Digital Immortality(デジタルな不死)とは、人間の精神や意識、あるいは記憶・人格・知能といった脳内情報をデジタル媒体へ転移・複製し、肉体の死後も存続させようとする発想を指す。マインドアップロードの文脈で語られることが多く、コンピュータ上に保存された人格データを新たな身体や仮想環境に再現することで、身体的死を超えた継続を実現できると考えられている。

この概念は理論上のものであり、現時点では実験的にも実現していない。思想史的には、古代の魂身論や輪廻思想、近代以降の機械論的身体観、サイバネティクス、トランスヒューマニズムなどの流れの中で位置づけられる。SFでは早くから描かれており、アーサー・C・クラーク『都市と星』(1956年)では、人格が都市の中央コンピュータに情報パターンとして保存され、クローン肉体に再インプリントされる社会が描かれた。

一方で、デジタルな不死には多くの批判がある。最大の論点は、コピーされた人格が本当に「本人」なのかという同一性の問題である。たとえ記憶や性格が引き継がれても、それはオリジナルの生存ではなく、単なる複製にすぎない可能性がある。また、権利の差、富裕層による不死の独占、人格の改ざんや複製、法制度の混乱など、倫理的・社会的課題も想定される。したがって、この概念は不死の技術というより、「人間とは何か」「心とは何か」を問い直す哲学的テーマとして重要である。