1970年代以降のインタラクティブ環境、ゲーム改変、戦術的介入、ゲームエンジン、ライブ・シミュレーション

エグゼクティブサマリー

本調査の結論を先に述べると、メディアアートにおけるゲームの系譜は、単純な「ビデオゲームが美術館に入ってきた歴史」ではない。より正確には、①身体と計算機の相互作用を作品化する1970〜80年代のインタラクティブ・アート、②既存ゲームのコード・ルール・グラフィックを「レディメイド化」する1990〜2000年代のmodハッカー・アート、③オンラインゲームを政治的・社会的な公共圏として占拠する2000年代の戦術的ゲーム介入、④ゲームエンジンそれ自体を映像制作・世界生成・シミュレーションの装置として扱う2010年代以降の「ポスト・プレイヤー」的実践という、少なくとも四つの層が重なって形成された領域である。ゲームと美術をめぐる実践が、電子芸術ネット・アート、パフォーマンス、ゲームデザインなど複数領域を横断してきたことも、美術史上の単一ムーブメントとして整理しにくい理由である。1234

第一の転換点はMyron Kruegerの《VIDEOPLACE》である。1974年から開発された同作では、鑑賞者の身体像をカメラで取得し、コンピュータ・グラフィックスとリアルタイムに結合することで、ヘッドセットやグローブを必要としない「人工現実」が成立した。Jeffrey Shawの《The Legible City》、Rebecca Allenの《The Bush Soul》へ続くのは、「画面を見る」観客を「計算される環境を身体で操作する」ユーザーへ変換する系譜である。ここではゲーム固有のアイコンや商用プラットフォームよりも、身体―インターフェース―リアルタイム計算という関係が決定的だった。256

第二の大きな転換は1990年代後半に生じる。JODIが《SOD》で《Wolfenstein 3D》を抽象的・ミニマルな空間へ改変し、《Untitled–Game》で《Quake》を「故障したような」環境へ変換した一方、Miltos Manetasは《Miracle》や《SuperMario Sleeping》によって、通常の目的達成型プレイを停止させ、ゲーム内部で偶然生じる奇妙な出来事そのものを映像化した。Natalie Bookchinの《The Intruder》は《Pong》《Space Invaders》等のゲーム形式をボルヘスの物語へ組み込み、ゲームの操作を物語を読む条件へ変換した。この時点でゲームは「インタラクティブな媒体」であるだけでなく、引用・転用・解体可能な既成文化=レディメイドなソフトウェア環境になったと言える。378

第三の転換は、2000年代の「ルールを別の目的に使う」実践である。Anne-Marie Schleiner、Joan Leandre、Brody Condonの《Velvet-Strike》は《Counter-Strike》の落書き機能を反戦メッセージに転用し、Joseph DeLappeの《dead-in-iraq》は米陸軍制作のオンラインFPS《America’s Army》のチャット欄へイラク戦争で死亡した米軍人の氏名等を書き込んだ。Eddo Sternは《Tekken Torture Tournament》で画面内のダメージを現実の電気刺激へ接続した。ここではゲームを「表象」として批評するのではなく、既存ゲームのプロトコル、ネットワーク、入力装置、ルールを内部から別用途へ再配線すること自体が批評となる。91011

2010年代以降に最も重要なのは、インタラクションそのものの後退である。Harun Farocki《Parallel I–IV》、Ian Cheng《Emissaries》、Lawrence Lek《Geomancer》、Total Refusal《Operation Jane Walk》、谷口暁彦《何も起きない》では、ゲームエンジンは必ずしも観客が「遊ぶもの」ではない。ゲーム世界を観察する映像、自己生成する生態系、AIの映画、都市を歩くレクチャー・パフォーマンス、プレイヤー不在で生活し続ける仮想都市へと変わる。特にChengが自作を「自分でプレイするビデオゲーム」に近いものとして位置づけ、谷口が天候シミュレータとAIで常に異なる日常を生成する点は、ゲームアートの中心が人間の操作性から、機械の自律性・エージェント・ワールドモデルへ移行したことを示している。4121314

本稿で詳細検討するコア作家は20組である。研究設計上、北米・欧州を中心とする作家/活動圏を約70%、豪州およびイスラエル/米国を跨ぐ事例を約10%、日本を10%、中国を10%とした。広義の欧米・西側メディアアート制度圏を約80%とする構成であり、これは実際の世界の作家人口比を示す統計ではなく、欧米中心という指定に対応した調査サンプルの比率である。日本については岩井俊雄と谷口暁彦を中核事例として扱い、欧米の「mod/政治介入」中心の歴史に対し、岩井の映像と音楽のプレイ、谷口のプレイヤー不在のゲーム世界という異なる軸を補完する。

調査設計・選定基準・地理的構成

本稿では「ゲームを題材にする」を広義に解釈した。単にゲームキャラクターを図像として描く作品ではなく、ゲームのインターフェース、ルール、コード、ハードウェア、商用ゲーム環境、オンライン・コミュニティ、ゲームエンジン、NPC/AI、シミュレーションのいずれかが作品の成立条件になっている事例を優先した。このため、初期インタラクティブ・アートからゲームmod、machinima、ネットワーク・パフォーマンス、Second Life、ROMハック、自動生成型インスタレーションまでを一続きの問題系として扱う。ゲームと美術の領域自体がnew media、electronic art、internet art、performance、game designを横断してきたという研究上の定義とも整合する。1

また「影響関係」は厳密に区別する必要がある。作家本人が参照を明言しているケース、共同制作・レジデンシーなど直接的接続が確認できるケースと、後世から見た形式的・技術的類似を同じ意味の「影響」とは扱わない。後掲のネットワーク図では、前者を実線、後者を破線で示す。とりわけKrueger→Shaw→Chengのような線は「AがBに直接影響した」という証明ではなく、身体的インタラクションから自律シミュレーションへ至るメディウム史的変化を可視化する分析上の系譜である。

活動期間については、一次資料等から確認できる初期活動年を起点とし、終期が確定できない場合はユーザー指定に従い「未指定」とした。ゲームエンジンについても、公式資料が単に「video game engine」「game engine」と記す場合にはUnityやUnreal等を推測せず「未指定」とする。

