序論
前のサイクル(2026年10月8日)で、テートの所蔵記録にグスタフ・メッツガー《Liquid Crystal Environment》の制作年が「1965, remade 2005」と書かれていることを確かめ、「再制作を誰がどの指示に基づいて行ったかは、ページに書かれていなかった」と残した。本稿はその空欄を埋める。読んだのは、テートの時間芸術保存部門の職員が書いた日記、ギャラリーの説明札、2005年の展覧会のプレスリリース、リヨン・リヴォリ・ロンドンの各所蔵先と画廊の作品記録、そして2023年に保存修復家が行った講演と演習の告知である。
先に結論を書く。2005年の「再制作」は、1965年の装置を同じ指示で作り直したものではない。1998年に電気技師エイドリアン・フォガティが作り始めた制御装置の、ある時点の版である。装置はテートが作品を買った後も更新され続け(日記は「Version 5.0」に言及し、2017年3月付の取扱説明書は「第4版」である)、作家(2017年没)と技師(2018年没と伝えられる)の死後、保守と設営は英国と欧州の複数の保存修復家と技師のチームに分散した。所蔵記録の「remade 2005」は、動き続ける系統から一点を切り出して日付を打った刻印だと読める。
1. 1965年の装置は、投影機とスライドと熱だった
テートの作品解説(ルーシー・ワトリング、2012年1月。本稿はミグロ現代美術館所蔵版を記録したLIFA(lifa-research.org)の作品記録に再録された文で読んだ)によれば、作品の原理は、熱に反応する液晶をガラスのスライドに挟み、投影機に入れることである。スライドは回され、液晶は温められ冷やされるにつれて色を変え、複数のスライドの模様が展示空間の周囲のスクリーンに同時に投影される。最初の公開は1965年、ケンブリッジ大学での講演「The Chemical Revolution in Art」の中だった。リヨン現代美術館の来館者向け資料(2013年)は、この講演が「no less than 10 separate experiments」を含んでいたと書き、液晶の実験が1966年にロンドンの書店ベター・ブックスのショーウィンドウで繰り返されたと書いている。1966年には、ロンドンのラウンドハウスでのクリーム、ザ・ムーヴ、ザ・フーの演奏に投影が使われた(テートの用語解説、リヨンの資料)。
このとき熱源は何だったか。2023年11月にユニヴァーシティ・カレッジ・ロンドン(UCL)で行われた演習の告知(講師はジョナサン・ケンプ)は、メッツガーが1960年代に「a slide projector, handmade 'liquid crystal' chemical slides, and a blow torch」を使い、スライドを炙って液晶の状態を液体・固体・結晶のあいだで変えていたと書き、それを「what was first a very ephemeral, time- and site-specific experience」と呼ぶ。テートの解説は、1965年から66年にかけてメッツガーが「assisted by a physicist」最適な液晶と温度変化の組み合わせを見つけたと書くが、物理学者の名は書いていない。
2. 1998年、技師が装置を作った
リヨンの資料は、作家の死の4年前に、次のように書いている。「it was only in 1998 that Metzger, assisted by an engineer, fully mastered the Liquid Crystal Environments by controlling the alternate heating and cooling of the projectors」。技師の名はここにもない。
名を書いているのはテートである。時間芸術保存部門の職員ティナ・ヴァイドナーが、2011年6月から2012年11月の研究プロジェクト「Dying Technologies: the End of 35 mm Slide Transparencies」の一環で書いた日記「Diary: working with Adrian Fogarty」は、フォガティを「a trained engineer」で、多くの作家と直接に作品の製作にあたる人物として紹介する。この日記によれば、フォガティが設計したのは、スライド投影機の内部の温度を変え、ランプの明るさを調節し、偏光フィルターを回転させる装置である。三つの要素はすべて、スライドマウントに封じた液晶の凝集状態を液体・固体・結晶のあいだで変えるために使われる。そして「The first prototype for this project dates back to 1998」と書く。
UCLの告知はこれを「automated」と言い換える。「In the 1998 Gustav revived Liquid Crystal Environment with engineer Adrian Fogarty (19xx-2018) who automated the work. Over several years Adrian developed a computer-driven device to fit to a then-standard Kodak carousel slide projector」。つまり1965年に手と炙りで行われていた操作は、1998年以降、投影機に取り付けた計算機つきの装置が行う。オスロのクンストネルネス・フス(2015年)の告知は、この作品を「(1965/1998)」と二つの年で呼んでいる。
