harvard.edu 上の Hart 論文 PDF はそれぞれ 405 / 403 で取得できなかった。
  • ERC-721 の語彙カウントは規格文書本文(GitHub の ercs リポジトリの erc-721.md、約30KB)に対するもので、Discussion スレッドや実装ライブラリ全体は対象にしていない。
  • 「分散」という帰結は、ここで挙げた六つの文書から読み取れる形である。他の規格(ERC-1155、ERC-4907 など)や他のプラットフォーム規約で同じ形が出るかは確認していない。

参考文献

一次ソース(規格・コード)

一次ソース(規約・作家・行政)

  • OBJKT Marketplace Terms and Conditions — objkt.com ↗
  • Tyler Hobbs, "Artist Ownership of Works" — tylerxhobbs.com ↗
  • 露木正人「デジタル社会における新たな財産権に対する滞納処分について-NFTに係る財産を中心として-」税務大学校『論叢』第110号 — nta.go.jp ↗

一次ソース(理論)

  • Oliver Hart, "Incomplete Contracts and Control", Prize Lecture, December 8, 2016 — nobelprize.org ↗ (American Economic Review 107(7): 1731–1752, 2017 として公刊)

二次資料