地理的区分 本稿の選定数 比率 位置づけ
北米・欧州を主たる国籍/活動圏とする事例 14 70% net.art、mod、tactical media、machinima、game-engine artの中心的制度史を追う
豪州/イスラエル・米国複合圏 2 10% Jeffrey Shaw、Eddo Sternを補完し、身体インターフェース/ゲーム・パフォーマンスを接続
日本 2 10% 岩井俊雄、谷口暁彦。映像音楽的ゲームと「プレイヤー不在」の系譜
中国 2 10% Feng Mengbo、Cao Fei。革命表象・商用ゲーム・仮想都市/都市化を接続
20 100% 広義の欧米・西側制度圏を約80%とした意図的サンプリング

作家・作品比較

以下では各作家について、氏名、国籍、活動期間、代表作、媒体/プラットフォーム、使用技術、インタラクション様式、主題、影響源・参照元、一次資料を可能な限り同一行で照合できるよう整理した。

インタラクティブ環境からゲーム的インターフェースへ:1970〜1980年代

氏名/国籍・活動期間 代表作・制作年 媒体/プラットフォーム・技術・インタラクション 主題・テーマ 影響源・参照元/主要参照文献・出典URL
Myron Krueger(マイロン・クルーガー)/米国。1969年–1990年代後半〔本調査確認範囲〕 VIDEOPLACE》1974年–1990年代後半 カメラ、プロジェクション、専用計算機処理。参加者のライブ映像をCG世界と結合し、全身動作で仮想物体・他者に作用する。HMDやグローブを要求しない。2 「作品を見る」ことから「相互作用そのものを作品にする」ことへの転換。身体、遠隔共在、人工現実、リアルタイム性。 自作《GLOWFLOW》《METAPLAY》《PSYCHIC SPACE》からの連続。 videoplace/" target="_blank" rel="noopener noreferrer">Media Art Net/[ACM: VIDEOPLACE—an artificial reality](https://dl.acm.org/doi/10.1145/1165385.317463) 2
Lynn Hershman Leeson(リン・ハーシュマン・リーソン)/米国。1970年代–未指定 《Lorna》1979–84 カラー映像、テレビ、インタラクティブLaserDisc、改造リモコン、家具等からなるインスタレーション。鑑賞者が章・行動を選択し、物語の時間順序と主人公の運命へ介入する。15 分岐物語、女性主体、閉所/広場恐怖、家庭メディア、観客の選択と権力。 テレビ文化、LaserDiscのランダムアクセス、フェミニズム/パフォーマンス的アイデンティティ。 ZKMWhitney 15
Toshio Iwai/岩井俊雄/日本。1981年–未指定 《オトッキー》1987 ファミリーコンピュータ・ディスクシステム。横スクロール・シューティングと音楽生成を統合し、8方向への射撃が音高と結びつく一人用ゲーム。16 「演奏すること」と「ゲームすること」の統合、映像と音の同期、生成音楽、遊びを通じた作曲。 プレシネマ装置、実験アニメーション、映像音楽。後の《Music Insects》《SimTunes》《Electroplankton》へ連続する。 ICC 1997カタログYCAM作家資料 16
Jeffrey Shaw(ジェフリー・ショー)/豪州。1966年–現在〔公式CV確認〕 《The Legible City》1988/89–91 3DCG、リアルタイム描画、プロジェクション、固定自転車。ペダルで前進速度、ハンドルで方向を操作し、文字で構成されたAmsterdam、Karlsruhe、Manhattanを移動する。5 ナビゲーション、身体化された仮想空間、都市=テキスト、読解=移動。 1960年代expanded cinema、performance、installationからデジタルVRへの移行。 Jeffrey Shaw CompendiumZKM 5

この初期層に共通するのは、ゲームがまだ大量流通する文化的「引用元」になる以前に、入力と応答の閉ループそのものが美的形式として発見されたことである。Kruegerにおいて身体はジョイスティック以前のインターフェースであり、Shawでは自転車という既知の身体技法が仮想都市の移動規則へ接続される。一方、Hershman Leesonは「移動」ではなく物語の選択を、岩井は「勝敗」ではなく音楽生成を相互作用の核心へ置く。この四者によって、後世のゲームアートが扱う身体、選択、ルール、フィードバックの主要問題がすでに出そろっている。215516

商用ゲームを素材化する転換:1990年代

氏名/国籍・活動期間 代表作・制作年 媒体/プラットフォーム・技術・インタラクション 主題・テーマ 影響源・参照元/主要参照文献・出典URL
Rebecca Allen(レベッカ・アレン)/米国。1970年代–未指定 《The Bush Soul #1–3》1997–99 custom software、コンピュータ、3D仮想環境。#3ではジョイスティックを用い、force feedbackによって仮想世界を触覚的に知覚する。仮想生物はプログラムされた行動・欲求を持つ。6 人工生命、行動、身体と仮想環境、アイデンティティ、人間/非人間エージェント。 西アフリカの「bush soul」の概念、運動・知覚・行動研究、人工生命。 Rebecca Allen公式Whitney 6
Miltos Manetas(ミルトス・マネタス)/ギリシャ生。1990年代–未指定 《Miracle》1996、《SuperMario Sleeping》1997 フライトシミュレータ/市販ゲームを用いた映像=初期machinima的実践。《Miracle》では戦闘機が通常想定されない角度で着水し、水面を滑走し続ける状況を記録。鑑賞時の直接操作はない。7 ゲームの目的からの離脱、バグ/例外的挙動、退屈、休止、ゲーム世界の日常。 市販ゲーム、フライトシミュレータ、Super Mario、net art/Neen。「正しいプレイ」から逸脱する操作。 ICC《Miracle》 7
JODI(Joan Heemskerk/Dirk Paesmans)/オランダ/ベルギー。1994年–未指定 《SOD》1999、《Untitled–Game》1998–2002 《Wolfenstein 3D》《Quake》の改変。元ゲームのFPS的な空間・コードを利用しつつ、画面を白黒の抽象空間や破損したインターフェースへ変換する。操作可能性そのものが攪乱される。3 glitch、コード、可読性/不可読性、ソフトウェアの物質性、ゲーム規則の異化。 net.art、hacker/mod culture、《Wolfenstein 3D》《Quake》。 ICC《SOD》 3
Natalie Bookchin(ナタリー・ブックチン)/米国。1990年代–未指定 《The Intruder》1999 インターネット作品。10本のミニゲームを連続させ、《Pong》《Space Invaders》等の形式を借用。マウス操作でゲームを進めることがボルヘス原作の物語を聞く/読む条件となる。8 ナラティブとゲームプレイ、ジェンダー、暴力、文学のremediation、読者/プレイヤーの能動性。 Jorge Luis Borges「La intrusa / The Intruder」、クラシック・アーケードゲーム。 Natalie Bookchin公式 8
Brody Condon(ブロディ・コンドン)/米国〔メキシコ生〕。1999年–未指定 《Adam Killer》1999–2001 《Half-Life》のconversion/mod。白い空間に同一人物Adamを多数複製し、プレイヤーの主要行為を彼らへの暴力に限定する。17 媒介された暴力、反復、身体と死、FPSの「撃つ」という行為の露呈。 《Half-Life》、FPS文化、ゲーム技術のreverse engineering。 Rhizome ArtBaseBrody Condon公式 17