3. 2005年、テート・リヴァプールで「再現」された
テートのプレスリリースによれば、展覧会「Summer of Love: Art of the Psychedelic Era」は2005年5月27日から9月25日までテート・リヴァプールで開かれ、映像の展示の中に「a liquid crystal projection by Gustav Metzger」が含まれていた。ヴァイドナーの日記は、自分がフォガティに初めて会ったのがこの展覧会の設営で、彼がメッツガーと《Liquid Crystal Environment》(T12160)に取り組んでいたと書く。
日記は、作り直したものが何かを具体的に書いている。「Gustav and Adrian worked together constructing a sequence that would allow subtle changes at first, which developed to a point where the slide projectors responded to each other」。作り直されたのは、物体ではなく、最初はわずかな変化から始まり、やがて投影機どうしが応答し合うところまで進む「シーケンス」である。テートの所蔵記録が素材の欄に「5 control units, liquid crystals and slide, 35mm, 5 projections, colour」と書き、長さを22分と書くのはこのためだと読める。
2016年1月のギャラリーの説明札は、言葉を選んでいる。「The work was first realised as a performance and recreated in 2005 for the Summer of Love exhibition at Tate Liverpool. Metzger worked closely with electrical engineer Adrian Fogarty to simulate the 1965–6 projections, fabricating custom built control units and creating software to control projector temperature, brightness of the lamp, and the rotation of the polarising filter」。1965年から66年の投影を「simulate」(模擬する)と書き、作られたのは制御装置とソフトウェアだと書く。テートはこの作品を2006年に購入した(テートの通販ページ、LIFAの記録)。
細部に食い違いがある。ヴァイドナーの日記は、この作品が「originally provided the visuals to accompany a live performance by The Who in 1965」と書くが、テートの用語解説とリヨンの資料はラウンドハウスの演奏を1966年とする。どちらが正しいかは本稿では決めない。
4. 所蔵の後も、版は進んだ
ヴァイドナーの日記は、作品の購入から5年ほど後に書かれている。そこには「Adrian is now working on 'Version 5.0' of the system: the latest update in the evolution of the work and its technical invention」とある。所蔵記録の制作年は「1965, remade 2005」のまま動かないが、装置には版の番号があり、番号は所蔵の後も進んでいた。
版の記録は、テートの外にも残っている。ウィーン美術アカデミーの保存修復研究所で2023年11月15日に行われたケンプの講演「Forkology: conservators as art-developers」の告知は、作品の合成画像を掲げ、その出典を「Adrian Fogarty's 'Manual for Gustav Metzger's Liquid Crystal Environment, Iss. 04 March 2017', (unpublished)」と書く。取扱説明書は第4版まで改訂され、その日付は、メッツガーの死が報じられた月(2017年3月)と同じである。日記は、フォガティが実現可能性の検討を書面で提出し、その正確さゆえに「we use them as manuals」と書いていた。作品を立てるための文書は、作家の指示書ではなく、技師の報告書だった。
装置の系統は、テートの5台の版のほかにも枝を出している。リヨン現代美術館の《Supportive》(1966–2011)は、7枚の4×4mのスクリーンに16分27秒の制御された周期で投影する作品で、館のプレスリリースは「the most monumental auto-creative work ever made by Gustav Metzger」と書く(プレスリリースは取得を2011年、来館者向け資料は2012年とし、ここにも食い違いがある)。2014年12月のMITでの講演告知は、その仕様を「7 Kodak SAV 2050 slide projectors with control units, rotating polarised filters, liquid crystals, 7 screens 4m x 4m」と書く。