序論:円環は誰が閉じているのか

開催中の展示「Any% Multideveloper — Reality in Polyphony」の声明は、私たちがすでに「巨大なマジックサークルの内側にいる仮想のプレイヤー」であり、その円環の外側は「事象の地平面のように、存在するが不可視である」と述べる。本稿はこの診断を、境界の消失をもっとも意識的に設計してきたジャンル——代替現実ゲーム(ARG)——の一次資料から検証する。結論を先に置く。ARGの実証的な記録が示すのは、円環が外から引かれて見えなくなるという話ではなく、円環が内側から、参加者自身の手で閉じられ続けているという事実である。境界を維持しているのは作者の権限ではなく、プレイヤーの側の作業だった。

本 Wiki の「代替現実ゲーム(ARG)」の項目は、この形式の設計原則として「これはゲームではない(This Is Not A Game、以下 TINAG)」を挙げている。本稿はその一文の来歴と、その一文が誰によって発せられ、誰によって守られ、そして誰に対して反転して使われたのかを追う。

名前を持たないゲーム:The Beast(2001)

ジェイン・マゴニガルが2003年のメルボルンDAC会議で発表した論文「'This Is Not a Game': Immersive Aesthetics and Collective Play」は、この形式の成立を記録した一次資料である。2001年、スティーヴン・スピルバーグ監督『A.I.』の予告編に紛れ込んだ架空のクレジット(「Jeanine Salla, Sentient Machine Therapist」)を手がかりに、映画ファンが2142年を舞台とする無数のウェブサイト群を発見する。2001年4月11日、プログラマの Cabel Sasser が調査のためのオンライン集団「Cloudmakers」を立ち上げ、48時間で153人、ゲーム終了時(2001年7月24日)には7,480人・42,209投稿に達した。制作側(マイクロソフトとドリームワークス)は世界で100万人以上がプレイしたと推定している。約4,000点のデジタルファイルからなる物語を追うため、Cloudmakers は130ページの攻略ガイド(当時18歳の Adrian Hon による)とオフライン手がかりの記録アーカイブを自力で構築した。

この作品の設計上の特異点は、ゲームであることを一度も認めなかった点にある。マゴニガルの記述によれば、ルールは公開されず、賞品は約束されず、公式な名称すら与えられなかった。ウェブサイトのソースコードと WHOIS 情報からは制作元を示す痕跡が除去され、報道の問い合わせには一貫して「ノーコメント」が返された。リード・プロデューサの Elan Lee は、ゲームの存在自体を認めない体験として押し通す必要があったと述べている。そして2001年5月、『A.I.』の全米テレビCMの中に「THIS IS NOT A GAME」という赤い文字が一瞬だけ挿入される。マゴニガルはこの一文が以後、制作者とプレイヤー双方の合言葉になったと記録している。

ここで重要なのは、Lee 自身がのちの取材でこの戦術の意図を明確に否定していることである。マゴニガルの DiGRA 2003 論文「A Real Little Game: The Performance of Belief in Pervasive Play」に収録された Lee の証言は、プレイヤーに TINAG を信じさせる意図はなかった、それは餌(bait)だった、という趣旨である。彼はゲームであることが明白であることを前提に、「アイデンティティの危機を抱えたゲーム」を作ろうとした——自分もあなたもゲームだと知っているのに、それ自身だけがゲームだと知らない、という構図である。制作側は、ルールを無視して大言壮語する存在に対してプレイヤーが反撃してくることを期待していた。しかし、と Lee は言う。観客に反撃する意図はまったくなかった。

カーテンを覗かない自由

反撃の代わりに起きたことが、本稿の中心である。マゴニガルの DiGRA 論文が記録するのは、プレイヤーが自分たちの捜査能力を自主的に制限した経緯だ。

ゲーム開始から2週間のうちに、「Monkey Stan」を名乗るプレイヤーが公開チャットに22件のゲーム内サイト一覧を投稿した。うち手がかりや謎解きから発見されたものは6件だけで、残る16件は WHOIS 検索——ドメイン登録者から同一登録者の他ドメインを一括で引く手——で得られていた。制作側は各サイトのデザインを変え、架空名義で登録し、HTML から識別情報を除去していたが、登録者名を分けることを忘れていた。独立した組織や人物が別々に作ったという建前は、この一手で崩れた。