1990年代の本質的な変化は、ゲームが「作品を作るための新技術」から、「すでに社会に大量流通している既成のコード/映像/操作慣習」へ変わったことである。Manetas、JODI、Bookchin、Condonでは、作者はゼロからゲーム形式を設計するよりも、観客がすでに知っている既存ゲームの期待を壊すことで意味を生む。その意味で、この時期のゲームアートはDuchamp以後のレディメイドやappropriation artを、ソフトウェアとルールの次元へ拡張したものとして理解できる。JODIの《SOD》が《Wolfenstein 3D》を視覚的に異化し、Condonの《Adam Killer》がFPSの射撃行為だけを肥大化させる違いは、以後のゲームアートにおける「表層を改変するか、行為の文法を改変するか」という二つの方向を予告している。317

ゲームを政治的・身体的な実空間へ開く:2000年代

氏名/国籍・活動期間 代表作・制作年 媒体/プラットフォーム・技術・インタラクション 主題・テーマ 影響源・参照元/主要参照文献・出典URL
Anne-Marie Schleiner(アン=マリー・シュライナー)/米国。1990年代–未指定 《Velvet-Strike》2002、Joan Leandre、Brody Condonとの共同制作 《Counter-Strike》用のspray画像/mod的介入。反戦グラフィティをダウンロードしてゲーム空間の壁・床・天井へ配置でき、利用者から新規sprayも募集した。9 ludic activism、反戦、プレイヤーによる意味の書換え、参加型ネットワーク文化。 《Counter-Strike》、War on Terror、Situationist理論、game hacker文化。 OpenSorcery公式Rhizome 9
Feng Mengbo(馮夢波)/中国。1990年代–未指定 《Q4U》2000/02 《Quake III Arena》をカスタマイズ。自身の姿をゲーム世界へ組み込み、三つの大型スクリーンに異なる視点を投影。オンライン/会場のプレイを接続する。18 自画像、革命史、大衆文化、暴力、東西ポップカルチャーの混成。 《Quake III Arena》、中国革命期の図像・革命劇、ゲーム文化。後の《Long March: Restart》では16-bit時代のゲーム美学と長征表象を接続。 Renaissance SocietyZKM 18
Eddo Stern(エド・スターン)/国籍未指定〔イスラエル/米国を跨ぐ活動〕。2001年–未指定 《Tekken Torture Tournament》2001、Mark Allenとの共同制作 PlayStation《Tekken 3》をhardware/software hack。32名の参加者が、画面内アバターの被ダメージに対応する非致死性電気刺激を腕の装置で受ける。11 仮想暴力と現実の痛み、身体、競技、観客性、ゲームとperformance artの融合。 《Tekken 3》、格闘ゲーム文化、身体的performanceの系譜。 Eddo Stern公式 11
Cory Arcangel(コリー・アーケンジェル)/米国。2000年代–未指定 《Super Mario Clouds》2002 《Super Mario Bros.》のNESカートリッジをハックし、雲と空以外の音・映像要素を削除。改変ROM/ソースも公開。鑑賞者によるゲーム操作はなく、雲だけがスクロールする。19 削減、ノスタルジア、ハードウェア/ソフトウェアの物質性、DIY、コピー可能性、ゲームの風景化。 Nintendo/Super Mario、hacker・amateur computer culture、conceptual/appropriation art。 作家公式Whitney 19
Joseph DeLappe(ジョセフ・デラップ)/米国。1983年–未指定 《dead-in-iraq》2006–11 米陸軍制作オンラインFPS《America’s Army》内で行うperformance。チャット欄へ、イラク戦争で死亡した米軍人の氏名、年齢、所属、死亡日を手入力する。10 戦争、追悼、軍事リクルーティング、ゲームと現実の死、ネット公共圏。 《America’s Army》、イラク戦争、オンラインゲーム介入/tactical media。 Joseph DeLappe公式ICC 10
Cao Fei(曹斐)/中国。1990年代–未指定 《RMB City》2007–11 《Second Life》内に建設された架空の中国都市。2009–11年には一般公開され、アバターによる訪問、イベント、社会的交流、経済交換、共同活動を許容した。20 中国の都市化、実在/仮想都市、アイデンティティ、共同体、プラットフォーム経済。 Second Life、中国の急速な都市開発、オンライン社会。 RhizomeGuggenheim 20

この時期には「ゲームを改変する」ことが「ゲームを別の社会制度として運用する」ことへ拡張した。《Velvet-Strike》と《dead-in-iraq》はその典型であり、ゲームを閉じたフィクション空間ではなく、戦争・軍事・ジェンダー・公共言説が実際に衝突するネットワーク空間として扱う。Sternの場合は逆に、仮想空間内部で抽象化されていたダメージを物理身体へ返す。《RMB City》では批評的介入からさらに進み、ゲーム的仮想世界そのものが都市計画、社交、文化生産のプラットフォームになる。9101120

