ラルフ・アンスパックは、サンフランシスコ州立大学の経済学教授で、1973年に反独占をテーマにしたボードゲーム『Anti-Monopoly』を開発・発売した人物である。パーカー・ブラザーズ社から商標権侵害で提訴され、1970年代を通じて長期の法廷闘争を戦った。
裁判でアンスパックは、「モノポリー」という名称とそのゲームシステムがパーカー・ブラザーズ社やチャールズ・ダロウの発明ではなく、それ以前からパブリックドメインのフォークゲームとして流通していたことを立証する必要に迫られた。その過程で公文書館を調査し、1904年に登録されたリジー・マギーの米国特許第748,626号を発見する。さらに、ニアリング教授の学生やクエーカー教徒たちの証言を集め、ダロウが友人の家で遊んだゲームを自作として売り渡した経緯を裏づけた。
1979年に第9巡回区控訴裁判所で勝訴し、1983年には連邦最高裁判所がパーカー・ブラザーズ社の上告を棄却して決着した。商標をめぐる一件の私的な訴訟が、リジー・マギーこそ『モノポリー』の原作者であるという歴史的事実を公の場へ押し出す契機となった点で、アンスパックの執念はゲーム史の書き換えに直接寄与している。