新造語ではない。哲学者バーナード・スーツが1978年の『The Grasshopper: Games, Life and Utopia』で導入した語である。
前ゲーム的目標とは、ゲームの規則を参照せずに記述できる、達成されるべき事態を指す。徒競走なら「他の走者より先にゴールラインを越えている」、登山なら「山頂にいる」、ビデオゲームなら「クレジット画面に到達している」。対になる語はゲーム的目標(lusory goal)で、こちらは「勝つ」「登頂する」のように、そのゲームの規則の内側でしか記述できない。
この語の要点は、前ゲーム的目標だけではゲームが特定されないことにある。山頂にいるという事態はヘリコプターでも達成できる。それを登山にするのは、ヘリコプターを禁じる規則——スーツの言う構成的規則(constitutive rules)——のほうである。スーツは構成的規則を「前ゲーム的目標に達するための最も効率的な手段を禁じる規則」と定義した。規則によって許された手段はゲーム的手段(lusory means)と呼ばれる。
実践を観察するときにこの区別が効くのは、名前の付き方に偏りが出るときである。ある実践が前ゲーム的目標の側にだけ名前を持ち、構成的規則の側に名前を持たないとき、外へ流通するのは前者だけになる。そのとき、その実践は「手段を選ばない」ものとして受け取られる。実際には手段を決める文書が別にあり、多くの場合そちらのほうが長い。名前が付いていないので、参照もされにくい。
したがってこの語は、次の形の問いを立てるために使える。ある実践が掲げている達成条件は、規則を参照せずに記述できるか。できるなら、その条件を満たす最短の手段を禁じている文書はどこにあり、誰が改訂しているのか。
事例
- スピードランのカテゴリ名。「Any%」は達成率を問わずエンディングへ到達する区分を指す名前で、前ゲーム的目標の書き方である。手段の規則はカテゴリ名の外にある。『ゼルダの伝説 時のオカリナ』のAny%の規約は全文が「Complete the game, no other restrictions.」の61字だが、同じリーダーボードには全カテゴリに掛かる7,445字の規約があり、使用できるエミュレーターをProject64の1.6と1.7だけに限り、セーブステートを禁じ、コントローラーアダプターの入出力の単調性まで規定する(2026年8月31日にspeedrun.comのAPIから取得)。
- 達成条件を軽くすると構成的規則が増える。『スーパーマリオ64』のリーダーボードには、120 Star・70 Star・16 Star・1 Star・0 Starというカテゴリがある。星の枚数がもっとも重い120 Starの「Gameplay Restrictions」は「None」で、手段の禁止がひとつもない。枚数を減らした70 Starと16 Starには、後ろ向き長距離ジャンプ(BLJ)やMIPSクリップの禁止、「星の要求数を迂回すること」の禁止が並ぶ。星の枚数という前ゲーム的目標は、それを迂回する手段を禁じる条項がなければ区分として成立しない。
- 前ゲーム的目標を名前にしない実践もある。PortalのリーダーボードにはAny%というカテゴリが存在せず、フルゲームの5カテゴリはOut of Bounds、Inbounds、Inbounds No SLA、Inbounds Legacy、Glitchlessと、すべて許される手段の名前で呼ばれる。名前をどちらの側に付けるかは共同体ごとの選択であり、前ゲーム的目標に名前を付けることは必然ではない。
- スーツ自身の例。徒競走の前ゲーム的目標は「他の走者より先にゴールラインを越えている」ことで、これは競走の規則に従わなくても達成できる。フィリップ・コビエラの2018年の論文(Argumenta 4巻1号、125-137頁)は、スーツのこの説明に、マラソンで地下鉄に乗ることを規則が禁じている例としてロージー・ルイズの件を添えている。登山の前ゲーム的目標は「山頂にいる」ことで、ヘリコプターでも達成できる(Suits 2014a: 90-92、同論文の引用による)。