動き続ける作品のうち、周期や条件はプログラムされているが、その中で現れる形や色は書かれておらず、素材や環境の側から来る層を指す。語はリヨン現代美術館がグスタフ・メッツガーの液晶環境を説明した「liquid crystals create non-programmed forms and colours」(来館者向け資料、2013年)から取った。ここでは、自己創造的芸術の作品を二層に分けて読むための語として提出する。一方の層には加熱と冷却の周期、ランプの明るさ、フィルターの回転のような、技師と計算機が担う制御がある。もう一方の層には、その周期の中で液晶が取る形がある。作品の名に「auto(自ら)」が付くのは後者の層のためで、前者の層は装置の版と運転時間に支えられている。
この語が問いを立てるのは次の三点においてである。第一に、作品の中で書かれていないものは何か。形か、順序か、時刻か。第二に、書かれていない層は何から来るか。物質の相転移か、チェーンの乱数か、呼ぶ人の行為か。第三に、その層は記録できるか。液晶の生成を所蔵先は「impossible to record」と書くが、コードの作品は操作のたびにログを残す。
事例
グスタフ・メッツガー《Art of Liquid Crystals》(ベター・ブックス、1966年1月) — 告知文によれば、化学物質をカバーガラスのあいだに封じ、「一分周期」で溶かしては冷やす。冷えるときに現れる色は、観客の位置と光源によって変わる。周期は書かれ、色は書かれていない。
グスタフ・メッツガー《Supportive》(1966–2011、リヨン現代美術館) — プレスリリースは「16分27秒の制御された周期」で動き、「液晶のランダムな過程に従って」常に変化し、7つの像の「生成は記録不可能」だと書く。1998年以降、周期は技師の装置が担い(→ 記録版)、形は「制御不能のまま」とされる。
グスタフ・メッツガー《Drop on Hotplate》(1968年、2014年再制作) — 水滴の流量と熱板での蒸発の速さが釣り合い、泡立つ球が常にある(Frieze誌の展評)。釣り合いは設定で、球の形は設定されていない。球が「常に」あるのは釣り合いを保つあいだだけである(→ 維持される特性)。
0xfff《Diminishing Returns》(2026) — 書かれていない層は乱数で、ソースによればブロックの prevrandao・時刻・送り主・金額・起動回数のハッシュから取られる。形を決めないのは素材ではなく、チェーンと呼ぶ人である。しかも周期(1日1ビットの腐食)は日数の計算としてだけ進み、執行は送金を待つ(→ 繰り延べられた劣化)。
0xDEAFBEEF《Entropy》(2021) — 対照例。変わらない種と転送回数から出力を毎回計算し直すので、プログラムされない層がない(→ 世代劣化)。