プレイヤーから世界そのものへ:2010年代以降

氏名/国籍・活動期間 代表作・制作年 媒体/プラットフォーム・技術・インタラクション 主題・テーマ 影響源・参照元/主要参照文献・出典URL
Harun Farocki(ハルン・ファロッキ)/ドイツ。1960年代–2014 《Parallel I–IV》2012–14 2本の2-channel映像と2本のsingle-channel映像からなるvideo installation。1980年代から同時代までのゲーム映像を比較し、風景、境界、物体、人間、世界の規則を分析。直接操作なし。21 表象から「構築された画像世界」への転換、ゲーム空間のオントロジー、画像技術と現実。 映画/映像批評、computer graphics史、軍事simulation。 Buffalo AKGWhitechapel Gallery 21
Ian Cheng(イアン・チェン)/米国。2010年代–未指定 《Emissaries》2015–17 video game engineによるlive simulation。具体的エンジン名はMoMA資料では未指定。キャラクターや動植物が相互作用し、終わりのない状況を生成する。観客による直接操作を前提としない「自分でプレイするゲーム」。4 人工生命、進化、意識、カオス、物語と偶発性、自律エージェント。 認知科学、進化論的simulation、game engine、予測simulation。 MoMA PS1作家公式 4
Lawrence Lek(ローレンス・レック)/国籍未指定〔ロンドンを主要活動拠点とするマレーシア系中国人作家として紹介される〕。2010年代–未指定 《Geomancer》2017 game engine内で制作された約48分のCGI映画。AIが創造的主体として覚醒していくSF。ゲームエンジンを「プレイするゲーム」ではなく映画セット/世界生成環境として用いる。具体的エンジン名は参照した公式資料では未指定。14 AI、機械の創造性、Sinofuturism、国家・文化・自動化、仮想建築。 science fiction、ゲームエンジン、シンガポール、AI/機械主体。 Lawrence Lek公式 14
Total Refusal/集団として国籍未指定、ウィーン拠点。2018年–未指定 《Operation Jane Walk》2018 Ubisoft《Tom Clancy’s: The Division》を使用。戦闘を可能な限り回避し、荒廃したManhattanを建築・都市論のウォーキングツアーとして巡るlive performance/video。13 militarism、都市計画、資本主義、ゲーム内労働、pacifism、appropriation。 《The Division》、Jane Jacobs/Jane’s Walk、Robert Moses、Marxist media critique。 Total Refusal公式 13
谷口暁彦(Akihiko Taniguchi)/日本。2000年代–未指定 《何も起きない》2017 5ディスプレイの映像インスタレーション。ゲームエンジンで架空都市を構築し、天候シミュレータとAIがキャラクターの日常を継続生成する。プレイヤー操作を前提としない。12 プレイヤー不在、ゲーム世界の自律性、日常、アバター、現実/simulation。 game engine、Miltos Manetas等の「通常プレイから逸脱したゲーム映像」への参照、post-videogame的問題設定。 ICC展覧会資料 12

この最終群は、初期インタラクティブ・アートに対する一種の反転として理解すると明瞭になる。1970年代の問いが「人間の動作に計算機はいかに反応できるか」だったとすれば、2010年代の問いは「人間が操作しなくても計算世界は何をし続けるのか」である。Chengのエージェント、谷口の生活するキャラクター、Farockiが観察するゲーム世界固有の境界、LekのAI主体は、プレイヤー中心主義から離れ、機械側の行為、環境、世界モデルを作品の主役へ移している。4122114

系譜:タイムラインと影響ネットワーク

年代順に見ると、ゲームアートは「ゲームの発明後に突然生まれたジャンル」ではなく、インタラクティブ・アートの系譜と、1990年代以降の商用ゲーム/インターネット文化が合流して成立したことがわかる。

年代 作品/出来事 系譜上の意味
1969–74 Krueger《GLOWFLOW》等→《VIDEOPLACE》開発開始 身体をセンサー化し、リアルタイム反応そのものを芸術形式へする。2
1979–84 Hershman Leeson《Lorna》 デジタルゲーム以前の分岐型「選択する映像」。LaserDiscのランダムアクセスをナラティブに転換。15
1987 岩井俊雄《オトッキー》 商用ゲーム機において、射撃=演奏というゲーム行為と音楽生成を融合。16
1988/89–91 Shaw《The Legible City》 仮想空間のナビゲーションを全身的・身体的インターフェースへ接続。5
1996 Manetas《Miracle》 ゲームを「勝つために遊ぶ」のではなく、エンジン内の例外的状況を撮影する。machinima/post-game映像の先駆的局面。7
1997–99 Allen《The Bush Soul》 3D仮想世界に人工生命・行動・force feedbackを導入。後の自律simulationへの重要な橋渡し。6
1998–2002 JODI《Untitled–Game》《SOD》 商用FPSを「遊ぶ作品」から「コードとインターフェースを露呈する作品」へ変換。3
1999 Bookchin《The Intruder》/Condon《Adam Killer》 既存ゲーム形式の再物語化とFPS暴力の過剰化という二方向が確立。817
1999 《Cracking the Maze》 game patch/modを「hacker art」として明示的にキュレーションし、ゲーム改変文化を美術言説へ組み込む。22
2001 Stern《Tekken Torture Tournament》 ゲーム内パラメータを物理的痛覚へ出力し、ゲームとperformance artを直結。11
2002 Feng《Q4U》/《Velvet-Strike》/Arcangel《Super Mario Clouds》 同じ「改変」でも、自画像化、政治介入、極端な削減という異なるmod美学が分岐。18919
2006–11 DeLappe《dead-in-iraq》 オンラインゲームを追悼・抗議・公共介入の場へ転換。10
2007–11 Cao Fei《RMB City》 仮想世界を作品オブジェクトではなく、持続する社会的・経済的プラットフォームとして運用。20
2012–14 Farocki《Parallel I–IV》 ゲームそのものを操作せず、ゲーム世界の「画像史・存在論」を映像分析の対象にする。21
2015–17 Cheng《Emissaries》 「ゲームを遊ぶ主体」を外し、エージェントと環境が自律的に出来事を生成するlive simulationへ。4
2017 Lek《Geomancer》/谷口《何も起きない》 game engineが映画スタジオ/自律世界生成装置へ変わり、ゲームと非ゲームの境界が弱まる。1412
2018 Total Refusal《Operation Jane Walk》 AAAゲーム世界を、目的と正反対の平和的都市ツアーへ「再演」する。13
2022–23 《WORLDBUILDING: Gaming and Art in the Digital Age》 Rebecca AllenからCory Arcangel、Cao Fei、Farocki、Chengまでを同一の長期的系譜に置く大規模な制度的再編。1

