パーカー・ブラザーズは、1883年にジョージ・S・パーカーがマサチューセッツ州セーラムで創業したアメリカのゲーム出版社である。19世紀末から20世紀を通じてボードゲーム市場の中心に位置し、『モノポリー』『クルー』『リスク』『ソーリー!』などを世界的な定番商品に育てた。1968年にゼネラル・ミルズの傘下に入り、企業再編を経て1991年にハズブロへ統合され、独立した社名としては使われなくなった。

同社の名を最もよく知られたものにしたのが『モノポリー』だが、その来歴には長い論争がある。1935年、チャールズ・ダロウがアトランティックシティの地名を用いた版を持ち込むと、同社はこれを商品化し、「失業中の男が家族を養うため地下室でひとり考案した夢のゲーム」という成功物語を大恐慌下のアメリカ向けに大々的に打ち出した。この物語は箱に同梱され、ダロウはゲームデザインで富を得た最初の人物として持て囃された。しかし同社は契約直後から、ダロウが単独の発明者ではなく、先行する類似のゲームと特許が存在することを把握していた。権利を固めるため、1935年11月にはリジー・マギーに500ドルの一時金のみで特許の譲渡を提示している。マギーの『The Landlord's Game』の新版も刊行されたが、彼女が最も重視していた地価税のルールは大幅に削られ、宣伝もされずに早期に絶版となり、パッケージから彼女の名は消えた。

1973年、経済学者ラルフ・アンスパックが反独占をテーマとする『Anti-Monopoly』を発売すると、同社は商標権侵害で提訴した。この裁判でアンスパックは、モノポリーという語とそのゲームシステムが同社やダロウの発明ではなく、以前からパブリックドメインのフォークゲームとして流通していたことを立証する必要に迫られた。1983年に連邦最高裁が同社の上告を棄却し、リジー・マギーを原型の作者とする経緯が公に確認された。