チャールズ・ダロウとは、ボードゲーム『モノポリー』の発明者として長く語られてきたアメリカの人物である。実際には既存のゲームの複製者・改変者であり、その「発明者」像は販売元パーカー・ブラザーズによって整えられた物語だった。
大恐慌下の1932年、失業中の暖房器具セールスマンだったダロウは、友人チャールズ・トッドの家でアトランティックシティの地名を用いた『モノポリー』を遊んだ。このゲームはリジー・マギーが1904年に特許を取得した『ザ・ランドロードズ・ゲーム』を源流とし、手作りの盤を写しながら遊び継がれてきたフォークゲームだった。魅了されたダロウはトッドにルールシートの書き写しを頼み、油布に自前の盤面を描いて「自作のゲーム」として周辺で売り始めた。
1935年、ダロウはこのゲームをパーカー・ブラザーズに持ち込む。同社は彼を、失業した男が家族を養うために地下室でひとり知恵を絞って生み出した発明者として宣伝し、その成功物語を箱にも同梱した。ダロウはゲームデザインによって富を得た最初の人物として扱われた。一方で同社は、独占的な権利を固める過程でマギーの特許を買い取っており、より早い原作者の存在を把握していた。ダロウは『モノポリー』の普及の中心にいた人物であると同時に、作者性が企業によって書き換えられた事例の代表でもある。