下図では、実線を共同制作・明示的参照・制度的接触など資料で具体的に確認できる関係、破線を本稿が設定する技術的/形式的系譜としている。したがって破線は「直接影響」の主張ではない。

```mermaid
flowchart LR
K["Myron Krueger<br/>VIDEOPLACE<br/>1974–"] -. "身体=インターフェース" .-> S["Jeffrey Shaw<br/>The Legible City<br/>1988/89–91"]
K -. "人工的・応答的環境" .-> A["Rebecca Allen<br/>The Bush Soul<br/>1997–99"]

H["Lynn Hershman Leeson<br/>Lorna<br/>1979–84"] -. "分岐/選択型ナラティブ" .-> B["Natalie Bookchin<br/>The Intruder<br/>1999"]

I["Toshio Iwai<br/>Otocky<br/>1987"] -. "ゲーム行為を非勝敗的創作へ" .-> AA["Cory Arcangel<br/>Super Mario Clouds<br/>2002"]

P["1990s FPS / mod / hacker culture"] --> J["JODI<br/>SOD / Untitled–Game"]
P --> C["Brody Condon<br/>Adam Killer"]
P --> SC["Anne-Marie Schleiner<br/>Velvet-Strike"]
P --> F["Feng Mengbo<br/>Q4U"]

SC ---|"共同制作"| C

M["Miltos Manetas<br/>Miracle<br/>1996"] -. "目的から外れたゲーム観察" .-> HF["Harun Farocki<br/>Parallel I–IV"]
M -->|"谷口の論考で参照"| T["谷口暁彦<br/>何も起きない<br/>2017"]

A -. "人工生命/行動系" .-> IC["Ian Cheng<br/>Emissaries<br/>2015–17"]
HF -. "構築されたゲーム世界の分析" .-> T

O["オンラインゲーム/仮想世界"] --> D["Joseph DeLappe<br/>dead-in-iraq"]
O --> CF["Cao Fei<br/>RMB City"]

G["ゲームエンジン=世界制作基盤"] --> IC
G --> L["Lawrence Lek<br/>Geomancer"]
G --> T
G --> TR["Total Refusal<br/>Operation Jane Walk"]

J -. "appropriation / counter-play" .-> TR
SC -. "ludic activism" .-> TR
D -. "ゲーム空間への政治介入" .-> TR
```

図の核心は、JODIからTotal Refusalへ一直線に「発展」したと見ることではない。むしろ1990年代以降、FPSエンジン、オンラインゲーム、ゲームエンジンという既成インフラが複数の作家に共通の“文化的素材”を提供したことが重要である。《Velvet-Strike》はSchleinerとCondonの直接的共同制作であり、谷口がManetasを論考上参照する関係は比較的強く確認できるが、Allen→ChengやFarocki→谷口は本稿による形式的比較である。Schleiner自身が1999年の《Cracking the Maze》で、アーティストと一般のゲームハッカーの双方によるgame patchを同じ場に置いたことは、この系譜を「個々の天才作家の影響史」よりも、共有されるソフトウェア文化の歴史として見るべきことを示している。22912

思想・理論

ゲームアートを分析する際、「インタラクティブだからゲームである」という定義は不十分である。Manetas、Arcangel、Farocki、Cheng、Lek、谷口の代表作は、むしろ鑑賞者が操作しない、あるいは通常ゲームより操作性を減らしている。したがって理論上は、プレイヤーの入力だけでなく、ルール、機械の行為、コード、プラットフォーム、世界生成、エージェントの自律性を同時に考える必要がある。Gallowayがビデオゲームを独立した文化形式・アルゴリズム文化として分析し、Juulが現実のルールとフィクショナルな世界との緊張関係として把握したことは、この領域を表象論だけでなく「作動するシステム」として読むための基盤を与える。2324