プレイヤーの多数派の反応は、発見の共有ではなく拒絶だった。マゴニガルが引く投稿には、WHOIS の使用は小説を先読みするようなものだという批判があり、「魔法使いのカーテン(wizard's curtain)」を覗かないでおこうという比喩が集団に急速に共有された。以後、掲示板では WHOIS を使わずに発見されたサイトだけを列挙する慣行が生まれる。さらに、外国語ドメインの登録に実名を使わざるを得なかったマイクロソフト社員 Doug Zartman の名前から制作元がマイクロソフトだと判明したときも、プレイヤーは数時間の騒ぎのあと、知ってしまった事実を意図的に無視して遊び続けることを選んだ。Lee の証言によれば、プレイヤーたちは「知るべきでなかったことは知らないふりをする」と表明した。別のプレイヤーは、他のパペットマスターの実名を掘り当てても掲示板に書くなと呼びかけている。

この一連の記録が示すのは、TINAG が制作側の欺瞞ではなく双方の作業だったということである。制作側の隠蔽は2週間で破綻していた。にもかかわらず円環が閉じ続けたのは、プレイヤーが自分たちの持っている調査能力(WHOIS も、集団の解析力も)を行使しないという決定を、繰り返し更新したからである。境界は外側の壁ではなく、内側の協定として存在していた。

2001年9月11日:同じ一文が禁止に反転する

この協定の性質は、それが破れた瞬間に露わになる。マゴニガルの DAC 論文の冒頭が記録するのは、2001年9月11日の同時攻撃から3時間後、Cloudmakers が通常の掲示板に集まったという事実である。当時7,332人。議論は数時間のうちに、自分たちならテロの実行者という「謎」を解けるという方向へ傾いた。彼らはプロフィールや署名に「娯楽史上に類のない集合知」と書いていた集団だったが、その集団的問題解決の経験は、完全に虚構のウェブゲーム一つに限られていた。

2日後、Cloudmakers の共同設立者たちは公式アナウンスで9/11を「解く」試みの停止を求めた。その文言は、Cloudmakers はあくまでゲームの「集合的探偵(collective detective)」だった、それは脚本であり、手がかりは自分たちのために置かれていた、と述べたうえでこう続ける——「これはゲームではない」。同じ一文が、ここで完全に反転している。虚構を現実として振る舞わせるための呪文が、現実を虚構として扱うことを禁じる命令になった。マゴニガルはこの停止によってプレイヤーたちの当初の高揚と行動意欲が失われたと記録している。

反転はしかし一度で終わらなかった。2002年10月のワシントンD.C.連続狙撃事件では、Cloudmakers の一部が再び現実の事件に集団解析の手法を向けた(逮捕は数週間後の警察によるもので、彼らは解決していない)。2003年3月には、70人の ARG プレイヤーが Collective Detective に「Think Tank」ケースを立ち上げ、最初の題材として米連邦政府支出の腐敗と浪費を掲げている。集合的探偵は、自分を生んだゲームが終わっても解散しなかった。

パペットマスターが降りたあと:Push, Nevada

もう一つの記録は、円環の所有者が不在になった場合に何が起きるかを示す。2002年秋、米ABCのテレビ番組『Push, Nevada』に連動したゲームは、プレイヤーから見て納得のいかない解答で早期終了した。Collective Detective を拠点とする961人のチーム「Shove」は、自分たちが考案した解のほうが精巧だったと抗議した。マゴニガルが引くプレイヤーの言葉は、集団の才能がパペットマスター自身のゲーム制御能力を完全に上回ったと述べている。

ABC が2002年10月28日にゲームの「公式終了」を告げたあと、Shove は終了を認めず、遊びを続けた。新しい手がかりは供給されていない。それでも、彼らは手がかりを見つけた。マゴニガルはこの現象を、ゲームを見たいという意志が実際にゲームを存在させてしまう作用として記述している(同種の事例として、2002年10月に ARG かもしれないと疑われた無関係なサイト 8March2003.com が、殺到する訪問者に対してトップページを「This is not a game」の否認文に差し替えざるを得なかった一件も記録されている。TINAG に慣れた集団は、否認によって引き下がらない)。

これは本 Wiki の「Any%」や「フォークゲーム」「ゲームのエートス」が扱ってきた事象と同じ構造にある。放棄されたゲームの継続は、権利者不在のルールを共同体が引き継ぐフォークであり、公式が閉じた円環をプレイヤー側が開いたまま維持する行為だった。ただし前サイクルまでに扱ったフォークと違い、ここでフォークされたのはルールではなく信じるという作業である。

理論:信の遂行(Performance of Belief)

マゴニガルの DiGRA 2003 論文は、この一連の観察から明快な理論的主張を立てる。ARGプレイヤーの「信じやすさ」や「心理的な脆さ」として語られてきたものは、実際にはプレイヤー側の戦略的な遂行(strategic performance)である。彼女は、研究者がこの演技を演技として認識しないことこそが誤りだと述べ、遂行された信念は本物の信念には滑り落ちないと主張する。問うべきは「プレイヤーはどこまで信じてしまうのか」ではなく、「どんな目的と仕組みのために、プレイヤーは自分の演技を信じるふりをするのか」である。