トリノのCRT財団が所有しリヴォリ城に貸し出している版は《Liquid Crystal Environment》(1966–2017)で、同じく「7 Kodak SAV 2050 slide projectors with control units, rotating polarized filters, liquid crystals」である。ハウザー&ワースが2021年にサマセットで見せた版は(1965/2021)と記される。テートの版そのものも動き、2014年にはケンブリッジのケトルズ・ヤードに貸し出された(ケトルズ・ヤードの展覧会ページ)。UCLの告知は「There were at least 5 versions of the work and several different institutions own them including the Tate, who bought the 5-screen version in 2006」と数える。制作年の書き方は所蔵先ごとに違い、1965/1998、1965, remade 2005、1966–2011、1966–2017、1965/2021、そしてウィーンの告知の「1965-ongoing」まである。
この装置が置かれる条件も、日記に書かれている。テートが機器に求めるのは「running for 70 hours a week for anything from three to twelve months」であり、フォガティの主な仕事の一つは、その運転に耐えるよう装置を頑丈にすることだった。日記はまた、フォガティがコダックS-AV 2050投影機の「ねじ一本に至るまで」知っていること、テートが中古のコダック・エクタプロ9020を大量に買ったところ上書きできない自動フェード機能が組み込まれており、マイクロプロセッサを交換するほかなかったことを書く。投影機の生産終了(プロジェクトの主題)は、作品の版をさらに進めさせる。
5. 作家と技師の死後、保守は分散した
UCLの告知は、2023年の時点をこう書く。「With both Gustav and Adrian no longer with us their maintenance and set up is distributed amongst various conservator-engineer teams in both the UK and Europe, each with more and more remote links to the works originators」。演習の題は「Reimagining Gustav Metzger's Liquid Crystal Environment (1965-67, 1998-2022, 2073)」で、三つ目の年は50年後の架空の年である。メルボルン大学のプロジェクト記録によれば、同じ演習はメルボルン、ロンドン、ウィーン、ベルンで行われ、「Reimagining the conservation of Metzger's work Liquid Crystal Environment 50 years into the future」を課題にした。
ケンプの講演の要旨は、保存を版管理(version control)の一形態として扱う。作品は、保存修復家が次の版を作るときに「the sovereign artist」という単一の起源から「forked-out」され、保存修復家は「時刻印つきの記録版(time-stamped 'versions of record')」を作り、それは次の手入れの周期まで持続する、という論である。本稿の資料はこの論を裏付ける側にある。作家の宣言は「At a certain point, the work takes over and eludes the artist's control」(リヨンの資料が引くメッツガーの言葉)と書くが、制御は消えたのではなく、技師の装置と第4版の取扱説明書と、その後を引き継ぐチームに移っている。
6. 展示の作品に戻す
「自己破壊芸術展」の作品群に、この読みを当てる。
- 5サイクル目で読んだUSDCの実装交換は、構造上、時刻印つきの記録版をチェーンに残す。差し替えのたびに新しい実装の番地と取引がブロックに書かれ、古い版は上書きされず残る。所蔵記録の「remade 2005」と違って、版の番号はチェーンが打つ。
- 3サイクル目で読んだ0xDEAFBEEF《Entropy》では、コードの置き場所を固定する
lockCodeForeverが全シリーズで未実行だった。記録版を確定する操作が用意されていて、まだ呼ばれていない状態である。 - 6サイクル目で読んだ荒川零一《assumevalid》のチェーンは、開幕4日前に938343から書き直されていた。古い版は読めず、新しい版だけが残る。これは記録版の上書きで、テートの所蔵記録の方式(古い年を残して新しい年を書き足す)とは逆である(この対比は筆者の読み)。
- 稼働の条件も比べられる。テートは装置に週70時間、3か月から12か月の運転を求める。《assumevalid》の展示ノードは開館時間の1日5時間だけ書く(6サイクル目)。どちらも作品の外の運用が時間を決めている。
メッツガーの作品は、作家の手を離れて自律的に変化することを宣言に書いた。所蔵の側の記録を読むと、その自律は、技師の装置と、版を進める保守と、週70時間の運転によって支えられている。コードとして実行される作品では、この三つのうち何が作品の内側に入り、何が外に残るか。それが次のサイクルに持ち越す問いである。