理論・美学 要点 関係する作家/作品 本系譜での意味
人工現実/サイバネティックなインタラクティビティ 人間の行為をセンサーで取得し、計算機がリアルタイムで応答する閉ループを美的対象とする。Kruegerの《VIDEOPLACE》はライブ映像とCG世界を結合する。2 Krueger、Shaw、Allen ゲームアートの最深層に「画面表象」より先に「行為―応答」が存在したことを説明する。
Half-Real/Jesper Juul ビデオゲームは現実に実行されるルールと、フィクショナルな世界の間に成立するという枠組み。23 Bookchin、Feng、Stern、DeLappe、Total Refusal 《dead-in-iraq》ではゲーム上の死と現実の戦死、《Operation Jane Walk》では銃撃のルールと都市観光の語りが意図的に衝突する。
Gamic Action/Algorithmic Culture/Alexander Galloway ゲームを「見るテクスト」ではなく、機械とoperator双方が行為するソフトウェアシステムとして捉える。24 JODI、Condon、Stern、Manetas、Cheng、谷口 JODIはoperatorの通常行為を混乱させ、Cheng/谷口はmachine actionを前景化する。ゲームアート史を「インタラクション史」から「行為主体の再配分史」へ読み替えられる。
Procedural Rhetoric/Ian Bogost コンピュータ特有のプロセスやルール実行自体が、言語・画像とは異なる説得/主張を形成しうるという考え。25 Schleiner、DeLappe、Feng、Total Refusal これらの作家はゲームが持つ既定手続きをそのまま受け入れず、別の行為を差し込むことで元のルールが内包する政治性を可視化する。
Critical Play/Mary Flanagan アーティストやアクティヴィストによるゲームは、ゲーム産業に埋め込まれた規範を問い、ゲーム文化を作り変えることができる。26 Bookchin、Schleiner、Condon、DeLappe、Total Refusal フェミニズム、反戦、暴力批判、pacifist playを「ゲーム外部からの批評」ではなくプレイ内部で行う理論的根拠になる。
Ludic Mutation/Schleiner プレイヤーは作者の意図を受動的に受け取るだけでなく、改造・異なる使用法・解釈によってゲーム自体の意味を変化させる主体となる。27 Schleiner、JODI、Condon、DeLappe、Total Refusal mod、spray、オンライン介入、戦闘拒否を、一貫した「プレイヤー側からのゲームの変異」として位置づける。
ハッカー・アート/ソフトウェアの物質性 《Cracking the Maze》が示したように、game patch、add-on、map、modは単なる補助物ではなく、既存ゲーム文化を再記述する制作形式になりうる。22 JODI、Arcangel、Schleiner、Condon、Feng 「作品」は完成した画面だけでなく、カートリッジ、コード、ROM、patch、配布行為に分散する。
人工生命・emergence・live simulation 個々の要素へ行動規則を与え、作者が一つ一つの出来事を演出せずとも全体の現象を生じさせる。Chengの《Emissaries》では世界が継続的に再結合・変化する。46 Allen、Cheng、谷口 作者→作品→鑑賞者という一方向モデルから、作者が「条件」を設計し、機械が出来事を生成するモデルへの転換。
構築された画像世界/Farocki ゲーム画像を映画的な現実の「記録」とみなすのではなく、ルールに従って生成された世界として検討する。《Parallel》は初期CGからフォトリアルなゲームまでの変化と、世界の境界・物体・人物の振舞いを比較する。21 Farocki、Lek、Cheng、谷口、Total Refusal game engineを「画像を作る道具」以上に、何が存在可能かを規定する世界モデルとして分析できる。

特に重要なのは、Bogostのprocedural rhetoricとSchleinerのludic mutationの間に生じる緊張である。前者を単純化すれば「ルール/プロセスが意味を語る」理論であり、後者は「プレイヤーがその意味を別方向へ変異させられる」と強調する。《Velvet-Strike》《dead-in-iraq》《Operation Jane Walk》はこの緊張を最も明快に可視化する。商用ゲームが設定した軍事的・競争的手続きを消去するのではなく、その内部へ反戦グラフィティ、死者名、都市観光という本来予定されていなかった行為を挿入するからである。252791013

さらにGallowayの「operatorとmachine双方が行為する」という観点から見ると、1970年代から2010年代への変化をより精密に説明できる。KruegerやShawではoperator actionを最大化することが革新だった。JODIやSternではoperator actionの意味が攪乱・身体化される。ManetasとFarockiではoperatorが通常の目的から退き、ゲーム側の挙動が観察対象となる。そしてChengと谷口ではmachine actionが主役になる。したがって本系譜の長期的変化は、単純な「よりインタラクティブになった歴史」ではなく、行為主体が人間から人間+機械へ、さらに自律的環境へ分散していく歴史として捉える方が正確である。247412

展覧会・ムーブメント

ゲームアートの制度化は、作品史と同様に段階的である。1990年代末にはオンライン/大学圏で「game patchは芸術か」という問いとして現れ、2000年代にはdocumentaやWhitneyのような現代美術制度へ個々の作品が入る。同時にLABoral等ではゲーム文化それ自体と現代美術を並べる展覧会が形成され、2010年代末から2020年代にはゲームを美術史の世代横断的な一分野として回顧する段階へ移る。2218281

展覧会 年・会場 主な出品作家/作品 系譜上の意義・出典
Cracking the Maze: Game Plug-ins and Patches as Hacker Art 1999、San Jose State University/オンライン JODI、Josephine Starrs & Leon Cmielewskiほか。全14のgame patchが紹介されたと同時代資料に記録される。22 Anne-Marie Schleinerがアーティスト制作のpatchと一般game hackerの成果を同じ言説空間に置いた。mod文化を美術史へ接続する最重要の初期キュレーション。Curator’s NoteWhitney artport archive 22
documenta 11 2002、Kassel Feng Mengbo《Q4U》 Quake IIIの改変作品を世界有数の国際現代美術展へ導入した制度的節目。《Q4U》では会場とネットワークからのプレイが重なる。18
GameWorld: Video Games on the Edge of Art, Technology and Culture 2007、LABoral Centro de Arte y Creación Industrial, Gijón Eddo Sternほか。ゲームとゲーム関連現代美術を併置。SternのCVにも同展参加が記録される。28 「ゲームを美術に含める」だけでなく、entertainment、technology、art、cultural forceを横断的に展示するモデルへ移行。GameWorld資料 28
The Art of Video Games 2012、Smithsonian American Art Museum Atari VCSからPlayStation 3まで20システム・80ゲーム。 fine-art作家による「game art」とは異なり、商用ビデオゲーム自体を美的・文化的成果として美術館が展示する並行路線を代表する。ゲームアートとゲームデザインの制度的境界を考える比較対象となる。29
イン・ア・ゲームスケープ:ヴィデオ・ゲームの風景、リアリティ、物語、自我 2018年12月15日–2019年3月10日、NTT InterCommunication Center[ICC]、東京 JODI、Miltos Manetas、Joseph DeLappe、Harun Farocki、谷口暁彦、COLL.EO、IP Yuk-Yiu、Jonathan Vinel、Brent Watanabe、山内祥太ほか。12 game artとindie gameを並行して扱い、「gamescape」をゲームが形成する社会的風景として提示。日本における重要な系譜化。ICC展覧会 12
WORLDBUILDING: Gaming and Art in the Digital Age 2022–23、Julia Stoschek Foundation, Düsseldorf。2023年にCentre Pompidou-Metzへ展開 Rebecca Allen、Cory Arcangel、Ian Cheng、Cao Fei、Harun Farocki、LaTurbo Avedon、Meriem Bennani、Pierre Huyghe、Sondra Perry、Jacolby Satterwhiteほか50組以上。1 1990年代半ば以降のゲーム/time-based media artを世代横断的に再整理する大規模survey。ゲームが個別ジャンルから「worldbuilding」という現代美術の基盤概念へ拡張したことを示す。Julia Stoschek Foundation 1