この理論には二つの系譜が明示されている。第一に、パフォーマンス研究のリチャード・シェクナーが区別した「make believe」と「make belief」——前者は現実と見せかけの境界を保護し、後者は意図的に曖昧化する——という対に対して、マゴニガルはプレイヤーの側の自覚の度合いを問う枠組み自体を退け、もっとも信じられそうな遂行のなかでも表象的な遊びの枠は参加者に見えており、頑丈なままだと反論する。第二に、映画研究のトム・ガニングが1895年のリュミエール『ラ・シオタ駅への列車の到着』をめぐる「観客が逃げ出した」という神話を再検討し、初期映画の観客は素朴に信じたのではなく自覚的に信じるふりをしていたと論じた——ガニングはこれを「[in]credulous spectator([不]信の観客)」と名づけた。括弧の中身を隠し、信じている部分だけを提示する観客である。マゴニガルは、ゲーム研究がいま自分たちの「素朴な観客」神話を抱えていると指摘し、映画研究がすでに解体したものを繰り返すなと書く。

The Beast のプレイヤーが WHOIS を封印し、マイクロソフトの名を伏せ、パペットマスターの実名を掘るなと呼びかけたのは、この枠組みの下では欺瞞への屈服ではない。それは信を遂行するための条件整備であり、円環を内側から閉じる労働である。マゴニガルはさらに、この遂行の核に「信じることの不可能性を前提としたまま、信じたいと願う」という矛盾があると述べ、その生産を「ピノキオ効果」と呼んでいる。

2026年の風景:信の遂行は商品になった

ここまでの構図を踏まえると、2026年8月現在の ARG の景色は一つの問いに整理できる。内側から円環を閉じるという労働は、誰の利益になっているのか。

失敗例が先にある。マゴニガルの DAC 論文が記録する Electronic Arts の『Majestic』(2001年)は、The Beast とは逆に、公式名称と大量の宣伝を伴って発表された。開始数日後、登録プレイヤーに「本社の火災により無期延期」というメールが届き、続いて匿名の電話とインスタントメッセージが、その火災は放火であり大きな陰謀の一部だと告げ始める。ゲームだと名乗ったものをすべて破壊することで「本当の」ゲームを始める、という手順である。EA はこのサービスを2002年に終了した。加入者数と月額料金については二次資料の記述が食い違っており(研究ブログ The Obscuritory は月額9.99ドル・終了時約1万人・2002年4月30日終了、英語版 Wikipedia 系の記述は月額9.95ドル・1万5千人)、本稿では数値を採らない。確実なのは、購読契約という形式で TINAG を売ることが当時成立しなかったという事実である。

日本では2020年代に別の形式が成立した。ゲームクリエイター藤澤仁(『ドラゴンクエスト』シリーズのディレクターを経て)が総監督を務める第四境界は、自作を ARG と呼ぶ一方で「日常侵蝕ゲーム」という自称ジャンルを掲げている。代表作『人の財布』(2023年)は、ONLINE PARCO で正体不明の財布として販売され、購入者の手元に実物の財布が届き、学生証やレシートから持ち主に迫っていく。販売と完売を繰り返し、注文が最長で半年待ちになったと報じられている。2026年1月にはこの体験を小説形式に移した『人の財布〜高畑朋子の場合〜』の刊行が発表され、同年3月18日に双葉社から発売された(256ページ、1,300円+税)。第四境界自身の note は、本作の核を「架空の存在であるはずの人物が、実在の物品を通じて、あなたの現実に干渉してくる」ことに置き、副題として「『現実と虚構の境界線』が崩れる瞬間のドキュメント」と書いている。2026年5月のBitSummitでの講演で藤澤は、虚構と現実を一本の線で結んだ「虚実軸」上のどこに位置するかで物語は説明できると述べ、「物語と体験は同じ意味である」という結論に6年かけて至ったと語っている。同時に「謎解きゲームを作っている意識はまったくない」とも述べており、謎解きはプレイヤーの「自分ごと化」を高めるギミックだと位置づけている。

つまり、EA が購読で売ろうとして失敗したものが、20年後に物品として成立した。ラビットホールが商品として棚に並び、購入という行為が入口になる。マゴニガルの言う信の遂行は、ここでは購買と同時に開始される。

制度化はもう一段進んでいる。2025年7月のCEDEC2025では「日常を侵蝕するゲームの作り方 〜ARGのゲーム設計〜」というセッションが行われ、ARG の定義は最終的に「創り手が ARG だと認識していること」に依るという整理が示された(国内事例として『Project:;COLD』『人の財布』『SIRRUT.NET』『リリア from deep space』『ESCALOGUE』が挙げられている)。ゲームであることを宣言できない形式は、定義の根拠を作者の自認に置くしかない——これは TINAG の構造的な帰結である。