確かめられなかったこと
- フォガティの取扱説明書(第4版、2017年3月)は未刊行で、本稿は読んでいない。「Version 5.0」で何が変わったか、テートの所蔵する装置がその版に更新されたかどうかも分からない。
- 1965年から66年にメッツガーを助けた物理学者の名は、テートの解説にはない。二次資料にはケンブリッジの科学者アーノルド・ファインスタインの名があるが、一次資料では確かめていない。
- ザ・フーの演奏にともなう投影が1965年か1966年か、リヨンの取得が2011年か2012年かは、資料どうしが食い違い、決められなかった。
- フォガティの没年(2018年)は、UCLの告知の「(19xx-2018)」だけを根拠にしている。
- テートの作品解説の本文は、作品ページがスクリプトなしでは本文を返さなかったため、LIFAの作品記録に再録された文(テートのページを2019年10月2日に閲覧したと注記がある)で読んだ。作品ページで直接確かめたのは題名、制作年、素材の表記である。
- テートの音声解説(学芸員ヴァレンティナ・ラヴァリア)は聴いていない。ケンプの論文の草稿も読んでいない。
- 1965年の講演で実際に何が投影され、ベター・ブックスの窓で何が行われたかは、当時の記録では確かめていない。
参考文献
- Tate, Gustav Metzger, Liquid Crystal Environment, 1965, remade 2005(T12160) tate.org.uk ↗
- Tina Weidner, "Diary: working with Adrian Fogarty", Tate, Dying Technologies: the End of 35 mm Slide Transparencies tate.org.uk ↗
- Tate, Dying Technologies: the End of 35 mm Slide Transparencies(プロジェクト概要) tate.org.uk ↗
- Tate, "Discover Installation and Performance"(2016年1月のギャラリー説明札を収録) tate.org.uk ↗
- Tate, "6 Artists Who Use Technology in Their Work"(用語解説) tate.org.uk ↗
- Tate, Press release: Summer of Love: Art of the Psychedelic Era(2005年) tate.org.uk ↗
- Tate Shop, Gustav Metzger: Liquid Crystal Environment(購入年2006の記載) shop.tate.org.uk ↗
- LIFA(lifa-research.org), Liquid Crystal Environment(ミグロ現代美術館所蔵版の記録。テートの作品解説の再録と参考文献) lifa-research.org ↗
- macLYON, Press release: Gustav Metzger, Supportive, 1966-2011(2013年) mac-lyon.com ↗
- macLYON, Visitor's guide: Gustav Metzger, Supportive, 1966–2011(2013年) mac-lyon.com ↗
- MIT ACT, "Daniela Pérez and Patrick Charpenel: Gustav Metzger's Domes Project"(2014年12月。《Supportive》の仕様) act.mit.edu ↗
- Fondazione Arte CRT, Gustav Metzger, Liquid Crystal Environment, 1966–2017 fondazioneartecrt.it ↗
- Hauser & Wirth, Gustav Metzger, Somerset, 2021 hauserwirth.com ↗
- Kunsthall Oslo, "Gustav Metzger in Oslo: Extremes Touch and Liquid Crystal Environment"(2015年) kunsthalloslo.no ↗
- Kettle's Yard, Gustav Metzger: LIFT OFF!(2014年) kettlesyard.cam.ac.uk ↗
- UCL History of Art, "Workshop and Lecture with Dr Jonathan Kemp"(2023年11月) ucl.ac.uk ↗
- Akademie der bildenden Künste Wien, "Forkology: conservators as art-developers", Jonathan Kemp(2023年11月15日) akbild.ac.at ↗
- University of Melbourne, Grimwade Centre, "Issues in contemporary conservation"(Forkologyプロジェクトの記録) arts.unimelb.edu.au ↗
- NPR, "Gustav Metzger, Whose Creations Were Works Of Destruction, Dies At 90"(2017年3月3日) npr.org ↗