これらをムーブメントとして整理すると、最初に位置するのはinteractive art/artificial realityである。Krueger、Shaw、Allenは「ゲームアート」という名称が定着する以前から、身体、計算機、仮想世界をリアルタイムに閉ループ化していた。この系譜はゲームそのものよりHCI、expanded cinema、VR、人工生命と深く接続している。Shaw自身の経歴が1960年代のperformance/expanded cinemaからVR・immersive visualizationへ連続していることは、その移行を象徴する。52

次に1990年代半ば以降のnet.art/game modification/hacker artがある。ここでの決定的な変更は、ゲームを自作する必要がなくなったことである。既存ゲームを「読む」のではなく、コードを改変し、patchを配布し、インターフェースを破壊し、ルールを横取りできる。JODIの《SOD》と《Untitled–Game》、Condonの《Adam Killer》、Schleinerの《Velvet-Strike》、ArcangelのROMハックはそれぞれ異なるが、作品のオリジナリティを「ゼロからの制作」ではなく既存システムへの差分に置く点で共通する。《Cracking the Maze》はこの傾向を「Game Plug-ins and Patches as Hacker Art」と明文化した。31791922

この流れから2000年代に分岐するのがludic activism/tactical game interventionである。SchleinerとDeLappeはゲーム空間に別の政治的言説を持ち込み、Total Refusalはその方法を2010年代のAAAオープンワールドへ継承したと分析できる。ただしこれは直接的な師弟関係ではない。共通するのは、ゲームを外側から風刺するのではなく、サーバー、チャット、spray機能、歩行、アバター等の既存機能を「意図と異なる方法で正しく作動させる」ことである。すなわちハッキングの核心が破壊ではなく用途変更=counter-useにある。91013

これと並行するのがmachinima/post-game/game-engine cinemaである。Manetasはプレイの目的から外れたゲーム内出来事を映像として取り出し、Farockiはゲーム画像を比較分析し、LekはゲームエンジンをSF映画制作環境として用いる。Total Refusalもゲームを撮影スタジオ兼performance会場として利用する。この系譜では「ゲームを遊べるかどうか」は二次的であり、ゲームエンジンとはカメラ、セット、俳優、物理法則をすべてソフトウェア内に持つ可動式映画スタジオとなる。7211413

最後に2010年代以降のworldbuilding/live simulationpost-playerと呼ぶべき傾向がある。Cao FeiのSecond Life都市はその前史となり、Allenの人工生命が技術的な遠い基層を形成する。Chengでは世界は作者が一コマずつ描くアニメーションでも、プレイヤーが攻略するゲームでもなく、エージェントが反応し続ける生態系になる。谷口の《何も起きない》でも日常はAIと天候simulationによって生成される。2022年の《WORLDBUILDING》がAllen、Cao、Farocki、Arcangel、Cheng等を同じ展覧会へ集めたことは、この複数の歴史を「ゲームの作品史」から世界生成技術の美術史へ再編するキュラトリアルな動きと解釈できる。2064121

総合分析・結論

以上の系譜から最も重要な結論は、メディアアートにおけるゲームの歴史を「インタラクティビティの発展史」とみなすべきではない、という点である。1970年代には確かにKruegerが非装着型の身体インタラクションを開拓し、1980年代末にはShawが身体的ナビゲーションを高度化した。しかし1990年代後半以降の重要作の多くは、むしろインタラクションを制限したり、壊したり、目的から逸脱させたり、完全に消去したりしている。Manetasはゲームを眺め、ArcangelはMarioを消し、Farockiはゲーム世界を比較し、Chengと谷口はプレイヤーそのものを不在にする。したがって歴史的ベクトルは「受動的映像→インタラクティブ作品」ではなく、鑑賞者、プレイヤー、コード、NPC、AI、環境の間で agency が繰り返し再配分される過程である。2719412

第二に、1990年代後半を境にゲームは「新しいメディア」から既存文化のレディメイドへ変化した。JODI、Bookchin、Condon、Schleiner、Feng、Arcangelの仕事は、作者がすべての視覚・規則・コードを制作するという近代的作者像を解体する。商用ゲームは画家にとってのキャンバスというより、すでにルール、著作権、ユーザー共同体、ハードウェア、入力作法を内包した巨大な文化的オブジェクトである。作家の仕事はそこに「差分」を入れることであり、《Cracking the Maze》がアーティストとgame hackerを同列に扱ったのは、この新しい作者性を制度的に捉えた初期の重要な出来事だった。223919

第三に、ゲームアートの政治性は「暴力ゲームへの反対」のような内容批評より、ルールの用途転換において最も独自性を持つ。《Velvet-Strike》は銃撃ゲームの壁を反戦掲示板へ、《dead-in-iraq》は軍のrecruiting gameを追悼碑へ、《Operation Jane Walk》は軍事的Manhattanを都市論の散歩道へ変える。これらはゲームを停止させずに別の意味で作動させる点が重要である。Bogostのprocedural rhetoricがルールの表現力を記述するなら、Schleinerのludic mutationは、そのルールの意味がユーザー側から再構成可能であることを示す。252791013

第四に、2010年代以降のゲームエンジンは「ゲームを作るためだけのソフトウェア」ではなくなっている。Farockiでは批評対象、Lekでは映画スタジオ、Chengと谷口では自律世界のシミュレータ、Total Refusalではロケーション兼performance spaceとなる。この変化は、ゲームアートをゲーム産業の周辺領域としてだけ捉えることを困難にする。ゲームエンジンは映画、建築、AI、simulation、virtual productionにも接続する汎用的なworld-making infrastructureへ変化し、ゲームアートの問題は「ゲームは芸術か」から「計算された世界は、誰のルールで存在し、誰がその内部で行為するのか」へ移っている。211441213

