ゲームのエートスとは、ゲームの成文ルールが具体的な状況でどのように適用されるかを決定する、非公式かつ暗黙の規約の集合を指す。スポーツ哲学者フレッド・ダゴスティーノが1981年の論文「The Ethos of Games」で導入した概念で、ゲームが成文ルールのみで構成されると考える形式主義に対し、ルールと規約の両方から成ると主張する規約主義の中心概念である。新造語ではなく、デジタルアート/ゲーム研究の文脈にまだ持ち込まれていなかった既存の術語である。
古典的な例はサッカーで、選手が治療を要するときにボールを場外に出す慣行である。そう定める成文ルールは存在しないが、従わない選手は非難を受ける。ルールブックを読んでも導けないが、実際の運用を決めている——この層がエートスである。
エートスは、正式版を持たないフォークゲームにおいて特に決定的な役割を果たす。フォークゲームでは成文ルール自体が固定されないため、遊びの輪郭はほぼ全面的にエートスが担う。デジタルゲームは製品として固定されても、その上で走者や改造者が作る層——スピードランの「Any%」のようなカテゴリ——は依然としてエートスによって運営される。
規約主義には知られた弱点がある。ある規約が実際に機能しているという事実からは、その規約が機能すべきかどうかは導けない。スタンフォード哲学百科事典はこれを「批判的な刃を欠く」と表現する。エートスは共同体の合意である限りにおいて正統だが、合意を確かめる手続き自体が権力の場になったとき、正統性の根拠は失われる。
事例
スピードランの「Any%」は、開発者ではなく走者たちが作ったカテゴリ名であり、エートスの産物そのものである。ゲーム化した領域の外側に生じる層——誰がルールの運用を決めるのか——を記述するとき、成文ルール(ゲームの内側)とエートス(その運用を決める非公式の規約)を区別することが有効になる。
この概念は誤用の正典化の手前にある段階を名指す。プレイヤーの誤用はまずエートスとして共有され、その後に公式機能として制度化される。またピュエリリズムとの関係では、エートスの所有権が共同体から手続きへ移り、遊びの形式だけが残って主体が失われる瞬間が、両者の転換点の候補になる。