Creative Media(批評的・社会的メディア)とは、ゲームやデジタル作品を単なる娯楽や技術デモとしてではなく、社会・文化・政治を批評し、場合によっては変革を促す表現媒体として捉える考え方を指す。提示された文脈では、Mary Flanagan、Jesper Juul、Henry Jenkins、Ian Bogost らの批評家・思想家が、ゲームを文化的・政治的コンテクストの中で論じてきたことが示されている。国内でも石川淳一や米光一成が ARG の普及や可能性について発言しており、体験型ゲームや代替現実ゲームを通じて、現実世界との接続を持つ表現の広がりが意識されている。
この概念に近い実践として、ゲームの形式そのものを批評する作品や、社会・政治批評のためのゲームが挙げられる。前者は、ゲームの慣習や操作体系に違和感や不親切さを意図的に組み込み、プレイヤーに「ゲームとは何か」を再考させる。後者は、ルールやシミュレーションを通じて、資本主義、労働搾取、環境破壊などの問題を風刺的に示す。重要なのは、メッセージを文字で直接伝えるのではなく、インタラクションやルール自体が批評を担う点である。
また、アートゲームや前衛的なデジタル作品は、批評的鑑賞を要求することで、プレイヤーの解釈行為そのものを可視化する。こうした作品は、商業主義的な大作ゲームとは異なる回路で、メディアの自己批評や社会批評を成立させるものとして位置づけられる。