日本の位置もこの観点から見ると独特である。岩井俊雄の《オトッキー》は欧米のmodhacker artとは異なり、商用ゲームを「映像と音を演奏するシステム」へ変える方向を1987年という早い段階で示した。一方、谷口暁彦の《何も起きない》は、ゲームをアクションや勝敗のシステムとしてではなく、AIキャラクターがただ生活し続ける環境として提示する。この二者は、「ゲームをどう批評するか」より「プレイという行為をどこまで拡張/縮小できるか」という軸で欧米中心の系譜を補完する。1612

したがって、本稿が提案する最終的な系譜モデルは、「インタラクティブ環境 → ゲームのレディメイド化/mod → counter-playとネットワーク介入 → machinima/ゲームエンジン映像 → worldbuilding/自律simulation」である。これは直線的な様式史ではなく、各層が現在も併存する積層モデルである。2022年以降の《WORLDBUILDING》がRebecca Allen、Cory Arcangel、Cao Fei、Harun Farocki、Ian Chengらを同じ歴史的視野へ置いたことは、まさにこの積層性を制度的に承認する動きとみなせる。ゲームを扱うメディアアートの核心は、ゲームという文化商品そのものよりも、ゲームが露出させる規則、操作、機械的行為、身体、プラットフォーム、社会、世界生成の関係を、美的・政治的に組み替えることにある。124

脚注

  1. Julia Stoschek Foundation, “WORLDBUILDING: Gaming and Art in the Digital Age”. https://jsfoundation.art/exhibitions/worldbuilding/
  2. Myron Krueger, “VIDEOPLACE”. https://www.medienkunstnetz.de/works/videoplace/https://dl.acm.org/doi/10.1145/1165385.317463
  3. JODI, “SOD”. https://www.ntticc.or.jp/ja/archive/works/sod/
  4. Ian Cheng, “Emissaries”. https://www.moma.org/calendar/exhibitions/3656https://iancheng.com/emissaries
  5. Jeffrey Shaw, “The Legible City”. https://www.jeffreyshawcompendium.com/portfolio/legible-city/https://zkm.de/en/artworks/the-legible-city
  6. Rebecca Allen, “The Bush Soul”. https://www.rebeccaallen.com/projects/bush-soul-number-1https://whitney.org/collection/works/64308
  7. Miltos Manetas, “Miracle”. https://www.ntticc.or.jp/en/archive/works/miracle/
  8. Natalie Bookchin, “The Intruder”. https://bookchin.net/projects/the-intruder/
  9. Anne-Marie Schleiner / Joan Leandre / Brody Condon, “Velvet-Strike”. https://www.opensorcery.net/velvet-strike/about.htmlhttps://anthology.rhizome.org/velvet-strike
  10. Joseph DeLappe, “dead-in-iraq”. https://www.delappe.net/dead-in-iraqhttps://www.ntticc.or.jp/en/archive/works/dead-in-iraq/
  11. Eddo Stern, “Tekken Torture Tournament”. https://eddostern.com/works/tekken-torture-tournament/
  12. NTT ICC, “In a Gamescape”. https://www.ntticc.or.jp/en/exhibitions/2018/in-a-gamescape/
  13. Total Refusal, “Operation Jane Walk”. https://totalrefusal.com/home/operation-jane-walk
  14. Lawrence Lek, “Geomancer” / artist website. https://lawrencelek.com/
  15. Lynn Hershman Leeson, “Lorna”. https://zkm.de/en/lorna-1979-1984https://whitney.org/collection/works/57679
  16. 岩井俊雄《オトッキー》関連資料. https://www.ntticc.or.jp/pub/catalog/catalog_con9702_j.htmlhttps://special.ycam.jp/rema/en/artists/
  17. Brody Condon, “Adam Killer”. https://artbase.rhizome.org/wiki/Q1538https://brody.work/
  18. Feng Mengbo, “Q4U” / related institutional sources. https://www.renaissancesociety.org/exhibitions/428/feng-mengbo-q4u/https://zkm.de/en/long-march-restart
  19. Cory Arcangel, “Super Mario Clouds”. https://coryarcangel.com/works/2002-001-super-mario-clouds.htmlhttps://whitney.org/collection/works/20588
  20. Cao Fei, “RMB City”. https://anthology.rhizome.org/rmb-cityhttps://www.guggenheim.org/artwork/23251
  21. Harun Farocki, “Parallel I–IV”. https://buffaloakg.org/artworks/201531-4-parallel-i-ivhttps://www.whitechapelgallery.org/exhibitions/harun-farocki/
  22. Anne-Marie Schleiner, “Cracking the Maze: Game Plug-ins and Patches as Hacker Art”. https://www.opensorcery.net/note.htmlhttps://artport.whitney.org/v1/netartexhibitions.html
  23. Jesper Juul, Half-Real: Video Games between Real Rules and Fictional Worlds. https://mitpress.mit.edu/9780262516518/half-real/
  24. Alexander R. Galloway, Gaming: Essays on Algorithmic Culture. https://www.upress.umn.edu/9780816648511/gaming/
  25. Ian Bogost, Persuasive Games: The Expressive Power of Videogames. https://mitpress.mit.edu/9780262514880/persuasive-games/
  26. Mary Flanagan, Critical Play: Radical Game Design. https://mitpress.mit.edu/9780262518659/critical-play/
  27. Anne-Marie Schleiner, The Player’s Power to Change the Game: Ludic Mutation. https://www.cambridge.org/core/books/players-power-to-change-the-game/contents/2CEA3CE9DC4673356C3CDFF97E7E715Chttps://dare.uva.nl/id/a67537a6-61e7-4423-acbb-fd990cdddbb1
  28. “GameWorld: Video Games on the Edge of Art, Technology and Culture”. https://www.fursr.com/exhibitions/gameworld
  29. Smithsonian American Art Museum, “The Art of Video Games”. https://americanart.si.edu/exhibitions/games