そして2026年1月、映画『Return to Silent Hill』(1月23日全米公開)に伴う ARG が話題になった。Variety や Fangoria などの報道はこれを「alternate reality game」と呼び、Reddit・Instagram・TikTok に手がかりを撒いて youliveherenow.com に誘導する構成だと伝えている。一方、配給元 Cineverse と GameStop が2026年1月14日に出した公式ニュースリリース本文を確認すると、そこに「alternate reality game」または「ARG」という語は一度も現れない。この文書における同じ企画の呼び名は「没入型マーケティング・キャンペーン(immersive marketing campaign)」であり、「ファンファースト・アクティベーション戦略」であり、上映館の近くの GameStop 店舗を戦略的に選定して店内体験と劇場公開を直結させる「360度体験」である。1月7日から参加店舗を訪れたファンは「サイレントヒルからの謎のデジタルメッセージ」を受け取れる。ジャンル名は報道の側にあり、投資家向け文書の側にはない。

この非対称は、ARGN が2026年6月にもテーマパーク型LARPの現地レポートを掲載し続けているようなコミュニティの実践とは別の層にある。円環を内側から閉じる労働は、いまや小売の動線として設計されうる。

考察:本展の診断をどう修正できるか

本展の声明は、円環が巨大化して外側が不可視になったと述べる。ARG の一次資料が加える修正は次の一点である。The Beast において、外側は可視だった。WHOIS は2週間で制作者を暴いており、マイクロソフトの名前も判明していた。それでもゲームが続いたのは、参加者が見ないことを選んだからである。円環の不可視性は視力の問題ではなく、意志の問題として記録されている。

これは展示が掲げる Any% の姿勢に、具体的な作業内容を与える。円環を壊すという行為は、外側を探すことではなく、すでに手元にある調査能力を封印しないことである。The Beast のプレイヤーにとってそれは WHOIS を叩くことだった。展示声明が言う「接続できない無数のインスタンスダンジョン」に対しては、自分がどのダンジョンに置かれ、誰がその配置を決めたのかを引くことだろう。本 Wiki の「マルチデベロッパー」が権限の非対称性の可視化を主題化するのに対して、信の遂行が指すのは、その非対称性を見ないでおくという参加者側の同意である。

NEORT が扱う領域にも同じ構造が伸びる。ジェネラティブアートの鑑賞において、私たちはシステムが自律的に振る舞っていると信じてみせる。裏側のシード値や手作業の介入、選別された出力を問い詰めれば、多くの作品では「魔法使いのカーテン」が開く。それをしないことは素朴さではなく、マゴニガルの語彙では遂行である。NFT やブロックチェーン作品において「オンチェーンである」ことへの信、AI生成物において「モデルが生成した」ことへの信も同様に、検証可能でありながら検証されないまま維持される。信の遂行という語は、この検証の停止を鑑賞者の欺瞞や無知としてではなく、作品体験の構成要素として名指すための道具である。

前サイクルまでの系譜との接続も明確になった。「誤用の正典化」は下から上への回収、「ピュエリリズム」は上から下への流用、「第二の囲い込み」はその臨界点としての法的所有だった。信の遂行はそのいずれとも層が違う。囲い込みが可能になるより前の段階で、囲い込まれる側が円環の維持に協力しているという事実を扱う。第二の囲い込みに抗する道具立てを探していた本研究の問いに対して、ARG の記録が返してきた答えは楽観的ではない。The Beast のプレイヤーは、企業の関与を暴く手段を持ちながら、遊びの快楽のためにそれを使わなかった。抗する側の道具は、しばしば抗する側自身によって封印される。

確信度の低い箇所(レビュー用)

  • 本稿の一次資料はマゴニガルの2003年の二論文に大きく依存している。彼女が引用する Cloudmakers の掲示板投稿(Yahoo! Groups)は現在アクセス不能で、原投稿を独立に確認できていない。個々の投稿の文言は「マゴニガルの記録によれば」の水準で読まれるべきである。
  • Reed Berkowitz が2020年に提唱した「guided apophenia」(設計者不在のまま手がかりを見出す集団の作用を扱う概念)は、Push, Nevada の事例と直結する重要な参照先だが、Medium 本文・Wayback とも取得できず、一次確認ができなかったため本稿では扱っていない。
  • 『Majestic』の加入者数・料金・終了日は二次資料間で食い違うため意図的に記していない。
  • 『人の財布』の初出年(2023年)は報道ベースで、第四境界の公式サイトには各作品の年が記載されていない。

参考文献